第35話 宣戦布告

 周辺国が俺らに従属して数日が経ったある日、重要な事項を決める必要があるとのことで、俺は呼び出しを受けて市長官邸の大部屋へと赴くと、ミリーやエリナをはじめとする、この都市における重要人物が多数揃っていた。


 今にして思うと、なぜこうも女性ばかりなのであろうか。

 女尊男卑を疑いたくなるレベルだ。

 そのため、俺の足は自然とアルスの方へ向いてしまうわけで。


「お、おいアサヒ、お前はあそこの上座に座った方がいいんじゃないのか? というかお前って結構すごいやつだったんだな。見直したぜ」

「いや、俺アルスの傍がいい。もうアルスなしじゃやってけないよ……」

「お前……。こっち系だったのか?」


 アルスがゲイのポーズを取って来る。

 すると周囲にいる何名かから悲鳴に近い驚愕の声が聞こえてくるのだった。


「ちげぇわ。単に女性比率が高すぎて居場所が少ないなって思っただけだよ」


 そう述べて、仕方はなしに自分が座るべき場所へと行く。


「えーっと……、で? 今日は何の会なんだっけ?」


 代表してエリナが話してくれるようだ。


「アサヒ様、このロド村もずいぶんと大きくなりました。元は私たち少数の兎人が治める小さな村でしたが、今やセルムの街を超える巨大都市にまで発展を遂げております。元々、ロドとは古代語で『はじっこの』とか『隅の方』といった意味を持つ言葉でして、ペルート国にルーツを持ちます。ですが、この都市はもはや新たな国家としての力を持つまでに至りました。ですので、都市の名前を変えるべきかと思い、本日の会を設けてます」

「あー、そういうのね。俺興味ないからいいよ、エリナが決めちゃって」


 面倒くさ気に答えるとエリナが嬉しそうに微笑んでくる。


「よ、よろしいのですかっ!? でしたら、一番妥当なところですと、アサヒ国とかが――」

「あ、待って、やっぱ俺が決めたいわ」


 危ない危ない。

 危うく後世に残る黒歴史を残してしまうところだった。

 名前が国名とかどんな羞恥プレイだ。


「えーっと、なんか無難な名前の候補をみんなに挙げてもらいたいんだけど、ない? あ、俺の名前に由来する何かを含めるのは禁止ね」


 えぇ……、という顔をする何名かを無視し、しばらくの議論の末、国名はエミリュラとなった。

 逆に俺からじゃなくてお前らの名前から国名を出せと言ったところ、この村に最初のころからいるエリナ、ミリー、リューナ、ライカのそれぞれの頭文字を取った形だ。

 どうだお前ら恥ずかしいだろ、と思ったのだが、四人とも誇らしげにしている始末であった。


「今は俺に執政の権力を統合する王政に近い国家形態になってるけど、基礎教養が普及されたら、民主主義に移行するから」


 俺はそもそも政治家気質ではない。

 科学を推し進めるためにやむを得ず市長をやってはいるが、たぶん政治能力で言うとサラとかの方が圧倒的に高いであろう。


「民主主義、ですか?」

「そう。自分たちが自分たちの生活を決めるって国家形態ね。んまっ、情報化社会になると民主主義のマイナス面が見えまくっちゃったんだけど、俺はそうならないような状態を目指すつもり」

「民主主義なんてうまくいくの?」


 ミリーから疑問が飛んでくる。

 さすがは元貴族。

 民主主義をちゃんと理解しているようだ。


「うーん、まあ何とも言えないかな。民主主義も良し悪しがあるからね。国がデカくなりすぎると国民はそんな細部まで見れなくなるし、情報のステルス統制を行っていく方向にもなる」

「ならダメじゃない」

「まあね。けど、代替手段がないからとりあえずは民主主義にするよ。それに、俺はそれがわかっるから、ちゃんとそういうシステムのバグを制御する方法だって分かっている」

「……ふーん。まっ、あんたに任せるわ。この国をここまでに成長させたのはあんただし」


 話に一区切りがついたところで再びエリナから声がかかる。


「それでアサヒ様、もう一つ、この場でどうしても、確認しておきたいことがあるのですが」


 ……なんだろう。

 エリナが言いも知れぬ雰囲気を漂わせている。


「えっと、なに?」

「先日の周辺国従属に際しまして、側室を多く娶られたとか?」

「あ、ああ、あれね。もう嫌になっち――」

「わ・た・し が、正室で間違いございませんよね?」


 ……。

 あー……、やばい。

 これ面倒くさい話だ。


「え、えっと、エリナ、あのね――」

「ちょっと待ってよ! それってただの形式上の話でしょ?!」


 ミリーが抗議の声をあげる。


「ミリーさんは黙っていてください。これは私とアサヒ様の関係の話です。ちゃんとこの契約書にも、①アサヒ様は村を魔物から防衛する、②ロド村は私をアサヒ様への嫁として差し出す、と明記してあります!」


 最初期にロド村を防衛したときの契約書だ。


「だったらアサヒは契約を履行しなくても構わないわね! 差し出されたものを拒否することだって当然できるんだからっ!」

「で、ではアサヒ様は法的にこの村の村長ではなくなります!」

「そうよ。さっき言ってたじゃない。これからエミリュラは民主国になるんだもの。村長なんて設けなくてもいいじゃない。……というか、それで焦ってこの話題を出したんじゃないの?」


 エリナが図星をつかれたとばかりに大きく顔を歪ませる。


「そ、それは……、と、とにかくっ! アサヒ様と最初に婚姻したのは私なんですっ! 第一、ミリーさんはアサヒ様と結婚すらしていないただの知り合いじゃないですか!? そんな分際で大きい顔をしないでくださいっ!」

「ぶ、分際!? か、関係ないわよっ! 毎回法律を盾に当人の気持ちなんて一切考えてない女々しい女のくせにっ!」

「め、女々しいですって……っ!?」

「アサヒは絶対渡さないんだからっ! 婚姻済みとかそうじゃないとか関係ないのっ!」


 次はなんの施設をつくろうかなぁ。

 帰りたいなぁ。


「既婚が関係ないのであれば、わたくしもアサヒ様への正妻として名乗りをあげたいのですが」

「あーん、お姉さんもそれやってみたいぃ~」

「わらわもアサヒの子種が欲しいの」


 ここへサラとセイラとリューナがミリー側へと参戦。

 というかセイラのは明らかに悪ふざけだ。


「ちょ、ちょっと、あたしも婚姻してるんだからねっ!」

「私もアサヒ殿とは婚姻している」


 当然カシュアやライカも既婚組としてエリナ側へと立ち、既婚組と未婚組の対決構造ができあがっていく。

 まるで天下分け目の関ケ原のようだ


「み、みんな少し落ち着いてくれ! ここは一つ、俺の顔を立てて――」

「あんたは黙ってなさい!!」


 アルスが真面目に仲裁をしようとするも、ミリーの一言で黙らされてしまう。


 ああ、アルスいい奴だなぁ。

 みんなは私利私欲のことしか考えてないのに、唯一この場で皆の気持ちを考えようとしている。

 やっぱこういう時の女はダメだな。

 男と一緒にいるべきだ。


 そう思った俺は大急ぎでアルスの傍へと逃げる。

 そして一言、


「アルス! 俺やっぱ男が好きだわ!」

「え゛!!?」


「「「「「「「「「「んなっ」」」」」」」」」」


 その後俺は、アルスに目を覚ませとはたかれることとなった。

 なんでだ。


  *


 エミリュラ国の正式な独立宣言と周辺諸国の属国化を発表してから二か月が過ぎた。

 季節は冬、雪の降る寒い季節となったのだが、エミリュラは今日も大いに賑わいを見せている。


 無限魔素ポイントでは電力が無尽蔵に湧き出てくるため、この国では電気が格安となっている。

 加えて、暖房技術の普及により市民たちは冬でも暖を得ることができるのであった。

 ちなみに、暖房技術は冷蔵技術の逆機構となるため、そちらも量産を開始している。


 暖房技術が最も光ったのは農業だ。

 電力がタダ同然ともなれば、元の世界と違ってビニールハウス栽培は非常に事業性の高い産業となる。

 暖房により季節違いの作物を育て、冷蔵により長距離輸送を行って作物を販売する。

 金がエミリュラへと集まるのは必然と言えよう。


 そんな順風満帆な国家運営を行っていた俺らに、良くない知らせが舞い込んだのは、くらぼったい雪雲が空を覆いつくす日のことであった。


「アサヒ様、大変ですっ! ペルート国がメイロン国に宣戦布告し、そのまま領土侵犯して交易都市リペルガを攻撃しております!」

「遂に来たか」


 やっぱり周辺国から攻撃したか。

 まあ、エミリュラは彼らにとって攻略不可能だろうからな。


「救援に向かわれますか?」

「いや、今から行ってもたぶん間に合わないと思う。だからリペルガにはいかない」


 都市防衛と都市攻略では難度が大幅に変わってくる。

 人質もとられるだろうし、ある程度は覚悟を決めなければならない。


「属国を見捨てられるのですか?」

「いんや、こうなったらもう仕方ないね。ペルート国と戦争をしよう」

「そう、ですか……。ついにですね……」

「って言っても、お前らは普通に今まで通り過ごしてくれればいいんだけどね」

「そうなのですか? 戦争と言えば、食料の徴収とか、緊急の土木建設とかがあるイメージですが」

「おいおい、エミリュラには警備隊こそいるけど、軍事力はほぼ俺一人が担ってんだぜ? 食料なんて一人分ありゃ十分だよ」

「ですよね。何となく、そこは心配してませんでした。ですが、アサヒ様がお一人で戦うのは本当に大丈夫なのですか?」


 不安気な表情でエリナがこちらを上目遣いに見てくる。


「大丈夫だよ。万が一にも負けることなんてないって」

「で、ですが! この国は今、政治的にも産業的にも軍事的にもアサヒ様頼りとなっております。あなた様に万が一のことがあったら、エミリュラは総崩れを起こしてしまいますよ? それがわかってて、相手も暗殺者の類を頻繁にけしかけてくるわけじゃないですか」


 それはたしかに都市運営上、健全ではないと思っていたところだ。

 しかし、今は足りていないことが多すぎるので、しばらくはそうならざるをえない。

 また、暗殺者もすべて返り討ちにしているので、問題にはなっていない


「そうだね。この状況はその内改善していかなきゃいけない」


 彼女の問いかけへと答えようとしない俺にエリナはこちらの裾を掴んでくる。


「アサヒ様、私は本当に心配しているんですよ?」


 なんて言ってきたので、彼女の頭を優しく撫でる。


「わかってる。すまんね。心配かけて。でも、大丈夫だよ。今まで俺が負けたことはなかっただろ?」

「それは……そうですが……」

「安心しろ。敵を全部倒してくるよ」


 腑に落ちない顔となるエリナの瞳は潤んだままだ。


「それに、これから起こるのは戦争じゃないから」

「戦争じゃ……ない?」

「政治的目的を達成したいって意味では戦争だけど、戦いの様相は戦争にならないだろうから」


 歩みを進めながら、小さくこぼす。


「ただひたすらに相手を殺す――虐殺の、はじまりだよ」


 小さく俯きながら独り言のように。

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