第1話 一目惚れ(6月13日 水曜日)

 衝撃やった。

 中学校に隣接した田舎の高校。十何年も住んでたらなんも見やんでもジオラマ作れるぐらいには狭い町。周りは田んぼと山しかない。コンビニじゃないけど駄菓子屋みたいな、なんでも売ってる店ならある。

 町の人らはみんな知り合い。高校に上がっても幼なじみばっかりでつまらんかった。友達と離れやんかったのは良かったけど。

 おんなじ町並みにおんなじ奴ら。面白みもクソもなかった。そんな状況にそろそろダレてきた高校1年の6月中旬。

「よぉーし。みんなぁ。席ついたかぁ。木下ぁ、はよ座らんかい」

 朝のホームルームでやたら声のでかい男の担任が、いつも以上に声張り上げて生徒に呼びかける。

「なんや。なんでセンセェ今日はそんなテンション高いん。なんかあったん」

 ピアス開けて茶髪に染めてる木下がそう言うた。

 自分が1番かっこええ思てんねやろな木下は。あほか。こんな田舎でイキんなや。

「そうなんよぉ。今日は転校生来てんねん。やからはよ座れ言うてんねん!」

 はっはっは。って担任がどえらいでかい声で笑いよった瞬間、生徒たちがざわつき始めた。

「え?転校生?そんなん聞いてないわ」

「うそぉ。あんた知らんかったん?こないだ先生らがてんこーせー来る言うてたで」

「あんた知ってたんやったらはよ言うてーよ!どんな子なん?」

「さぁ?それは聞いてないわ」

 口々にそう言う中、担任がまた声を荒げた。

「ええかぁ?東京から来た子や。みんな仲良ぉするんやで?おーい!入っといで!」

 東京から来た子。なんでそんな都会からわざわざこんなしょーもない田舎来んねん。ま、変なやつやったら揶揄うだけやしええけど。

 ガラガラ音立てて転校生が入ってきた。

「こんにちは。三原 悠也です。先生の紹介にもあったように、東京から来たのは合ってるんですけど、元々関西に住んでたので喋り方も関西弁です。よろしくお願いします」


 衝撃やった。

 茶色で明るくて、耳までの長さの髪。瞳の色も明るい。その上、肌の色も白くて綺麗。

 黒髪で耳上の軽いマッシュに、真っ黒な目とちょい褐色肌な俺とは全然違う。そら俺も顔は悪くないと思うよ。モテるにはモテるし。

 でも、なんて言うか…。可愛い…?いやこんなん言うんは失礼かもしれんけど。

「え、かっこいいやん」

「かっこいいてか、可愛いちゃう?」

「なにあの綺麗な肌。羨ましすぎやろ」

 コソコソ女子がザワついてる中、

「う〜わ。こらモテるやろな〜。うち女子少ないし全員あいつに取られるで」

「ほんまやな。でも悪いやつやなさそうちゃう?」

「そやろけど…。なんか都会の空気まといすぎてへん?キラッキラやん…。俺仲良ぉなれやんかも…」

 男子からは低評価気味やな。

 俺は気になるけど。あいつのこと。

「じゃあみんな、仲良ぉするんやで!ほんじゃあ席は〜…おう、山本のとなり空いてるわ。あそこ、窓際の1番後ろの席座ってくれるかぁ」

「えっ…」

 びっくりしすぎて声出てもたわ。

 嘘やろ。ほんまに言うてんのか先生。

 確かにこの席この間、親の転勤でって転校した子の席やから空いてるけどよ。いや、1番前の廊下側の席も空いてるやん。なんでわざわざ…

「なぁセンセー。なんでここちゃうん。ここ座りぃや」

「お前なぁ、自分の態度わかってへんやろ。ほんま…。なんのためにお前の席1番前にしてる思てんねん」

 あぁ、あの席のとなりのやつ授業態度悪いもんな…。そりゃあそこに座らそうとか思わんわな。はいはい分かったよ。しゃーない。

「んじゃ、席座ったら授業始めるから、今日はとりあえず山本に教科書見せてもらってな」

 ほんまに言うてんのか先生。


 木造で出来てる校舎には土足で上がっていい。どうせ砂だらけになるからって理由だけらしい。

 唯一、上履き履くのは体育館だけ。土足やと滑って体育できやんからやと。

 三原悠也とか言うやつが歩く度にコトコト低い音が響く。その音が俺の横まで来て止まった。

「山本くん?となりごめんね。ちょっとずつ慣れてくれたら嬉しいけど」

 男にしては高めやけど、しっかり太い声ではある。

 優しくそう言われて正直ちょっと安心した。見た目によらず怖いやつやったらどうしよとか思ってたから。

「いや、ええよ。はよ座り。授業始まるわ」

「うん。ありがとう」

 なんかこういうちょっとした会話だけで嬉しくなる。

 初めて町外の人と喋ったし、元々関西住んでたとは言え東京から来たらしいし。

 俺のとなりに置かれてるちょっと重たい、これまた木で出来た椅子引いて静かに座った。

「昨日の続きから始めんぞ〜」

 せっまい教室やしそんな大声出さんでええやろ。

 パラパラ教科書めくる音とチョークの音が響く。

「ねぇねぇ、山本くん」

「俊でええよ」

「俊くん。じゃあ僕のことも悠也って呼んでええよ」

「おう。分かった。んで?なんか言いかけた?」

 初対面やのに馴れ馴れしくしすぎたかな。

 それにしても、教科書の端っこ持つ手がめちゃくちゃ綺麗。

「授業ってどれぐらいのペースで進むん?」

「どれぐらいって…。ゆっくりめやと思うけど…」

 うわぁ。左手首の内側に小さいホクロあるの、なんか色っぽいな。

「ふーん。東京おったとき、この範囲終わったんよな」

「え、そうなん?じゃあ答えも全部分かるん?」

「分かるよ。俊くん、分からんとこあったら聞いてな」

「まじか…。めっちゃ優秀やん。すごいわ悠也」

 褒めたら偉いにこにこし始めたな。なにそれ可愛い。

「そういえば、悠也っていつ関西から東京行ったん?」

「小学校のときやから5、6年前とかに東京行って、この間帰ってきた」

「よお関西弁抜けやんな」

「関西弁の方が慣れてんのに急に標準語喋れたと思う?むりむり。東京で全然喋らんかったから友達もできやんかったわ」

 細くて白い手組むのに見惚れて全然話入ってこんわ。

 見れば見るほど綺麗な肌やな。きめ細かいしすべすべしてそう。触ったらどんな感じなんやろ。

「ふーん。俺が友達になったるがな。そんなん」

「え、ほんまに?優しいな俊くん」

 目ぇ輝かせてるけどそんな嬉しいんかい。

 見た目も完璧やし、喋ってみたら可愛いし。こんなんモテたに違いないのにな。

 前の方座ってる女子もちらちらこっち見て嬉しそうになんか言うてるし。

 お前らは黒板集中しといたらええねん。こっち見んなや。

 あーあ。気分悪い気分悪い。ここ得意範囲やし授業聞いとかんでもええか。もう。


 キーンコーンカーンコーン

「俊くん。起きぃや。休憩時間やて」

「ん…?」

 やば。結構寝てもてた。

 担任が少々呆れた顔で教室出ていくのが見えた。

「終わったんか。めっちゃ寝てたわ」

「来月テストらしいけど、そんなんでいけるん?」

「ええんよ。ここの範囲得意やし、いざとなったら悠也に頼るから」

「ふふっ。役に立てるように頑張るわ」

 笑った顔も可愛ええな。

 正直、東京住んでたってだけで頭良さそうやもんな。実際こっちよりも授業進むん早いらしいし。


 悠也と喋ってると時間経つのも一瞬で、気がつけば昼休憩の時間になってた。

 授業中にこそこそ喋ってて分かったことは、悠也の親は仕事で家にあんまりおらんってことと、一人っ子で親戚との関わりもないってこと。あと好きな食べ物はお肉。可愛らしい見た目によらず、好きな食べ物がワイルドやな。

 机の上に広げてた教科書とノートを片付けて悠也に声をかけた。

「昼飯、一緒に食う?他に食べる人おらんのやったら」

「え!いいん!?」

 わっかりやすいなぁ。めっちゃ嬉しそう。

 でもこいつと一緒に昼飯食いたいの俺だけじゃないやろな。

「三原くん!一緒にお昼ご飯食べよ!」

「私も一緒に食べたい!な!話しよ!」

 人数の少ない女子が全員集まってくる。

 まぁそらそうよな。見慣れた標準的な男しかおらんもんな。

 遠くの方で男共が白い目でこっちを見てる。

「ごめんね。俊くんと食べるって約束してん。休憩時間お喋りする?」

 悠也はちょっと困った顔でそう提案した。

「そっかぁ…。じゃあ休憩時間また話そね。絶対やで」

 女子たちもちょっと残念そうにしながら、仲いい子たちと席に座って弁当を食べ始めた。

「よかったん?俺と食べるより女の子の方がいいんちゃうん」

「いや、僕まだみんなと馴染めてないし俊くんとしか仲良くなれてないからええんよ」

「ふーん。そうか」

 内心嬉しい自分がいてる。誰よりも仲良くなろうと思った。

「悠也、弁当?」

「サンドイッチ」

 そう言ってカバンの中から取り出した袋を開けた。

「え!それ手作りちゃう!?自分で作ったん?」

 手作り感満載ではあるけど、綺麗に作られたカツサンドを見てつい声がでかくなってしまう。

「あー、うん。自分で作った…。下手やけど…」

 あんま見んといてって言いながらちょっと隠してる。

「全然下手ちゃうよ!めっちゃ美味そう!」

「ふふっ、そうかな。俊くんはお弁当?」

「俺は弁当よ。お母さん特製やで」

「ええやん!美味しそうやな!」

 悠也は、カツサンドを頬張りながら言った。

 あまりにも美味そうに頬張るもんやから、

「なぁ、それ一口ちょーだいよ」

 なんて言葉が咄嗟に口から出てきた。

 何か考えてたわけじゃないけど脂の乗った肉が纏った茶色い衣をパンで挟んで食べてるのがとんでもなく美味そうやったから。

「えっ…と、僕お腹空いてて…。あ、たまごサンドもあるしこっち食べる?」

 そう言いながら袋からもう1つサンドイッチを出した。

「え〜。カツサンド食べたかったな〜。ちなみにこれも手作り?」

「そうやで。全部自分で作ったんよ。明日また作ってくるし我慢してや」

 申し訳なさそうにしてるの見て、自分も申し訳なくなってくる。

「うーん。分かった。明日まで楽しみにしとくから玉子も悠也が食べや」

「ええの?」

「楽しみは置いといた方が倍になるやんか。ってなると明日も頑張って学校来なあかんな」

 頑張るもなにも、そもそも学校来るの嫌じゃないしわりと楽しく過ごしてるからええけど。

 悠也ともいっぱい話したいし。

 どこら辺住んでるとか趣味とかどんな人と相性いいとか。

 知らんこといっぱいやな。どんどん知っていかんとな…。





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