4話 哀愁の小学6年生

放課後。

学校の玄関から校庭に向かう途中の階段に、朝の4人に合わせて優衣も加わり座る。


「で、千春。今日の議題は何ですか?」


里奈の問いかけに千春が頬杖をつきながら答えた。


「昨日に引き続き、ムッティの恋煩いについてです」


「はああ!?」


驚いた声を上げたのは睦月である。

睦月は昨日の集落センターの会合には参加していないわけだから、驚いて当然である。


「昨日って何だよ!て言うか俺の恋煩い!?」


千春は睦月の声を無視して続ける。


「そもそもな話をするとさぁ、千姫は豊臣秀頼の奥さんなんだろ?名前的には徳川千じゃなくて豊臣千じゃないのか?」


「おい千春!!お前まさかみんなに話したのか?」


「まああの時代に今みたいに夫の苗字を名乗る風習が果たしてあったのか、と言うか文献を見る限り女性はあまり苗字名乗ってなくないか?まあどうか分かんないけど」


「圭介!?」


千春の質問に普通に答える圭介を見て、睦月は顔を赤くして狼狽えている。


「あのねムッティ、昨日の夜集落センターに4人で集まってね、ムッティが千姫様に恋をした話をちいちゃんから聞いたの」


つんつん、と睦月の肩を指でつつきながら優衣が言った。それまで騒いでいた睦月は、ほわほわとした優衣を見てふしゅう、と燃え尽きたように大人しくなった。


「はあ…そう言う事かよ…て言うか集まったんなら俺も呼べよな…」


頭をがしがしかきながら睦月が不満気に言う。


「呼んだらお前が怒るだろうと思ってさ。議題が議題だし」


千春がぽそりと呟いた。


本人がいる前で話せるかよ。

まあ今現在本人の前で話してるわけだからあまり意味はないか。


心の中で千春は言った。


「いや、怒るって言うかさ…」


恥ずかしいだろこんなの、と睦月はボソボソと何かを言いながら照れくさそうにしている。


「ムッティはどう言う世界線で生きてるの?」


千春、圭介、里奈もきっと同じ事を考えていたのかもしれない。けど、誰も発言しなかった事をさらっと優衣が口にした。


それを聞いた3人は奇声を上げた。


「ゆゆゆ優衣ちゃん!!?」


千春があわあわとしながら何て事を言うんだ、とでも言いたそうに優衣を呼ぶ。


「さすがだよなあ優衣は」


惚れ惚れするわあ、と圭介が呟いた。


「圭介感心すんな!」


頷いている圭介に千春のツッコミが入った。


「いい!?優衣!男って言うのはねえ、あたし達が思っている以上にデリケートでピュアなのよ!特にムッティはね!!千春みたいにその日暮らしじゃないし、圭介みたいにムッツリじゃないの!」


あまりの里奈の物言いに千春と圭介が吠えた。


「里奈てめえ!!その日暮らしって何だ!!優衣ちゃんに何言ってんだ!!」


「俺がいつムッツリしたんだよ!!」


ぎゃーぎゃー、と騒ぐ4人をよそに、それまで黙っていた睦月が背中を向けて立ち上がった。

4人は急に立ち上がった睦月を見てヒッ、と声を上げた。


「ムッ、ムッティ!!怒ったのか…?」


優衣ちゃんに悪気はないから!多分!

と言おうとした千春だったが、睦月は事の他落ち着いた様子だった。


「いや…、優衣の言う通りだと思って。正直言うと、俺もこの気持ちが何なのか分からないんだ」


そう言うと睦月は、カチャリと伊達メガネを外して空を見上げる。

夕焼けの光がいい具合に睦月に当たり、哀愁漂う小学6年生が完成した。


「ムッティ…」


睦月を見て呟く千春の後ろから、圭介がブフッと吹き出した声と、すぐあとに鈍い音がした。

大方、里奈が圭介を殴った音だろう。


「どう足掻いたって会える訳はない。俺だってそれくらいは分かってる。なら、まずは今俺に出来る事をしようと思ったんだ。天から見ている千に見られても恥ずかしくないように」


そんな睦月の力強い発言を聞いた里奈がぽつりと呟いた。


「て言うか呼び捨て…?」


「ねえちいちゃん、千姫様がムッティを認識してる前提なのかな?」


などと耳打ちをしてきた優衣を千春は静かに嗜めた。


「優衣ちゃん、ストップ。…つまりはだ。まずは、朝は自分で起きると?」


千春の質問に睦月は頷いた。


「ああ。俺は千に相応しい男になる。昨日までの俺はただのもやしだ。身体も鍛え上げる。もし今後大阪夏の陣が起こったら、俺は必ず千を守る」


睦月は力強く右手を握った。

どさくさに紛れてとんでもない事を言った睦月に、すかさず里奈がツッコミを入れる。


「大阪夏の陣が起こる訳ないでしょ!?」


「まあまあまあ!実際の千姫だって大阪城から救い出された訳だしな。男なら好きな女の子を助けるのは当然だ。秀頼様も千姫に生きていて欲しかったから夏の陣の時に止めなかったんじゃないか?」


だよな、千春?と圭介が同意を求めて来た。


「ああ。一歩大人に近づいたなムッティ。きっと空の上から千姫様も見てるさ。1人で起きるようになったお寝坊王子の姿をな」


な、ムッティと言いながら千春は睦月の肩に腕をかけた。


「…、まあな」


睦月は照れながら返事をした。


「よっ!色男〜!!」


圭介がニヤニヤしながら睦月の頬をつつく。


「圭介…やめろ、俺をつつくな。それと千春、俺は王子じゃねえ。里奈は半笑いで俺を見るのをやめろ。優衣は…そのままでいい」


「差別じゃない?ねえ!差別じゃない!?」


睦月の意見に不服そうな里奈が喚く。


「うるせえ!大体お前はいつもなあ…」


言い争いを始めた里奈と睦月に構わず、優衣が思い出したように千春に聞いた。


「そうだ、議題の答えは?ちいちゃん」


すっかり忘れていた。

しばらく考えたあとに千春が答える。


「うーん…ムッティは色男。ってとこだな」


答えを聞いた優衣は、ニコニコしながら嬉しそうにぱちぱちと拍手をした。


「俺はもう帰るからな!明日も早いんだ」


若干機嫌を損ねた睦月はカバンを背負い直し、ぷいっと階段を登り校門へ向かった。


「はいはい。みんな!王子様のお帰りだ!俺たちも帰るぞー」


しょうがないな、とでも言いたげな声で言った圭介の言葉に千春と女子たちが返事をした。


「はーーい!」


夕焼けも沈み始めたオレンジと濃い藍色のコントラストが広がる空に、睦月の叫び声が響いた。




「だから!王子って言うのはやめろ!!!」

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