第40話 逃亡

 ゼノン・ゼイベルアが鮮血を噴きながら倒れ伏す。


「アサヒ……。どうして……」


 悲し気な瞳を向ける彼女に、優しく微笑む。


「ミリー。このライフルにしたって技術の塊だよ。技術は人を幸せにするためにあるものであって、人を不幸にするものであってはならない」


 エリナから疑問が飛ぶ。


「なぜですか? ゼノン・ゼイベルアは明らかな悪人です。悪人を倒せば人々は幸せになるのではないですか?」

「そうだね。俺もそう思う」

「……では、なぜ?」


 答えようとしない俺の代わりにミリーが答える。



「アサヒだけが背負うことになるじゃない。人の死を」



 エリナまでもが暗い表情となってしまったので、しまったなと思う。


「はぁ……。お前らそんな気にすんな。前にも言ったけど、俺はそれをどうこう思ってないよ。ただお前らに背負ってほしくないだけ」

「ねぇアサヒ。あたしたちも同じ想いだってことを忘れないで。お願いだから」

「……わかった。さっ、脱出するぞ。さっきの爆破時に発色弾も撃っておいたから、リューナもこっちに向かってるはずだ」


 外へ出ると、街中に展開していたと思われる兵士たちが続々と屋敷の方へ集まりつつあった。

 さすがに言い逃れができる状況でもなかったため、構わず戦闘を開始する。

 五月雨に襲いってくる敵を屠っていくと、途中でリューナと合流するのであった。


「アサヒよ、こっちじゃ。ちゃんと抜け道を用意しておる」

「おっ、さすがリューナ。助かる」


 彼女のあとに続いて、門がある方向とは別の場所を目指して街中を進んでいく。


「ここ? 地下道?」

「その通りじゃ。地下水道へと続いておる。そのまま街の外へと出られるぞえ」

「ナイス。よくこんなところ見つけられたね」

「蜘蛛としての本能を辿ったまでよ」

「偉いぞ」


 リューナの頭を撫でて、そのまま全員で街の外へと抜けていのであった。


  *


「ここまでくればもう大丈夫かな?」


 半日ほど逃げ続けて、だいぶエミリュラ側へと近付いたであろうか。

 夜になったためさすがに移動をやめて、野営の準備にかかる。

 湖近くの木々が濃いところをキャンプ地として、夕食を済ませたあと、見張りを除いては休むことにするのだった。


 最初の見張りは俺で、火の番をしながら周囲に警戒を飛ばす。

 キャンプ地の周辺には警笛哨戒線を設置しており、たぶん気付かれずに近づくことは不可能だが、それでも油断をするわけにはいかない。

 しばらくそんな時間が過ぎて、水を汲んでおいた方がいいかもと思ったので湖側に出た時、木の枝が折れる音で瞬時に振り返ってライフルを構える。


「誰だ!」


 そこには月明かりに照らされるミリーが立っているのだった。


「ア、アサヒ。ごめんね、驚かせちゃって。寝付けなくて……」

「ちゃんと休んどいた方がいいぜ? 明日もたぶん徒歩移動だから」

「そ、そっか。そうだね」


 水を汲み終えて、キャンプ地へ戻ろうとしたのだが、


「ね、ねぇ、ちょっと話さない?」


 なんて言葉が彼女からかけられるのだった。


「……少しだけなら」


 少し大きめの石に二人して腰掛けて、綺麗な星空を眺める。

 この世界に来てから何度も見たはずの空であると言うのに、なぜだか俺には、今日のそれが特別なものであるように見えた。


「アサヒ、改めてありがとうね。助けてくれて」

「仲間なんだから当然だって」

「そっか。仲間……ね」


 お礼を言うのはたぶんついでであろう。

 というか昼間にもすでに何度も言って来ていることなので、本題は別のところにある。

 だが、彼女はそれをどう言い出したものかと酷く迷っている様子であったため、素直に星を眺めながら待つことにした。


「アサヒが後悔しているのって、人の死を誰かに背負わせてしまったこと?」


 突然そんなことを。


「……いきなりだな」

「ごめん。あれこれ考えたんだけど、あたしってこういうの真っ向勝負しかできないからさ」

「はは。ミリーらしいな」


 以前彼女と話したとき、ミリーは俺が何かに後悔していることを言い当てている。


「ねえアサヒ。あたし、あなたと一緒に歩きたいよ。あたしにだってそれくらいの覚悟はあるよ? 冒険者やってたんだから、命のやり取りなんて日常茶飯事だわ。アサヒがあたしたちのことを想ってくれるのは嬉しいけど、あたしたちは――あたしは、アサヒが綺麗にした道を後ろから歩いていくんじゃなくて、アサヒと一緒に道を歩みたい」


 切実の瞳で訴えてくる。


「その気持ちは嬉しいけど、俺はそれをしてほしくない」

「どうして? なんでアサヒだけがすべてを背負っていくの? あなたが戦うのはエミリュラのためでしょ? ならそこに住まうすべての人の問題じゃない」

「……前にも言っただろ。技術は人を幸せにするために存在するものなんだ」

「またそれ?! 話逸らさないでよ! わけがわからないわ!」


 怒鳴りつけてくる彼女は俺を想っての言葉だ。


「ねえアサヒ、あたしってそんなに信用ならないかな。ちょっとくらい教えてよ。力になりたいんだよ? 余計なおせっかいかもしれないけど、何とかしてあげたいって思うのは人として普通の事じゃないっ!」


 いつの間にか、ミリーは俺の肩を両手でつかみ、眼前にまで迫っていた。


「……なあミリー、軍隊って何だと思う?」

「いきなりなに?」

「争いが起こったとき、その意思決定者と実行役は必ずしも一致しない。戦争なんかがわかりやすい例だ。戦争を決めるのは有権者や執政官だけど、その実行役は必ず軍隊になる。そして、軍人は人を殺すし、自身の生命を危険に晒す。つまり不幸になってしまう」

「……それが社会としての役割分担なんじゃないの?」

「そうだ。けど、この構造に疑問を持った奴がいたんだよ。そして幸いなことに、この不幸を解消してくれる技術が存在したんだ。まごうことなく、人を幸せにする技術だ」

「……アサヒは兵士だったって言ってたわよね? 兵士が不要になる技術ってこと?」


 思わずため息をついてしまう。


「過去の俺はそれを否定した。俺はそのことをずっと後悔している」


 わざとぼかした言い方をしている俺を敢えてあまり言及してこないのは、内容を知られたくないという意図を彼女が理解しているからであろう。


「……。あたしが力になれることって、ない?」


 ――そう言ってくれるだけで、俺は嬉しいよ。


「さぁ、そろそろキャンプ地に戻ろう。ミリーも休んだ方がいい」


 そのまま歩き出すも、後ろから彼女が小さく抱きついてくる。


「アサヒ。あたし、あんたのこと、好きなんだよ? ホントにそれ、わかってる?」

「……ああ。知ってる」


 涙を流す彼女に、俺はそれ以上の声をかけてやることができないのであった。

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