第3話
長くかかった準備が終わり、部屋から顔を出して様子を伺った。
ショーンとリムの姿はどこにもなくて安堵した。女子だけの会には男子が来ることは好まれない。この王室内でのイベントだから誰かが襲ってくるなどといった不安要素もない。ショーンは今頃稽古に行っていて、リムは図書室で勉強でもしているのだろう。
「お嬢様こちらへ」
通された中庭は母の好きなお花が季節関係なく咲き誇っていた。優秀な庭師が魔力でそれを維持している。自分の出番じゃない季節に無理やり開かせた花たちはどこか気怠そうに下を向いていた。
女たちの不気味な微笑み合いが聞こえてきて、ネルは全身がゾワっとした。
白いタイル敷かれた庭の中心にマダムたちが集まっていた。その中に母がいた。母の姿を見ると背筋が自然と伸びる。
「ごきげんよう」
ネルがそう挨拶し、輪の中へ入って行くと感嘆の声が上がった。
「まあ、美しい」
見惚れるような眼差しを向けられた。あれだけの時間がかかったのだから、そうでなくちゃメイドたちが報われない。母をちらりと見ると、ネルに関心がないようで、近くの花に目をやりながらお茶を飲んでいた。
「世の男性はほっとかないわ。婿選びにはたいへん苦労しそうね」
黄色いドレスを着た夫人がそう言うと、聞いてなかったはずの母がそれにそっけなく答えた。
「それはご心配無用です。もう決まっているので」
え? というマダムたちの声を打ち消すほどの大きな声をネルは発した。
「は?」
その言い方がよくなかったのか母がギロリと睨んできた。しばらくぶりに会った娘にそんな目を向けるなんて。
負けてられない、とネルは詰め寄った。
「決まっているって、どういうことですか? 何にも聞いていないんですけど」
「話す必要ある?」
「あります。だって自分のことなんですから」
「あなたの意見なんていらないのよ。決められたことにただ頷いていればいいの」
ネルの教育には無関心で、こう言ったことには口を出してくる母が憎たらしかった。
「それに早過ぎないですか?」
ネルはまだ十三歳になったばかりだ。姉たちは二十歳を過ぎてから嫁に行った。
「あなたみたいなのをもらってくれるってだけでありがたいのよ。身の程をわきまえなさい」
何を言っても通用しない。
姉たちも親が決めた相手と結婚していった。心の中では反発もあっただろうがネルのように母に反論したりはせず、受け入れていた。だけどネルにはそれができなかった。母親らしいことは今まで何一つせず、こういう時にだけ急に母親面してくるのが許せない。何がなんでも受け入れてやるものか。
「近々出向いてくださるようだから失礼のないように」
耐えられない。世間体は気にするくせに、人前でネルのことは侮辱する。 ネルは返事をせず、ずかずかと空いている席に音を立てて座った。その様子を見てマダムたちがこそこそと話し始める。
「気性が荒いのが玉に瑕ね」
「姉たちとは顔もだけど性格も全然違うわ」
こんなうわさ話や陰口はいつものこと。いつもだったら知らん顔してやり過ごすが今日は母にどうしても恥をかかせてやりたかった。
ネルは勢いよく立ち上がる。そのはずみで座っていた椅子が倒れて大きな音が鳴り、皆の目線が一気に集まった。あの母もこちらを見ている。
ネルは母を指さし、言った。
「私はあそこにいる人の娘ではありません」
母は心底軽蔑したような目でこちらを見つめていた。本当の娘ならあんな顔でネルを見たりしない。抱きしめられた記憶も頭を撫でられたことも優しい顔で、声で、気にかけてくれたこともない。名前さえも呼ばれたことがない。姉たちのことは母親らしく可愛がっていた。ネルにだけない。それにネルは八歳ころまで離れに置かれ継母に育てられたのだ。
観客たちが様子を伺うようにネルと母を交互に見ていた。
このことは彼女らに好奇心の種を咲かすとまではいかなかったようだ。母や姉たちとは似ていないため、父がよそで作った愛人の子だと以前から噂されていた。
それらならば、これはどうだ、とネルはもう一度口を開く。
「私は父の子でもありません。御覧の通り魔法が一切使えませんので」
この場に緊張感が走った。
いい感じだ、とネルは心の中でほくそ笑んだ。
個人差はあるが子供でも多少の魔法は使える。だいたい十二歳になると開花されて、自分の得意な魔法がわかるようになり、自分の能力に合った魔術を使えるようになる。学校でもそれを学ぶために行くのだが、ネルはその能力がないため学校には行っていなかった。生まれた時から魔力を持ち合わせていないのだ。十二歳になっても開花されることなく一年が経った。
ショーンは武術魔法の特化した学校に行っていたが優秀過ぎて早くに卒業し、一方リムは魔力を使うと体の消耗が激しく、なるべく使わないようにと言われているからネルと同じ自宅学習組。そもそもリムは学校に行く必要はない。知識が豊富過ぎて学ぶことがないからだ。自宅学習と言ってもネルに特別な講師を付けられているわけでもなく、勉強はリムが教えてくれていて、魔法を使わなくても戦えるようにと簡単な武術はショーンが教えてくれていた。
そのことは街中のみんなが知っていること。姉たちはネルと違って優秀だった。魔力も存分にある。あの偉大な王の子だから。その力がないリムはその王とも血が繋がっていないことになる。
「だから私と結婚した家系は魔力を継ぐことができず失うでしょう。それを隠して婚約させようとしている。その家系を破綻させるためか、金のためかで私を利用しようとしている」
その時、母が自分の近くまでやってきていることに気付いたと同時に頬を叩かれた。驚いてネルはその場にへたり込んだ。世間体を気にするから今なら何言っても大丈夫だと思ったが違ったようだった。いつもなら客が帰った後にするのに、ネルの反撃に堪えられなかったのだろう。
恥をかかせる作戦は成功した。しめしめと頭では思っているのに、頬の痛みを感じるにつれて、鼻の奥がツンとした。母はいつだってそうだ。自分の気に食わないことをすると叩く。それも私だけに。
ネルは自分の最大限の恨みを眼に集めて睨みつけた。母はそんな娘の表情を見ても変わりなくいつもの冷たい顔で見降ろしてくる。
「あの部屋に入れときなさい」
その一言で、メイドたちがネルの所へやってきた。無理やり立たせて連れて行こうとしている彼女らの耳元に母が「後で私の部屋に教育係を呼んできて」と言った。そこにはリムも含まれる。
ネルはメイドたちの腕を振りほどいて叫んだ。
「ここから出て行ってやる。絶対に」
母はネルのことを見据えうっすらと微笑んだ。
ネルは狂気を感じ身震いした。
「そう。そんなに結婚に前向きならうれしいわ」
「結婚なんてしない。その前に出て行く」
「無理よ。わかっているでしょ。あなたはこの家からは勝手に出られないの」
この城には今娘が一人しかいないし、好き勝手やっているから監視の目もたくさんあった。城の外がすぐ森だから、安全のためにこの城全体が魔物の侵入を防ぐため目に見えないシールドで囲まれている。許可証がないとそこを行き来できない。ネルにそれをすべて掻い潜る能力はないってわかっている。わかっているけれども。この人の言う通りにはさせたくない。
「必ず出て行くから」
諦めようとしないネルに眉をひそめ、母が呪文を唱えた。空気が冷たくなった。体が勝手に動き出し、あの部屋へと向かわせられる。抵抗しようにも体が言うことを聞かなかった。
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