第39話 突入戦

 ロキアの街はエミリュラから近からずとも遠からずの位置にあり、馬車で一日かけて到着するのであった。

 リューナはこの街では目立ち過ぎるため、一旦街の外で待ってもらうことにする。


「むぅ……なぜじゃ……わらわだけ……」

「すまんな、さすがに蜘蛛人は隠せない。最近、蜘蛛人と言えばロドの――エミリュラの住人ってイメージが定着してきちまってるから、このまま入ると俺らが来たって宣伝するようなもんなんよ」


 他のメンバーならともかく、下半身の蜘蛛部分はだいぶ大きいので隠せない。


「仕方ないの」

「いざってときは発色弾で知らせるから、街に突入して来て」

「発色弾とはなんじゃ?」

「うーん。光る玉かな。空高くに打ちあがるから、たぶん一目でわかると思う」

「わかったのじゃ。ではしばらくこの林で待機じゃな」

「うん。あとサラはその武器だと目立つかな」


 彼女が手に持つ巨大なハンマーを指して言う。


「……これなしで軍の相手ともなると時間がかかります」

「むしろ武器がなくとも軍隊を相手にできることに驚きだわ」


 彼女は渋々ハンマーをリューナに預ける。

 兎人のエリナと魚人のライカはフードをかぶれば外見的特徴はほぼ隠すことができるので問題ない。

 俺とサラも顔が割れているので同じように顔を隠すことにする。


 そのまま四人して門の前に行ってみるも、想像通り検問が敷かれていた。


「どうしましょうか……」

「ライカ、塀って飛び越えられる?」

「余裕だぞ? アサヒ殿を抱えても問題ない」

「マジか。ならピストン輸送かな」

「アサヒ様、わたくしもエリナ様を抱えたまま塀を飛び越えられますよ?」


 サラが平然とそんなことを言ってきた。


「お前の体は一体どうなってんだ」


 とりあえずツッコみだけ入れておいて、門から離れたところで塀を飛び越えて内部へと侵入していく。

 街の中は住人こそ日々の営みを行っているものの、やけに警備兵が多い。

 そもそも、ロキアの街は検問をするよう街ではないし、軍属と思われる人間も多数目撃したため、この都市にゼノン・ゼイベルアがいるという読みは当たっている可能性が高い。


「そしたら、あの丘の上にある屋敷に向かうか。この都市で大貴族様がいるとしたらあそこだろうし」

「いないという可能性は?」

「ありうるけど、それは行ってみればわかるよ」


 直接赴くのではなく、コソコソと隠れながら屋敷に近づき様子を伺う。

 屋敷はニメートルほどの金属フェンスで囲まれており、パッと見ただけでも厳重に警備されている。

 気付かれずに侵入するのは困難で、戦闘は避けられないであろう。


「馬車も人も多いけど、ゼノン・ゼイベルアはいるかな……?」

「アサヒ様、あちらの馬車の紋章はゼイベルア家のものです」

「ナイス。よし、いるものと思って行動しよう。ただ、どうやって侵入したものか……」


 四人で頭を捻るも、妙案は思い浮かばない。


「気付かれないで入るのは無理だろ。正面突破でも私ならば問題ないが?」

「わたくしも素手で全員なぎ倒してみせます」

「お前らはヒグマかなんかか……」


 エリナは戦闘力で言えば一般人と大差ないが、ミリーを助けたいという気持ちは誰にも負けていないであろう。


「でも現状だとその手段しかないな。そしたら、これ着てくれる?」


 人数分のフード付きローブを創造魔法で用意して配っていく。


「顔を隠すための物か? すでにフードは被っているし、正面突破ならば隠す意味はないと思うが」

「いや、これは防具だよ。ほとんどの攻撃は防いでくれると思うけど、過信はしないで」

「防具? これが防具なのか?」

「うん。特殊繊維でできてるからね。まあ通気性とかちょっと悪いけど、そこは我慢して」


 未だにローブをまじまじと観察する三人を横目に今度はサラのハンマーを作り出す。


「あとはサラの武器かな」

「……創れるものなのですね」

「全く同じじゃないからそこは勘弁しろよ。ってか重っ!!」


 俺が両手で持っても引きずるレベルのものをサラは片手でひょういと担ぐのだった。


「よし、エリナを中心に守りながら、俺、サラ、ライカが周りを固める隊列でいく。基本的には俺が敵を排除し、ライカとサラはやってくる矢とか魔法の対処をしてほしいかな」


 前に見せてもらったのだが、さっき渡した防具とは関係なしに二人は素手で矢やら魔法を払うことができるのだ。

 二人ともまったくもって人間離れしている。

 いや、ライカは魚人族なのだが。


「すみません、足を引っ張ってしまって……」

「気にしなくていいよ。エリナは支援魔法に専念してくれるとありがたい」


 そんな風に役割分担を決めて、堂々と屋敷の前に姿を現わす。


「……!? お前たちそこで止まれ! ここは現在――」


 ダァン!


 問答無用で脳天を撃ち抜く。


「なっ!? きさm――」


 ダァン!


 そこから、近い順に目の前へと立ち塞がる奴に引き金を引いていった。

 遠方から一瞬で相手を殺害できるライフル銃を前に、兵士たちはなす術もなく。

 まれに矢玉や魔法が飛んでくるのだが、そちらに関しては手筈通りライカやサラが処理してくれているので問題ない。


「さて、外の敵はあらかた片付いたかな」

「さすがにこの騒ぎですので、こちらの存在に気付かれてはいるでしょうね」

「その方がいいよ。本人がいるんなら登場して欲しいくらいだから」

「いなかったらどうされるのですか?」

「そうだな……、戦争相手国の領地だから気にせず殺して来たけど、さすがに何人か尋問するかなあとは――、【マテリアルクリエイト】」


 創造魔法により、必要なアイテムを創り出していく。


「いろいろ作られるのですね。それにそれは……剣? ですか? アサヒ様は剣が使えないのではなかったですか?」

「うん。これはいざとなったときのためのものだから。それより、全員絶対に俺の指示に従ってね」


 屋敷の外でいろいろと仕掛けをしてから、屋敷の中へと乗り込んでいく。


 玄関口となる大広間はかなり広い作りとなっており、一階の各部屋や二階の階段が一望できる場所となっていた。

 先へ進もうとすると二階から十数名の兵士たちと、恐らくゼノン・ゼイベルアと思われる者が姿を現わす。

 その傍らには腕を拘束されて、剣を突きつけられるミリーがいるのであった。

 ミリーには暴行された形跡があり、体に青あざができている。

 また服装に関しても半裸に近い状態だ。


「アサヒ! 罠よ! 来ちゃダメ!」

「もう遅い」


 ミリーの傍らにいる男がそう合図をすると、大量の兵士たちが扉という扉から飛び出してきて、あっという間にこちらを包囲してきた。

 全員ボウガンを装備しているのは、俺のライフル対策のつもりであろうか。

 それにしても、外の騒ぎを聞きつけてから時間も少なかったであろうに、よくこの策をとれたものだ。


「三人とも、屈んでおいて」


 エリナたちに屈むよう指示を出す。

 そして、男の方へと改めて向き直る。


「へぇ。工夫してくる奴は嫌いじゃないし尊敬もするよ」

「君がアサヒ・テンドウか。まさかこちらに乗り込んでくるとは思っていなかったよ。余計な手間が省けた」

「あんたがゼノン・ゼイベルアか」

「いかにも。我が妻の面倒を今まで見てくれたようで感謝するよ。なかなかお転婆な家内だからな」

「あー、すまんけど返してもらうよ。言葉を選ばずに言うけど、ミリーはお前のこと嫌いみたいだからさ」

「ふっ、貴様はミリーのなんだ? 恋人か何かか?」

「うーん……、なんだろうね。友達? 仲間? そのあたりの表現はちょっと難しい。ただ、少なくとも言えることは――」


 彼女に視線を合わせる。


「俺にとっては守るべき大切な人間だ」


「……。そうか。だが、貴様もさすがにこの数の武器には対処できまい。素直に投降しろ。そうすれば命までは奪わないぞ?」

「あー……。さっきあんたのことリスペクトしたけど、その態度はダメだね」

「態度?」

「自分が勝った気でいることさ。お前はまだまだ大したことがない」

「ふっ、ならばこの状況を切り抜けられるのか? 貴様の武器の特性は理解している一つ目は連射ボウガンに似た貫く武器、二つ目に周囲を爆破させる武器、そして三つ目に毒ガスの類。貴様の仲間がいる以上、貴様は二つ目と三つ目の手が取れない。ともすれば、一つ目の武器だけで全員を同時に排除できるのかな? 人質すらいる現状で、勝ちの目があるようには見えないのだがな」


 見立てはいいけど、詰めが甘いなぁ……。


「お前さ、ミリーに何してんの? めっちゃ青あざできてんじゃん」

「何を言う。彼女は我が妻だ。妻をどうしようと勝手であろう」

「うわぁ……、蛮族の発想だ……。女を物扱いして男尊女卑な上にDV野郎かよ」

「はんっ! 蛮族はそちらであろう。ペルート国民を問答無用で虐殺しているそうではないか!」

「ああ、そこは否定しないよ。ってことはあんたと俺は同類だな」

「はんっ、汚らわしい発想を。もういい、降伏しないのであればここで殺すだけだ」


 そう言って片手を掲げると、兵士たちがボウガンをこちらへ構え直してきた。


「さあ、終わりだ」

「やめて! アサヒを殺さないでっ!」


 腕を振り下ろす直前にミリーの叫び声が広間に響く。

 それを待っていたとばかりに、ゼノンは邪悪な笑みを浮かべるのであった。


「ほぉ、お前は我が妻だ。頼みなら聞いてやらんでもないぞ。服でも脱いで俺の機嫌を取ったらどうだ?」


 そんな風にゼノンが合図すると、ミリーを拘束していた兵士が彼女の片手のみ拘束を解く。


「それ……は……」

「嫌なら殺すだけだ」

「ま、待って! わかったわ」


 ミリーがチラとこちらを見てから諦めた表情となってしまうのを見て、俺は心の中で小さくため息をつく。


「ミリー、そんなことしなくていいよ。そこのクズは俺が念入りに殺処分するから」

「で、でもアサヒ! こんな状況で、あなたはどうやって生き残るのよ! 無数に飛んでくる矢を、あなたが避けられるわけないじゃない……っ!」


 ミリーは俺の身体能力が一般と大差ないことを知っている。


「ちなみに教えておいてやろう。その矢には致死性の毒が塗ってある。かすっただけで死にいたるぞ?」


 ゼノンが勝ち誇った笑みを浮かべながら、わざわざそんな情報まで教えてくれる。


「はぁ……。お前って本当に戦いってもんがわかってないよね。優位な状況にあるんならさっさと殺した方がいいんだよ。お喋りなんてしてないでさ」

「ふっ、言うな。だが貴様とて、そのお喋りに付き合っているではないか」

「いやいや、俺は待ってただけだから。――3、2、1」


 ドガァァァァン!!


 仕掛けておいた時限式爆弾大爆発を起こし、建物が揺れる。

 この大広間が爆発したわけではないが、想定外の事態によって兵士たちにわずかな隙が生まれる。

 そこへ俺は右手に握りしめていたそれを宙へと放った。


 ビカァァン!!!


 太陽がそこに生まれたかと思うレベルの光りと、強烈な音が周囲に響きわたる。


 スタングレネード。

 高出力の光と大音量の音が発されることで聴覚と視覚を一時的に奪う制圧兵装だ。

 これで俺も耳は失ってしまったが、目はちゃんとガードしていたので視界は生きている。

 そして、ずっと屈んで床と睨めっこを続けていたサラたちも同様なわけで。


 三人へと合図して一斉に兵士たちへと攻撃を開始する。

 彼ら何も見えず、何も聞こえない状態であるため、反撃すること敵わず、一方的に攻撃されることとなる。


 ライフルの引き金を何度も引きながら、ミリーの方へと駆けて彼女の確保へ。


「ミリー!!!」


 叫んだってたぶん聞こえないであろうが、思わずそんな声が漏れ出てしまった。

 ミリーも現在敵兵と同じ状態にあるため、自力歩行は不可能だと思っていたのだが、

 なんと彼女は盲目になりながら、こちらへとがむしゃらに駆けてきた。


 スタングレネードのことを話していたわけではないが、瞬時にこれが俺の兵装だと理解したのであろう。

 盲目の彼女を抱き留めて、そのまま広間の中心部へと戻る。


 ローブを彼女にも被せ、ライフルによりとにかく敵の数を減らしていった。

 徐々に兵士たちが回復してきたころには、九割以上の者が戦闘不能となっており、形勢の逆転言うまでもない。


「くそっ! 貴様! なにを……!?」

「スタングレネードっていう制圧兵器だよ。さっ、次はあんたの番だね」

「くっ! 殺せ! 構わん! 全員殺してしまえ!」


 視界もままならない兵士たちが、それでもとボウガンを放ってくるが、このローブを貫くには至らない。

 布の剛性にはじかれるか、あるいは入り方が悪いと打撲をする程度だ。

 ボウガンが有効な攻撃手段とならないのを目の当たりにし、ゼノンも兵士たちも目を見開く。


「なっ! なぜ……だ? なぜ貫けん!?」

「ファイバー強化されたアラミド繊維だよ。まあ、防刃チョッキならぬ防刃ローブってところか。」


 周辺に展開していた兵士たちが一人残らず地に伏し、残りはゼノンとその手勢のみとなる。

 剣こそ手にしてはいるが、それがいかに貧弱な武器であるかは本人たちも分かっていることであろう。

 構わず手勢に鉛玉を放っていく。


「もう終わり? まだ工夫はないの?」


 一人、また一人と彼の手の者が倒されていく。


「もっといろんな工夫を見せてよ。他になんかあるでしょ?」


 全ての者が倒されて、残るはゼノン・ゼイベルアのみ。

 あたふたと周囲に助けを求めるような視線を泳がせながら、小さく後退っている。


「はぁ……。やっぱり、あんたは大したことないね」


 引き金を引こうとした瞬間――、


「待って!」


 ミリーから声がかかった。

 こちらへと重い瞳を向けながら、ライフルに手をかけてくる。


「ミリー……。なに?」

「……私が、やる。私にやらせて」

「でもさ――」

「私の問題なの。お願い、アサヒ。あなたが、やらないで」


 言葉の意味を理解し、俺は彼女へとライフルを渡すか躊躇ってしまう。

 ミリーは憂さ晴らしをしたいわけでも、ましてやゼノンに復讐したいわけでもない。


 まったく、ミリーときたら……。


「ミリーは本当に優しいよな。出会った時から、ずっとそうだ。ありがとう」


 そう述べて、そのまま俺は引き金を引くのだった。

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