6話 夜の会合②
「いいか諸君。効果的な鳩対策を行うためには、まず鳩がどんな鳥であるかを知っておく必要がある!!」
学校から帰宅した後の夜7時。
県営団地から徒歩5分、集落センターの会議室に再び集まった5人組。
睦月以外の4人は椅子に腰掛け、正面のホワイトボード前に立つ睦月を眺めていた。
睦月は何をしているのかと言うと。
例の本…『世界の軍用鳩の歴史』を手に、大事な変身道具・伊達メガネを得意気にくいっと上げながら講義の真似事をしている。
「はい!原田ムッティ先生!質問をしてもよろしいでしょうか!」
勢いよく席から立ち、ピッと優衣が手を挙げた。
「うむ、よかろう優衣くん。発言を許可しよう」
フッ、と笑った睦月は腕を組み壁に寄りかかる。
「はい、原田ムッティ先生!鳩を毎日見かけていても、鳩について詳しい知識を持っている人は私たちの中にはほぼいないのはないでしょうか!!」
「よくぞ言ってくれた!!」
睦月と優衣はパチパチパチ、と高らかに拍手をした。
特に睦月は、自分の顔の横でドヤ顔で手を叩いている。
「貴族か何かのつもり?」
頬杖をついた里奈が呆れたように呟く。
「俺はあいつらを滅ぼせれば何でもいい…」
圭介は、昼間の教室のように会議室の机にうつ伏せになり同化しかけている。
「まあ聞きたまえ」
原田ムッティ先生は手に持っていた愛読書をずいっと見せてきた。
「まずは鳩について詳しく話そう。紀元前から行くぞ」
鳩の歴史は、実は非常に古い。
原田ムッティ先生の講義を以下に記させてもらう。
「圭介くんが嫌っている、我が団地でよく見かけるあの鳩はカワラバトと言う種類の鳩だ。飛翔能力と帰巣本能に優れていて、1000Km以上離れた地点から巣に戻ることができると言われている。このカワラバトを飼い慣らし、改良されたものが伝書鳩なのだ!」
最も古いものでは、紀元前約5000年のシュメール(現在のイラク南部地方)の粘土板に伝書鳩の使用をうかがわせる記述があると言う。
確実な記録はと言うと、紀元前約3000年のエジプトに残されている。漁船が漁況などを知らせるために伝書鳩を利用していたらしい。
その後、ローマ帝国にて通信手段として広く使われ各地に広まり、帝国以降は軍事専用の通信手段として使われるようになった。
日本でも明治維新以降に技術や文化が入り込み、電気が必要なく物資を素早く運搬できるため通信、軍事、報道、医療、畜産等の通信ならび運搬手段として近年まで使用されていたと言う記録が残っている。
「と言う訳で鳩と言う生物は、あのアホらしい見た目に反して非常に賢いのである。我々もあやつらと戦うからには心してかからねばならない!しかし!しかしだ…ここで1つ問題がある」
原田ムッティ先生がピッと人差し指を立てた。
由々しき話なのだろうか?
「問題って?」
里奈が原田ムッティ先生に質問をした。
「質問を挙手制で受け付けよう」
ムフ、と笑いながら原田ムッティ先生が告げる。
里奈が「チッ…」と舌打ちをした後に面倒くさそうに右手を挙げた。
「里奈くん、よろしい。話したまえ」
「…問題って何ですか…」
原田ムッティ先生はうむ!と言いながらパラパラと本を捲り、後半の方で手を止めた。
「我が日本国において、鳩は鳥獣保護法によって勝手に捕獲・駆除をする事が禁じられている。そもそもな話をすると、日本では鳩は古来より八百万神のお使い神として神社で尊ばれているのだ…殺生はご法度!!つまり!!」
原田ムッティ先生はパタンと勢いよく本を閉じ、再び伊達メガネを指でくいっと上げながら叫んだ。
「俺たちには鳩を捕まえる事が出来ない!!」
会議室中に原田ムッティ先生…、いや、睦月の雄叫びが響き渡った。
睦月の発言を聞いた千春、里奈、優衣は顔を見合わせた後、一斉に圭介の方に顔を向けた。
圭介はと言うと、いつの間にか椅子から立ち上がっており驚愕した表情を浮かべている。
「…、何だと…!?」
「お、おい…圭介、」
落ち着けよ、と千春が声をかけようとしたが、その前に圭介は叫んだ。
「それじゃあ…火焙りに出来ないじゃないか!!」
圭介は一体何をするつもりだったのだろうか。
魔女裁判ならぬ、鳩裁判か?
「おのれ!!あの悪魔どもめ!!」
ガァンと机を叩き、許せねえ!と唸りながら圭介が歯を食いしばっている。
「お前そろそろ歯茎なくなるんじゃない?」
千春がぼそっと呟いた言葉は、しっかりと圭介の耳に届いていたらしい。
「ぴいいいいいいい!!!」
圭介はまたしても千春に鳥の鳴き声のような奇声を上げながら飛びついた。
「千春!!!いつからそんな事を言うようになったんだこの口はあああ!!!」
やはり解せない。
鳥が嫌いなくせにどうして鳥みたいな声を出すのだろうか。
「耳元で騒ぐのは止めろ!!!」
圭介と揉みあっている最中に、千春はさっきの睦月の言葉をふと思い出した。
「ちょっと待て。『日本では』って言ったな。他は違うのか?」
圭介を押しのけてガバッと起き上がった千春は睦月に問いかけた。
しかし返答がない。
睦月は腕を組んで壁に寄りかかり、窓の外の夜空を見ている。
「…ムッティ?」
「ちいちゃん!ちいちゃん!」
小声で呼んできた優衣の方を見ると、手を挙げるジェスチャーをしている。
千春はため息をつき、仕方なく右手をゆっくり挙げた。
「フッ、よかろう。答えたまえ千春くん」
千春の挙手に気がついた睦月はご機嫌そうに答えた。
「…違うんですか…?原田ムッティ先生…」
睦月はうむ、と言うとパラパラと本をめくり始めた。
「違うな。鳩を狩猟対象にしている国もあるし、中国やフランスでは食用に飼育された鳩を普通に食べる。ヨーロッパや中近東、日本以外のアジア諸国では高級食材として親しまれているらしい」
あれを食べるのか…?
ブルっと身震いした千春の耳に、雷のようなけたたましい悲鳴が聞こえてきた。
「いやあああ!!!」
優衣や里奈がそう言う甲高い悲鳴をあげるならまだ分かる。しかしこの悲鳴の主はそのどちらでもなく、圭介であった。
「いきなり何よ圭介!!」
「今悲鳴あげる要素あったか?」
里奈と千春によるご意見が果たして圭介に届いたのか。
誰にも分からないままいつの間にか椅子に戻った圭介は再び机と同化し、ブツブツと独り言を言っている。
「なぜだ…なぜ…!他の国は捕獲して調理までしているくせに、日本だけにどうしてそんな法律があるんだ!!世界はなぜこんなにも残酷な運命を選ぶのか!!俺の頭では到底理解が出来ない!!」
「え、鳩のお肉を食べたいの?」
優衣の言葉を聞いた圭介は絶叫した。
「いやだいらない!!そんなもの食べたくない!!絶対にいやだああああああ!!けど野放しも嫌だ!!よし、俺は鳥がいない宇宙に行く!!!宇宙飛行士になる!!!」
ガタンガタンと椅子ごと揺れて騒いでいる圭介を放っておく事にした里奈は、千春に話しかけた。
「どうする千春?」
千春はしばらく考えた。
何もしなければ、うちの団地は今年も鳩たちの根城になってしまう。むしろなりかけている。
とは言え無闇矢鱈に手は出せない。
「…要はだ。捕まえなければいい。そうだろ」
千春は睦月の方に顔を向けた。
目が合った睦月はニヤリと笑みを浮かべている。
「さすがだな千春。奴らは長年の放浪の結果、人間に慣れすぎている。餌を求めて俺たち人間に容赦なく近づいてくるだろう」
先人の知恵とはまさにこれを言うのだ、と言いながら睦月は例の本を開く。
いつのまにか歴史が進んでおり、『世界の軍用鳩の歴史②古代編』と書いてある。
この戦いは長くなるかもなあ…と考える千春をよそに睦月は続けた。
「手ぶらでは到底勝ち目はない。つまり武器が必要だ。もちろん、法律に触れないレベルのな」
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