第7話

 体調も心の具合もよくなり、ネルは普段通りの生活を送り始めた。周りの目はまだ冷たいが、気にしてなどいられない。顔合わせの日が近づいて来ているのだから。

そして今日は何日かぶりのリムとの勉強会。

 いつもの部屋に行くと彼は静かに本を読んでいた。


「リム、ごめんね」


 ページを捲る音だけが返ってくる。


「私のせいでお母さまから怒られたよね」


 怒っているのかリムは何も答えなかった。

 ネルは隣に座り、教科書とノートを広げていく。


「ねえ、リム。私結婚することになるかも」


 涙声になりそうなのを耐えた。当然知っているだろうけども、自分の口から伝えたかった。

 リムは本から目を離さず、うん、と相槌を打った。


「ショーンがね、そうなる前にリムと一緒にここから出る作戦を立てているとか言っていたけど……」


「そういえば、そんなこと言ってたかも」


 ショーンとの温度差にだんだん不安になってくる。


「リムは平気なの?」


「なにが?」


 冷たい目を向けられて、ひっと息を吸った。


「……えっ、だから、私が見ず知らずの人と結婚しても」


 自分でなんてことを聞いているんだと思った。これではまるでリムがネルことをどう思っているか気になっているみたいだ。でも聞かずにはいられなかった。


「ネルだっていつかは誰かと結婚するでしょ。それが少し早かっただけのことで――」


 ああ、だろうな、と思った。リムはネルのことを何とも思っていないし、どうなろうが関係ないんだ。


「王様が言っていたよ。相手の人はネルのこととても気に入っているって。近くに置いておきたいから早めに婚約しておきたいんだって」


 よかったじゃん、とにっと笑うリム。傷ついた顔を見せないようにとネルも無理に笑った。リムのネルに対する思いをはっきりと聞けてこれでよかったんだ。予想通りの答えだったのに、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。私は何を彼に期待していたのだろう。


「そうだね」


 作っていた笑みが不安定になり下を向いた。

 もう一つ聞かなくてはいけないことがあったことを思い出した。きっとまた自分が傷つく答えだとしても。


「――ねえ……、この前、会った時、なんで無視したの?」


 リムに緊張が走ったのがわかった。きつく結んだ口を軽く開き、ぼそっと言った。


「ネルが……、泣きそうな顔をしていたから」


「え」


 意外な答えにポカンとしていると、「あんな顔で無理に笑ってたらさ、何かしたくなる」と早口で苛立ちながら言い始めたが、語尾の方はだんだん弱くなっていった。


「何かって?」


「ああ、もう、別になんでもいいだろ。しかもあの服でさ」


「服? それが関係あるの? 似合ってなかった?」


 不機嫌そうにリムは答えた。


「……似合ってたよ」


 結局無視された理由はわからなかったが、ネルはもうそれはどうでもよくなっていた。服を初めていいと言ってくれたことと――。


「リム、私ね、一回きりだったけど魔法使えたんだよ」


「おっ、やったな」


 たった一言だったけれども、なんだかリムたちの仲間入りができたようでうれしかった。

 


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