第42話 魔人アシュラ

 魔封石に魔人を封印するというのはミストラルバースオンラインゲームにもなかった仕様だ。

 はじめて見る現象に驚きつつも、やはり奥の手を持っていたなと感心してしまう。


 魔人はミストラルバースオンラインでもゲーム後半に出現する難敵であった。

 中でも魔人アシュラは、魔法能力に加えて肉体性能も非常に高い。


「ふん。勇敢だな、人間ごとき雑魚が一人で戦いを挑んでくるなんて」


 そのアシュラはというと、悠々自適な態度でこちらへと話しかけてくるのであった。


 ダァン!!


 瞬時に俺はライフルを放つも、奴には片手で受け止められてしまう。


「いきなりな挨拶だな。こんな豆粒で我が傷がつくとでも思っているのか?」

「……いや、魔人の外皮骨格が強靭であることはよく知っているよ。っていうか魔人って喋れるんだ。ミストラルバースオンラインだと魔人のNPCっていなかったから、そういうとこ知らないんだ」


 アシュラは三つある顔が合わせて喋るため、声が三つ重なって聞こえてくる。


「喋れないわけないであろう。貴様は我を虫けらか何かとでも思っているのか?」

「うーん、そうだなぁ、人間を危険視してない段階で、あんたはたぶん弱い部類だよ。強さの本質がわかっていない」

「はっはっは! 人間ごときが言うではないか! ならば、我に傷の一つでも負わせられたなら、本気で戦ってやってもいいぞ?」

「ふーん。まあ、努力してみるよ。っていうかお前ってあいつの命令聞くんだ?」

「いや、お前を殺したらあいつも殺すぞ。魔封石から解き放ってくれたことには感謝しているから、いちおうお前を殺害しろという命令くらいは――」


 ダァン!!


 今度は特殊弾頭を放つも、またもやつの手に阻まれてしまった。

 けど、それは想定通りだ。

 弾頭からは液体が飛び出して、奴の周囲を濡らしていく。


「雑魚の癖に卑怯な手立てを用いてくるんだな。会話の隙に攻撃してくるなんて。しかしなんだこれは? 水で我を倒せるとでも思ったのか?」

「水酸化ナトリウム水溶液だよ。失活用だから気にしなくて結構」

「ふんっ、小賢しい真似を。さあ、そろそろ殺しの時間だ。覚悟はできているよな」


 途端に殺意を纏い、アシュラが一歩踏み込んだと思ったら――、



 地面が爆ぜた。



 彼の姿が突如として目の前に。

 六本ある腕の一本に収まる剣がギロチンのごとくせまる。

 巨体から繰り出される刃は、とてもじゃないが受ければ体を両断されてしまうことであろう。

 俺はその攻撃を――


 両腕でガードした。


 鈍い音が響き渡り、踏みとどまることができずに吹っ飛ばされてしまう。

 だが、斬った感触が明らかにおかしかったのであろう。

 アシュラは驚愕に目を見開いている。



「……!? なぜ切れない!?」



 奴の剛撃をまともに受けたというのに、腕を斬り落とされるには至っていない。


「炭素繊維だよ。知らないの? お前が雑魚と呼んだ人類の英知の結晶だけど」


 体を引き起こしながら、説明をしていく。

 黒々とした衣服はとてもじゃないがファッショナブルなものとは言い難い。

 が、機能としては十分。

 これまでは外交席だったためフードをかぶってなかったが、それも被ることで頭部も守っておく。


「くっ! 小癪な真似をっ!」


 再び踏み込んで槍を突き出すも、この衣類を貫くことはできない。

 俺はひたすらに防御と逃走に徹して、奴が繰り出してくる攻撃をすべてガードしていく。

 十数撃放ってようやく理解したのであろう。

 これでは埒が明かない、と。


「ふっ、硬さには自信があるようだな。ならばこれでどうだ! 【ファイヤーランス】!!」


 無数の炎槍が創り出され五月雨にこちらを襲って来るが、気にするまでもないことだ。


「炭素繊維も所詮は炭素だ。燃えれば二酸化炭素になる。でも、表面処理と微細加工で燃えない工夫はいくらでもできる」


 効果がないことを確認し次なる手。


「しぶとい虫のようなやつめっ! 【ライトニングブラスト】!」


 走り込みながら雷弾を何発も飛ばしてくるが、これも効果なし。


「炭素繊維が社会実装された初期のころは飛行機とか風力発電に使われてたんだ。だから天候による雷対策は必須だったんだよ。歴史の勉強不足だね」

「講釈垂れるとは余裕だな! そちらとて攻撃できていないではないかっ! 【フリーズブレス】」


 冷凍ビームが俺に直撃するも、こちらも効果なし。


「もう攻撃する必要性がないからね」

「はんっ! 戯言をっ! ならば次は防御の薄い箇所を狙うまでだ」


 顔の部分だけはどうしても露出しているため、この服で守ることはできない。


「だよね。、だけど。【マテリアルクリエイト】」


 新たに創造魔法でを創り出し、全身を覆うように被る。

 すると俺の姿が――



 搔き消えた。



「なっ! 消えた!?」

「メタマテリアル。物が見えるのは光が散乱するからだ。屈折率ゼロの物質を前に光は侵入できない。これもお前が雑魚と呼ぶ人類が作ったものなんだけどなぁ」

「くそっ!!」


 音を頼りにこちらへと武器を振るって来るも、当たることはなく。

 虚空を切り裂く虚しい音だけがあたりへと響き渡る。


「出てこい! この臆病者め!」


 ダァン!


 透明マントの隙間からライフルを放ってはすぐに移動する。

 当然やつをライフル弾で傷をつけることはできないが、これは嫌がらせに過ぎない。


「意味のないことっ! 時間稼ぎか!? ならばあちらにいる蜘蛛人どもを始末するまでだ!」

「なーんだ。雑魚呼ばわりしてくるから、魔人がどれだけ強いのかと思ったら、俺に傷一つ負わせられないんだ」


 アシュラの額に血管が浮かび上がり、声の聞こえた方に激しく武器を振り回してくる。


「小賢しい! 【ヴォルカニック――」


 魔素が一気に収束する。


「――エクスプロージョン】!!」


 周囲を巻き込む広範囲に大爆発を引き起こして、地形ごと破砕していった。


 メタマテリアルは透明にこそしてくれるものの、耐火性があるわけではない。

 すかさずマントを剥がして耐火シートにくるまっていく。

 さすが魔人、魔法力が高い。


 アシュラはそのまま俺へと突貫し、六本の腕で猛攻を加えてきた。

 炭素繊維の衣服でギリギリの防御を行いながら、後退を繰り返していく。

 ちゃんとこちらの対応を学習したのか、大振りによる吹っ飛ばしをしないようにも留意している。


「おらどうしたっ! 防戦一方じゃないかっ! さっきまでの威勢はどこへいった!」


 いくら斬撃が効かないとはいえ、棒で普通に殴られまくっているのと同じ状況だ。

 俺の体には打撲傷が指数的に増えていく。


「仕方ないね」


 ダメージ覚悟でそのまま奴の懐へと突っ込み、粘土状のそれをアシュラへと押し付ける。


「はんっ、また玩具おもちゃか?」

「うん。痛いと思うよ。【マテリアルクリエイト】」


 分厚い鉛シールドを創り出してその後ろに隠れる。

 すると、



 ドガァァァン!!



 大爆発が二人の間で起こって、土煙に包まれることとなった。

 さすがにこちらも無傷では済まず、体の節々が痛み出す。

 対する奴は、大けがこそ負っていないものの、多少は出血しているようだ。


 その足取りに、わずかな不自然さがあることに気付く。


「ふんっ、確かに、少々痛かった。やるな。人間で俺に傷を負わせられたのはお前が初めてだ。だが――」


 彼が意識を集中させたと思ったら、その傷は回復していく。


「――もう治った。お前はどうだ? その黒い服でよく見えないが、中はボロボロなんじゃないのか? 斬撃が通らないからといって、打撃までなかったことにできるわけではなかろう」

「うん。だいぶ痛い」

「強がるな。俺に傷を負わせられたんだから、約束通り本気で戦ってやる。なに、すぐ楽になれるさ」

「まだ勝った気でいるんだ。もう自分が死んでいるとも知らないで」

「何を言っている、まだ俺は――」


 その瞬間、奴はぐらりと体が傾き、そのまま膝を地についてしまう。

 何が起こったのか、自分でもわかっていないようで、目をぱちくりとさせていた。


「な、なに……が……っ!?」

「いやぁ、さすが魔人。身体能力が高いね。効き目が出るのにずいぶん時間がかかった。生命力も高いから、死ぬのに時間がかかりそうだ」

「き、貴様……、何を‥…っ!?」


 手をグーパーさせようとしているのに、体のコントロールが効かなくなってきているのであろう。

 膝をついた状態から立ち上がることができずにいる。


「でも所詮、速くて硬いだけの生き物だよ。攻撃手段が手に持つ武器だなんて、野生のサルと大差ない。ああ、魔法が使えるからサルよりは少し厄介か」


 アシュラのところにまで行って、諭すように教えていく。


「き、貴様っ! 何をしたっ!?」

「人類より身体性能の高い生き物なんていっぱいいるよ。けど『強い』ってのはそういうことじゃないんだ」


 未だに状況を飲み込めずにいる彼は必死に武器を振るおうとしているが、腕がもう動いていない。


「歴史を以って相手を制し、失敗を重ねて最適解を導く。人類はそうやってずーっと殺しを積み重ねて来てんだ。お前とは違う」


 アシュラは泡を吹きながら、痙攣を始めてしまう。

 砦攻略の際に見た者と同じだ。

 所詮は生物。

 魔人の生物学的な構造が人間と似通っていることはミストラルバースオンラインの設定資料で知っている。

 神経機能を失っていくアシュラは、なおもこちらに攻撃しようともがいていた。


「やっぱVXは強いね。サリンを超えるだけのことはあるよ」


 初弾で彼に放ったのは神経毒VXが込められた弾だ。

 これにより、奴はVXを大量に摂取することとなった。

 ついで水酸化ナトリウム水溶液によってこれを中和。

 VXは残存性が比較的高いため、汚染された大地を放置しておくと仲間たちにまで被害が及ぶ。

 人間ならVXなんて浴びれば即死だろうが、魔人は身体能力がずいぶん高かったようだ。


「きさ、ま、くぉの、われ、は……」

「まあ、VXが効かなかったら別のを試しただけだけどね。手立てなんていくらでもある」


 そもそも、コイツは戦い方に対する態度がまずダメだ。


「傷を負わせれば本気を出す、だっけ? 本当に弱い奴のセリフだよね。人類はいつでも殺しに本気だった。手を抜くことなんて一切なかったよ」


 下等生物でも見るかのようにアシュラに軽蔑の視線を送り出す。


「だから『命は尊いもので、死が悲しいもの』だと認識してるんだ。これは他者を傷つけないための教訓でありながら、命を奪う事への覚悟に対する教訓でもある」


 ただただもがき続ける彼の余命はずいぶんと短く見える。


「対して、お前は死を他愛もないことだと思っている。だから戦いに本気になれない。本気じゃないから積み重なるものもない。お前じゃ人類には絶対に敵わないよ。ほら、ちょっと教えてやる。俺のこと見て見な」


 フードは脱がないまま、大きく損壊してしまった首元の状態を彼へと見せつける。

 すると、アシュラは驚愕に目を見開くのだった。


「なん……!!!???? なんだ!? お前のそれは!!?」

「人類の英知の結晶、ちょっとは理解できたか? あの世で反省でもするんだな」


 そのまま息を引き取っていく彼を見届けながら、俺は念のためと、水酸化ナトリウム水溶液を創造魔法で創り出して、彼へと撒いていくのだった。

 VXは極微量でも強毒性を発揮していくため、万が一にも残すわけにはいかない。


 リューナたちの方へ視線を向けると、そちらはすでに終わっていたようだ。

 デーブ達との戦闘で生じた返り血のつく彼女らが遠巻きにこちらを眺めている。


 場合によっては参戦でもするつもりだったのであろうか。

 俺の勝利を理解して、安堵の息と共にこちらへ笑いかけてくるのだった


 俺は周囲に水酸化ナトリウム水溶液をばら撒いてから、終わったとばかりに手を振って、皆の元へと歩んでいく。


「いやぁ、やっぱり企んでたね。予想通りだ」

「あんた、わかってたの?」


 とミリーが呆れ口調で聞いてくる。


「うん。生き残るつもりで交渉に来たんなら、もっとごねてくるだろうし、違う交渉もしてきただろうさ」

「……わかってて先手は打たないのね」


 今度はサラが問いかけてくる。


「アサヒ様、魔人を倒されたのですね。何をされたのですか?」

「VXを使っただけだよ」

「VX……でございますか? それを用いれば悪魔も倒せるのではないですか?」

「いや、悪魔は無理だと思う」


 魔人と違って、悪魔が生物学的にどういった構造をしているかは不明瞭だ。

 とくに、悪魔はすべての状態異常を無効化する能力が備わっていた。

 VXが効かない可能性も十分にありうる。


「すまんね。もう少し時間をくれ」

「……そうですか。わかりました」

「さて。みんなお疲れさん。被害が出てないみたいで何よりだ」

「そうではございますが、これでペルート国とは再び戦争となります。代表の者が和平交渉中に死亡してしまいましたので」

「間違いなくこちらが暗殺したってペルート国民にはとらえられるだろうなぁ。いや、やっぱデーブさんすごいよ。玉砕覚悟でこちらに最大限のダメージを与えて来ようとしてるもん」

「ですが、幸い軍事力はこちらが圧倒体優位にございます。問題にはならないかと思われますが」

「そうだね。そしたら、ちゃっちゃと終わらせちゃおっか」


 フードを深く被ったまま、俺はその場を去っていくのだった。

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