第41話 降伏宣言

 ゼノン・ゼイベルアが倒れたことはペルート国にもすぐに知れ渡り、国の執政者たちに強い衝撃を与えることとなった。

 とくに、俺たちがごく少数でロキアの軍団を壊滅させたという点が大きかったらしく、他の貴族たちも、同じことが自分の領地で起きてもおかしくはないと感じたことであろう。


 そのため、数日もしない内にペルート国王自らがエミリュラへと赴いてきて、停戦を申し出てきたのである。

 御付きの者が十名ほどに加えて、あとは首切り要員の貴族数名、属国となるに当たり差し出される姫君数名といった陣容だ。

 御付きの人たち以外は市長官邸に来ても仕方がないので、馬車で待ってもらうことにする。



 官邸の大広間にて、俺が上座となる位置に座り、ペルート国の国王は立ったまま謁見する格好となった。

 正直この辺のしきたりはどうでもよかったのだが、サラがそうしろとうるさかったので仕方なく従うことにする。


「ペルート国、国王デーブ・シュロウノ・エクタ・ペルートだ。この度、我が国と貴国との間で起こった争い、及び貴国の属国となるメイロン国へと侵略した件について、ここに謝罪を申し上げたい」


 デーブという名前だから、クなんとかと同様に豚のような奴が出てくるかとも思ったのだが、意外と普通だ。

 五十代のシュッとしたおじさんで、顔つきからはそこまで悪い人間ではないように見える。

 むしろ国王としての風格をしっかりと備えた人物と言えよう。


 そのデーブは、権威ある国王という立場でありながら、頭を下げてくるのだった。

 ちゃんとこちらを国と認めて発言してくる辺り、最低限は押さえているようだ。


「回りくどいのはいいよ。こちらの要求は三つだ。ペルート国の従属化、現王権の剥奪、貴族位の一掃、ただし、貴族位に関しては一部で残存させる。これを守ってくれれば誰の命も奪わない」

「貴族位の剥奪までされるのか?」

「うん。貴族の全部が全部悪いとは言わないけど、今後エミリュラとその属国は民主国になる。貴族位はいずれにしても廃止しなきゃいけないから」

「……わかった。こちらに選択権はない」

「じゃあ書面に起こすよ。というより、もうその書面で用意してある」


 エリナがデーブへと書類を手渡す。

 内容をさっと読み、


「この内容で構わない」


 とあっさり承諾してくるのだった。

 そのまま署名をしてもらい、要件のすべてを終える。

 もっとごねるかと思っていたが、意外とすんなり話が進むものだ。


「さて、そしたらペルート国民への説明と後処理はそっちの責任だから任せるよ。何か問題があったら言ってね。可能な限り協力はする。悪さをしたら今度はサリンがあんたの頭の上で弾けるから」

「サリン?」

「砦の兵士たちを虐殺した兵器だ」

「あれか……。あれはどのような兵器なのか、教えてもらっても構わないか?」

「もう知ってるでしょ? ゼノン・ゼイベルアも知ってたんだから」

「すまない、彼は独自の情報網を持っているもので」

「そうなんだ。毒ガスだよ。吸うのはおろか、触れればだいたい死ぬ」

「……そうか。恐ろしいものが扱えるのだな。ところで、この街を少し見学させてもらっても構わないか? ロドの――いや、失礼、エミリュラがどれほど発展しているのかをこの目で見ておきたい。可能であれば、今後我が国の発展につなげられればと思っている」

「構わないよ。そしたら、エリナとミリーはサラのところに行ってもらえる? ライカとリューナは俺についてきて」


 街を歩きながら大きめの施設を紹介していく。

 エミリュラも大きな都市になったものだ。

 今や中心部は三階建ての建物が基本で、鉄筋コンクリートを用いた最新のものだと五階建てのものすら存在する。


 主だった建物の紹介を終え、最後にエミリュラで最も大きい施設となる鉄工所を見せていくことにした。

 巨大な構造物は彼らにとっても圧巻だったのか、十名ほどの連れと共に驚嘆の声をあげている。


「素晴らしいな。エミリュラがこれほどの設備群を備えているとは。……なんでも、アサヒ殿は創造魔法なる特殊技能によってこれらをつくりだしているとか」

「ああ、なかなか骨が折れている」


 おどける俺に対し、デーブはあくまで鷹のような目でこちらを睨みつけており。


「やはりそうか。アサヒ殿はこの国において、政治面でも産業面でも、重要な人物というわけだ」

「そうだね。いいかげん依存度を下げなきゃって思っている」

「つまり、アサヒ殿さえ倒してしまえば、この国の根幹は崩れ去ると。おまけに創造魔法は使える者は他にいないため再構築もできないわけだ」


 含みを持たせたその言葉に、リューナとライカが俺の前へと躍り出る。


「やめよ。おぬしらではアサヒにかなわん。変な気を起こしても死を招くだけぞ」

「そうだ。せっかく拾った命、むざむざ投げ捨てないことだな」


 なんて脅しをリューナたちがかけるも、彼は一切動じない。


「たしかに私では勝てないだろうな。この場にいる全員でかかっても、蜘蛛人や魚人の一人にすら敵わない。だが、だからと言って、はいそうですかと諦められるほど物分かりのいい方ではないのでね」


 連れの者たちが武器を引き抜いていき、臨戦態勢を整えていく。

 すると、この事態を察知していたのか、背後からサラ、エリナ、ミリー、カシュアも武器を手に姿を現わすのだった。


「全員自衛のみでいいよ。強敵が現れたら撤退してね」


 いちおうそんな忠告を飛ばしておく。


「強敵なぞ、人間ごときがわらわに敵う謂れなぞない」

「そうだ。十名程度で勝てると思うなよ」

「おいおいリューナもライカも、相手は人間だぜ。舐めてかからない方がいいよ」


 ここで俺たちに仕掛けてきたということはそれ相応の準備があるのであろう。


「ふっ、よくわかったな。敵わないならば、敵う者を呼び出せばいいだけだ」


 デーブは赤く光り輝く拳大こぶしだいの魔封石を取り出す。


「このタイミングを狙ったのは、俺が大規模な兵器を使えなくすためってわけか。ここじゃあエミリュラの市民や設備に被害が出るかもしれないから兵器類が使いにくいと」

「その通りだ。わざわざこんな村の重要施設にまで招き入れるとは愚行だったな」


 あくまでひりついた視線を飛ばしてくるデーブに対し、俺は儚く笑ってしまうのだった。


「やっぱり人間はすごいよ。勝つために負けを装って、最高のタイミングを掴みに来る。どれだけ相手が強くとも、知恵を絞って工夫をしてくる。本当に強い生き物だ」

「何をわけのわからんことを。貴様はここで打ち倒す。お前は気付いてすらいないだろうから教えておいてやる。お前が二回目に攻撃したザルス砦には、我が子ラーグがいたんだ! 貴様のせいで死んだっ!」


 激しい憎悪にデーブは歯をむき出しにする。


「お前だけは……! お前だけは刺し違えてでも殺してやる! 絶対に許さない! 絶対に! 絶対にッ!」


 長らく見てこなかったその瞳を前に、俺は胸へと手を当ててしまう。


 ――ああ、そうか。

 この人にとって、もう勝ち負けなんてどうでもいいことだったのか。


 そして俺は思う。


 これこそ、人の本質だ、と。


 なので、俺はこの言葉を贈ることにした。


「……そうだ。あんたの子どもを殺したのは俺だ。サリンで死んだってことは、たぶん苦しんで死んだと思うよ。痛くて苦しくて仕方がないはずなのに、体が動かなくなる。そんな状態だったと思う」


 それを聞いたデーブはことさらに怒りを増していく。

 爪が食い込むほどに拳を握りしめ、今すぐに俺を殺してやると言わんばかりの勢いとなり。

 本当は自らの手で俺の首をはねたいであろうに、それでも彼が踏みとどまれているのは、俺を絶対に殺すという覚悟の現れからであろう。


「そして、そのサリンをばら撒いたのは俺だ。エミリュラでサリンをつくれる者はいないし、そんな設備もない。全部俺一人の仕業だよ」

「……ッ! 殺してやるっ! 【サモン】!!!」


 デーブが魔石に魔力を込める。

 すると、魔石は光り輝いたと思ったら散り散りに砕け、代わりに暗雲とした霧が彼の前に出現するのであった。

 晴れていたはずの天気はいつの間にか曇天へと変わり、冷気までもが吹き始めている。


「お前さえ殺してしまえばこの都市が終わりだってことは前々からわかっていたことだ! 絶対に息の根を止めてやる!」


 現れたのは身長が二メートルほどあり、三つの顔に六本の腕を持つ者。

 それぞれの腕には異なる武器が握られており、どれも一級品の業物と見える。


 ゲーム後半に出現するその者の存在を知っていたのか、エミリュラ側のメンバーは後退りしながら額に汗を浮かべていた。


「コイツは俺が相手にするよ。お前らはあっちでデーブ達を相手にしておいて」

「で、でも、アサヒ――」

「二度とは言わない。死にたくなかったらさっさとここから離れろ」


 六人はそのままいそいそとペルート国の者たちと対峙することに。

 俺一人が現れたソイツの前に立ちはだかることとなる。


「はんっ。その異種族どもを盾に使わないんだな」

「盾? デーブさん、あんたよくわかんないこと言うな。市民の盾になって戦うのは俺らの役目だぜ?」

「きれいごとを。お前が死ねばこの都市は終わりだ!」


 魔封石に封印されていたソレへと指示を出す。


「ゆけ! 魔人アシュラ!」

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