2話 恋する少年

「そう言えば、ムッティって好きな子とかいるの?」


思春期に差し掛かる12歳、小学6年生。

同級生たちの間では最近この手の話題でもちきりだ。

放課後、睦月と一緒に図書室で本を読んでいた千春は睦月の浮いた噂を聞いた事がない事に気がつき、ふと軽い気持ちで聞いてみた。


普通好きな人を聞いたら、例をあげると「隣のクラスの○○くん(ちゃん)」とか、「○年生の○○くん(ちゃん)」だとか、いなければいないとか、そう言う返事が返ってくるだろう。


しかし、千春がそれを聞いた相手である睦月の答えは全く違うものだった。


徳川千とくがわせん


千春と睦月の間に静寂が訪れた。

図書室の外側から、他の生徒が走り回る声や喧騒が聞こえる。


千春は咳払いをしたあと、口を開いた。


「あの…ムッティ?今何て言った?」


「徳川千」


睦月は同じ名前を答えた。


千春は頭の上にはてなマークを浮かべた。

うちの学校にそんな名前の生徒がいただろうか。

同級生どころかどの学年でも聞いた事がない。


「ごめん…誰?うちの学校の人?」


千春は狼狽えながら睦月に聞いた。


その質問を聞いた睦月は、顔を赤くしながらとある分厚い本を千春に押し付けた。


「えっ…何だよこれ?」


千春は押し付けられた本の表紙を見た。


「『淀殿よどどの』?今の話に関係あんのか?」


「これに書いてある」


「はあ?」


千春は何言ってんだお前、などと睦月に言いながら『淀殿』と書かれたその本をパラパラとめくり読み始めた。


「大阪夏の陣…、…………」


読み進めて行く内に、千春はある項目に気がついた。


「家康は家臣の坂崎直盛さかざきなおもりに命じ、戦乱のなか千姫を救出……、…おい…ちょっと待て」


千春は本をバンっと勢いよく閉じた。


「お前まさか、徳川千って千姫の事か?」


図書室と言う場所にいる手前、千春は極力小さい声で聞いた。


「…そうだよ」


睦月はこっちが恥ずかしくなるくらいに顔を赤くしながら答えた。


「……っ、何でだよ!!?」


まさかの話に思わずあげた千春の叫び声により、図書室全体からの視線を浴び居た堪れなくなった睦月と千春はそそくさと図書室から退散した。

 

そしてその話は一旦そのまま流れてしまったのだった。







千姫。

江戸幕府二代目将軍・徳川秀忠と、その正室で「浅井三姉妹」の三女として知られるごうの長女。


絶世の美女と言われた母方の祖母・お市の方によく似た美しい娘だったらしい。


従兄弟にあたる豊臣秀頼と7歳で結婚、大坂城へ輿入れをする。しかし19歳の時に大坂夏の陣で大坂城は落城、義母の淀殿と夫・秀頼は自害。


父方の祖父・徳川家康の命により救出された千姫は江戸城へ戻り、以降70歳で生涯を終えるまで数奇な人生を送ったと言われている。







「…と言うわけで、本日の会合の議題は『ムッティが歴史人物に恋をした件について』です」


「はああああああ!??」


千春の説明を聞いた3人から奇声が上がった。


「ううう嘘でしょムッティ!!」


優衣は驚きのあまり、口を両手で押さえている。


「ムッティ!あいつ…小6の分際でなに人妻に恋なんかしてんのよ!!!」


里奈はガンッと拳を机に叩きつけた。


「ちげーよそう言う問題じゃねえんだぞ里奈!」


見当違いの怒りをぶつける里奈に千春は呆れたように言った。


「だって人妻じゃん!!!」


「いいか…相手は400年以上前のお姫様……おい圭介!なに笑ってんだ!!」


圭介は机に顔を埋めて肩を震わせていたが、千春の声を聞いて顔を上げた。


「いや、あいつらしいと言うかさ、それだけ真剣に……、ははははっ!!!ヒイイイ!!!」


圭介は笑いながら椅子から転げ落ちた。

その様子を見た千春は盛大にため息をついた。

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