3話 寝坊王子の覚醒

御影みかげ小学校6年3組、川崎千春。

彼の朝は早い。


幼馴染であり、同じく6年3組の原田睦月を毎朝迎えに行くと言う使命がある。


睦月は非常に朝に弱い。

家族の呼びかけでは大体起きない。

目覚まし時計は、先月から数えて既に4つ天国に旅立った。


『壊しすぎだろ…』


千春は言わば睦月を起こす「生ける目覚まし時計」なのだ。


時刻は8時手前、県営団地の2号棟。

606号室の自宅を出た千春は階段を使い、2階下の404号室に向かった。

未だにすやすやと寝ているであろう、王子を迎えに行くために。




「あらちいちゃん!おはよう!」


404号室の呼び鈴を鳴らすと、中から睦月の母親が出て来た。


「おばさん、おはようございます」


千春を見た睦月の母親は、元気な挨拶を聞いてニコニコしたあとに不思議そうな顔をした。


「あら…もしかして迎えに来てくれたの?睦月ならもうとっくに出たのよ?」


「えっ…」


千春は予想外の返事にそれしか言葉が出なかった。

睦月が起きただと…?自分で?

そんな話は今まで聞いた事がない。

千春の脳内はハテナマークだらけになった。


「あの子ったら…ちいちゃんに何も言っていなかったのね?いつも迎えに来てくれるのに、全く!ごめんなさいね。帰ったら叱らないと」


いってらっしゃい、と言ってくれた睦月の母に挨拶をしたあと、千春は考え込みながらゆっくり階段を降りていった。


「あの万年お寝坊王子が1人で…?」


一体何があったんだ?

変わった事…?

うーん…。


「何かぼそぼそ言ってる奴がいると思ったら千春じゃん」


考え込みながら階段を降りていたら、後ろから聞き覚えのある声がした。


「おぉ…里奈。おす」


里奈は睦月と同じ4階に家がある。千春同じくらいの時間に家を出たらしい。


「おはよ。もー、またムッティは寝坊?」


しょうがないなあ、と言う里奈に千春が怪訝そうな表情で言った。


「いや、それがさ…もう学校に行ったらしいんだ…」


「えぇっ…」


千春の答えを聞いた里奈は、さっき睦月の母親と話した時の千春と全く同じ声を出した。


「そうなるよな?だよな!」


「何?何で!?ムッティどうしたの?えっ?1人で起きられるの!?」


里奈は千春の肩を揺さぶりながら叫んだ。


「俺だって分かんねーよ!」


睦月に何か心境の変化があった。

それは確かだ。

しかし、詳細はまだ全く分からない。


「何があったんだムッティ…、よし里奈。走るぞ」


こうなれば直接本人に聞くしかない。


「どこまで?土手?」


千春は項垂れた。

里奈は自分たちがどこに向かっているのか忘れてしまったのだろうか?

なぜ土手に向かおうとしてるんだ!


「学校に決まってんだろ!!!」







6年3組の教室の前。

あれから学校までなぜか全力疾走をし、走り疲れた千春と里奈は教室の扉の前に泥のように倒れ込んだ。


「ああああ…死ぬ…」


この世の終わりかのような声を出して廊下と一体化している千春たちの後ろの方から、自分たちを呼ぶ声がした。


「千春、里奈?何で朝から死んでんだ?寝坊したのか?」


颯爽と登校して来た圭介が2人の様子を見て不思議そうに聞いてくる。


「け、けいすけえええ…水……、みず……」


死にそうな表情を浮かべながら千春が圭介に手を伸ばした。


「砂漠にでもいたのか?仕方ねえな」


千春と里奈を肩にかかえ、圭介は廊下の水飲み場まで運んだ。


「ほら、飲めよ」


命の恵みをもらい多少落ち着きを取り戻した里奈が口を開いた。


「ムッティが…、ムッティが……!!」


「ムッティ?どうせ今日も寝坊してんだろ」


日常茶飯事だろ、と言う感じに圭介は吐いた。

それを聞いた千春が、水をたくさん飲みぷはー、と息を吐いたあとに言った。


「違う…、もう学校にいるんだよ!!」


「はあ?」


それを聞いた圭介はあり得ない、と言いたげな声を出した。





「あ…、本当だ」


教室で分厚い本を読んでいる睦月を見た圭介が驚いたように呟く。


「あいつ…っ、呑気に読書なんかしやがって…!」


「そうよ…あたし達がどれだけ心配したと思ってんのよ!!大体何よあのメガネは!あいつ視力いいはずなのに!!」


千春と里奈がギリィ、と声を絞り出した。


里奈の言う通り、睦月は昨日までかけていなかった黒縁のメガネをかけていた。

ちなみに睦月は視力は両方とも1.5と、本来ならメガネなど必要はない。

つまり、伊達メガネである。


「まあまあ…とりあえずお前らは落ち着けよ。俺が話してくるからさ」


そう言って圭介は教室の中に入っていった。


「ムッティ、おはよう」


睦月の机の前に立って圭介が声をかける。


「ああ、おはよう圭介」


睦月はパタン、と本を閉じて圭介を見た。


「来るの早いな、今日は寝坊しなかったんだな」


「ああ…ちょっと生活を見直そうと思って」


睦月はそう言ってメガネをくいっと上げた。

どこから引っ張り出した伊達メガネだ…と圭介は考えたが、今はスルーする事にした。


「そうか。いや…、俺は構わないんだけどさ、ほら」


圭介はくいっと千春と里奈の方に顔を向けた。


「あっ」


睦月は千春と里奈を見てしまった、と言う表情を浮かべた。


「あっ。じゃねえんだよ!!!」


睦月と目が合った千春はズカズカと教室に入り込んだ。


「何で何も言わずに学校に来てんだよ!!!何だよその分厚い本は!!!インテリぶりやがって!!!」


「そうよムッティ!!万年寝坊王子のくせに!!!早くメガネ取りなさいよ!!」


朝から散々だった千春と里奈は睦月に詰め寄った。


「ごめん!ごめんって!!」


ポカポカと2人からの攻撃を受けながら睦月は謝る。


「はあ…」


じゃれ合う3人の様子を見て、圭介は苦笑いを浮かべながら呆れたようにため息をついた。

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