第38話 刺客の襲撃

 あれから、二つの砦とクなんとかの屋敷に拡散サリン弾頭を撃ち込むこととなった。

 ペルート軍には現在甚大な被害が出ており、次はこれを首都に撃ち込むぞと書面で脅しをかけたところで先方からの返答待ちだ。

 先方は特段軍事的な動きには出ておらず、状況を見守るばかりで、こちらはいつも通りに過ごしているのであった。


 そんな、ある雨の降る夕方、ミリーは自身の手で立ち上げを行った冷蔵モジュール生産設備のメンテナンスを行っていた。


「ふぅ……だいたいこんな感じかな?」


 弱い雨に打たれる中、作業を終えて一息をつく。

 厚着をしてきているとはいえ、冬の気候で雨に打たれるのは体に堪える。

 最終チェックを終えて、急ぎ足で帰ろうと後ろを振り返ったのだが――、


「……?! 誰!?」


 瞬時に違和感を覚えて、警戒を飛ばす。

 現在工場群に入れる者は限られている上、今日ここへ来ることになっているのはミリーだけである。


 冒険者業で鍛えられたせいか、彼女は人や魔物の気配に対して敏感なのだ。

 ただ、迂闊なことに愛用の短剣を持参してきておらず、代わりとばかりに金属スパナを片手に構えることにする。


 カンッッ!


 左右の二方向から飛んできた矢を目の端にとらえて、片方は躱し、もう片方をスパナで叩き落とす。


「卑怯者! 隠れてないで出てきなさい!」


 すると、ローブ姿の男が陰から現れる。


「さすがはミリー様。テルミカルフ家の御息女なだけはございますね」

「あなた、何者!?」

「すぐにわかりますよ」


 次の瞬間、ミリーの身体がぐらりと揺らいで、膝を折ってしまう。


「なっ……?! なに、がっ……!?」

「左右の矢は囮です。警戒されているあなた様に矢など当たろうはずもございません。ちゃんと死角から本命を放っておりますので」


 気付いたときには遅かった。

 彼女の首元には針のような物が刺さっており、それを力任せに引き抜くも体は言う事をきいてくれない。


「即効性の麻痺毒でございます。この街には滅んでいただきますが、あなた様の婚約者であるゼノン・ゼイベルア様から、あなた様だけは殺さず持ち帰れと言われておりますので」


 体が徐々に地面へと倒れてしまい、意識が遠のいていく。


「くそっ、おま、え……」

「ゼノン様はあなた様が逃げられてからずいぶん機嫌を損ねてしまいまして、私たち従者もずいぶんと手を焼いたものです」

「きさ、ま、あいつの、手の者かっ!」

「はい。結婚式であなた様の食事に強力な媚薬を盛らせてもらった者です。ですが、あなたときたら、それでもゼノン様を拒絶されたらしいですね。あとで私がお叱りを受けてしまったのですよ?」

「そん、なの、知る、か」

「ですが、こうなってしまえばあなた様も籠の中の鳥ですね。これからゼノン様の御機嫌を取っていただけるよう、何卒お願いしますよ」


 邪悪に笑うローブ男の姿を捉えながら、意識を失っていく。


「くっ、アサ……ヒ……」


  *


 市長官邸において、俺は戦後の対応についてサラと協議していたのだが、突然、爆発音が聞こえてきた。

 衝撃波により建物が揺れ、爆破の強さを物語っている。

 ついで俺特製の哨戒線の警報ベル。

 敵の軍勢がエミリュラへと迫っていることを意味している。


「爆発……? 敵ですか? 懲りないですね」


 余裕を見せるサラに対して、俺は小さく笑ってしまった。

 何が起こったのか、今の爆発だけである程度予測がついたからだ。


「アサヒ様? どうされたのですか?」


 くつくつと笑い続ける俺に、サラは疑問の視線を投げ続ける。

 次に部屋へと飛び込んできたのはエリナであった。


「アサヒ様! 大変です! 工場群で爆発がっ!」

「……やっぱり人間はすごいよ」


 深刻な表情となるエリナを視界に入れて、口だけ微笑む。


「に、人間は……? ア、アサヒ様、それよりも! ペルート国の軍勢がこちらへ進行しております!」

「知ってる」


 壊れたように微笑む俺に対して、エリナは助けを求めるようにサラへ視線を送るが、サラは首を振って見せる。


「アサヒ様! ご対応をっ!」

「サラが外交で使った火薬だけから、もう自分たちで火薬を作り出したんだ。その特性も弱点も、ちゃんと理解している。やっぱり人類だけなんだよ。人類だけが、神に選ばれた特別な生き物なんだ。……はは、はははは」

「アサヒ様!」


 エリナがまくし立ててくるため、仕方なく対応することにする。


「そんなに叫ぶなって。別に大した事態じゃないよ。野戦砲で蹴散らす」

「は、はい。しかし、工場の方は……」

「エリナ。彼らはもう黒色火薬を開発しちゃったみたいなんだ。たぶんエミリュラに工作員を潜入させて、それを工場群で爆発させた」

「そ、そんなことが!?」

「内部破壊工作と軍事侵攻の同時展開。おまけに黒色火薬が湿気に弱いことまでちゃんと理解している。雨の降る今日を狙ったのは、こちらの砲火も黒色火薬を使っていると彼らが睨んでいるからだな」

「や、野戦砲は、雨が降っても大丈夫なのでしょうか?」


 今まで戦闘は、晴れの日しか行ったことがない

 彼らにとってこれはミスリードになっているのであろう。


「うん。問題ないよ。薬莢やっきょうがあるからね。そしたら、火事の消火をお願いできる?」

「わ、わかりました!」

「俺は外から来る奴らを出迎えないとね」


 未だ笑い続ける俺を二人は訝し気な瞳で見送ることとなった。


  *


 その後、防衛戦は一方的な戦いとなり、ペルート国軍が早々に撤退することで幕を閉じた。

 工場群はかなり頑強なつくりにしておいたため被害も少なく、彼らの奇襲攻撃は不発で終わったかに見えたのだが――、


 エリナから一通の手紙を見せられ、その考えを改めさせられる。


「アサヒ様、ミリーさんが……」

「これこそが本命か。作戦が何重にも張り巡らされている。さすがだな」

「どうされますか?」

「もちろん助けに行く。わざわざ居場所まで書いてくれているわけだし」

「で、ですが、ミリーさんが囚われているともなれば、出力の大きな火器は使えないのではないですか?」

「うん。それがわかってるから、奴らはわざわざこんなことをしたんだよ。すごいね。的確にこちらの弱点を攻撃してくる」


 そんな風に述べながら、門の方へと歩き始める。


「ちょ、ちょっと待って下さい、アサヒ様、お一人で行かれるのですか!?」

「うん。一人で十分だよ」

「ですが――」


「そのようなわけにはいかん」


 リューナとライカがやってきて、戦う気満々にこちらを見つめてくる。

 サラも自身の武器となる巨大ハンマーをその手に持っており、同行する気だ。


「お前らなぁ……」

「アサヒ様、私たちだってミリーさんのことが心配なんです。どうか同行させて下さい」


 覚悟を決めるメンバーに大きくため息をついてしまう。

 このままだと、這ってでもついてくることであろう。

 ならば、傍に置いておく方が安全か。


「わかった。言っとくけど、戦闘は最低限だからな」

「はいっ!」

「さて、そしたら、ロキアの街に行こっか」

「え? 手紙にはゼイベルア家にミリーさんが囚われているとありますが……」

「嘘だね。彼らが正直なことを言う意味がないし、ミリーが捕まったのは今日だ。どんなに馬を走らせたって、ゼイベルア家の屋敷に行くのに数日はかかる。ゼノン・ゼイベルアはたぶんそこまで待てない男だよ」

「待てない?」

「結婚した夜に拒絶するミリーを襲うような男だぜ?」


 女性陣が顔をしかめていく。


「だからここから比較的近くて、かつゼイベルア家の息のかかったところが一番可能性の高いところになるんよ」


 ペルート国と事を構えるに当たって、この国の内情はサラからかなり細かく聞かされていた。

 それがこんな形で役に立つとは。


「それがロキアの街だというわけですね」

「うん。そしたら行こっか」


  *


 とある屋敷の部屋にて、ミリーは酷い頭痛と吐き気に目を覚ました。

 体を動かそうにも、まだ麻痺毒が残っているため、うまく動かすことができない。

 ほんのりと蝋燭の明かりに照らされる部屋は、自分の部屋とは違う場所だ。

 なぜなら、エミリュラにはすでに電気照明が普及しており、彼女の自室もそうなっているからである。


 手を動かそうとして、初めて自分が拘束されていることに気付く。

 悪趣味のアイツがやりそうなことだ。


 などと思っていたら、部屋の戸が開いた。

 そこから、ミリーが二度と見たくないと思っていた男が顔を覗かせる。

 キザったらしいギラギラとした服に、狐のような顔をした彼はペルート国においてテルミカルフ家と並ぶ大貴族だ。


「これはこれは、我が花嫁。既にお目覚めになっていたか」

「けっ、クズが。どこの世界に花嫁を縄で縛るやろうがいるんだ」

「おやおや、口も縄で縛っといた方がよかったのかな。我が花嫁らしからぬ。実に汚い言葉を使うな」

「あんたの嫁なんてごめんよ! 絶対になってなんかやるものか!」


 ガスッ!!


「ガハッ!」


 みぞおちに拳が埋まり、ミリーの息が止まる。

 横隔膜を痙攣させながら苦痛にまみれる表情となり、

 しかし悶えようにも、四肢を拘束されているため体の自由が利かず、吐き戻しそうになるのを必死に堪える。


「まったく、君は昔から調教しがいのある女だよ」

「……この、クソ、野郎……め……」


 悪態をつく彼女の、女性としての体をゼノンがおもむろに触っていく。


「だが、そんな君だからこそ、調教のしがいがあるというものだ。その蛆虫を見るような目が堕ちていくところをぜひ目の前で見てみたいじゃないか」

「あんた、ゼイベルア家、では、不自然に、メイドが、減るそうじゃない。それどころか、あんたが建てた、孤児院でも、子どもが異様に減るとか、聞くわよ」

「あぁ、その話か。いやぁ、最初は楽しかったんだがね、やっぱり金を出せば楽しめることはダメだよ。すぐに飽きる。金なんて僕にはあり余っているからね。それよりも、金では絶対に手に入らないものを落としてみたい」


 ミリーの頬を掴む。


「その点君はすごくいいよ。テルミカルフ家の御息女というだけで手に入れるのがすごく難しいと言うのに、本人までこんなやんちゃな娘なんだからな。越えなければならないハードルが高いほど、僕は燃えるタイプなんだ」

「知りたくもないわ!」

「そうか。そんな君にいいことを教えておいてやろう。君の父君の事業を失敗させ、追い詰めたのは僕だ。君との結婚権を得るためにね」


 それを聞いて、ミリーの顔が怒りに染まっていく。

 元々、父と母もゼイベルア家との結婚には反対していた。

 だが、両親の苦しむ姿を見て、止むに止まれずミリーはゼイベルア家との婚姻を受け入れたのだ。

 そうすれば資金的な援助が得られることとなっていた。


「いやぁ、結局テルミカルフ家は落ちぶれた。君が僕の元から逃げなければ、少なくとも二流貴族くらいには留まれていたであろうに」

「きさまぁぁ!!!」


 鎖が食い込んでいくのも無視して、目の前の男を何とかしてやりたい気持ちに駆られるも、ガシャガシャと虚しい音が響くばかり。


「さて、次はアサヒ・テンドウだな。あいつのせいでペルート国はいまや滅茶苦茶だ。奴を血祭りにあげて、ロド村を破壊しよう」

「お前!! アサヒに手を出してみなさい! 絶対に許さないんだからっ!!」


 ミリーの姿を見て、ゼノンは何かを察したような表情となる。


「ほぉ、アサヒという奴がよほど気に入っていると見えるな。よし、奴は捕らえることにしよう」

「……っ! やめて!」


 途端にミリーの顔が青ざめていく。


「なるほど、君の弱点はアサヒ・テンドウか。ということは、君のことだ、その男のことが好きなのであろう?」

「……くっ!」


 ゼノンの口元が釣り上がっていく。


「これは良い情報が得られた。このまま無理矢理君を犯してやってもいいと思っていたが、アサヒ・テンドウを待とうではないか。君の目の前で彼を痛めつけて、苦しめて、君から僕の体をせがんでくるのを待つことにしよう」

「こぉのっ!!! 悪魔め!!!」

「はっはっは! 悪魔とは褒め言葉だな! 実に、それが待ち遠しくなってしまった。君も楽しみにしているといい。そうやって怒りを露わにするほどの相手に、体を委ねて鳴き声を上げる日をな!」


 大きく顔を歪めるミリーに対し、ゼノンは大声で笑いながら部屋を後にするのだった。

 残されたミリーは、不安と恐怖で心が押しつぶされそうになってしまうのを必死に堪えながら涙を溜める。


「……アサヒ。助けて……。アサヒ……」


 必死に彼の名を唱えて、自分の心を支えるも、それでも涙が止まることはないのであった。

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