第34話 外交をしよう!

 最近ロド村は都市国家ロドへと昇格し、非常に勢いのある都市となった。

 新たに建設された市長官邸は大理石をふんだんに用いた豪華なつくりとなっており、急拡大している都市の行政を担うこととなっている。


 その市長官邸を見分していたところ、どこからともなく現れたサラがこちらへと質問を飛ばしてくるのだった。


「アサヒ様、悪魔討伐への進捗はいかがでしょうか?」


 清らかな修道服とともに、今日も美しいオーラをまとっている。


「うーん、進捗率1%ってところかな」

「1%……、でございますか……。進捗率を偽っておられませんか?」

「いやいや、だいぶ正確だと思うよ」


 品定めをするような視線でサラはこちらを眺めてくる。


「……なぜ進捗率が低いのですか?」

「悪魔の強さは単純な身体能力の高さだからね。ダメージを与えられる砲火は手に入っているけど、さすがに一発じゃ倒せないと思う。そうすると、奴の素早さについて行くための手立てがない」

「素早さはどのようにして手に入れるおつもりですか?」

「秘密。でも何が必要かだけ言っておくと高性能な半導体かな」

「その半導体、というのはどういったものなのでしょうか? わたくしが何かお力になれることはございませんか?」

「答える前に、先に聞いておきたいんだけど、サラってなんで悪魔をそんな急いで倒したいの?」


 ミストラルバースオンラインにおいても、彼女に関する背景の説明はなかった。

 悪魔討伐のクエを完了すると、サラはクレイグラス学園の学長を辞めてしまい、二度と会うことができないのである。


「神敵だからです」

「……神敵ねぇ。悪魔を倒すのは通常天使の仕事だろ? サラって修道服着てるくらいなんだから、神様に祈って天使とか呼ぶことできないの?」


 実際ゲームでも神官職の上位魔法に『天使召喚』というものが存在し、悪魔種への対抗手段となっていた。


「アサヒ様相手ですので、胸襟を開いて話させて頂きますが、この世に神など存在致しませんよ。天使は存在致しますが、結局のところ異種族たちと変わらないです。生物的に強いというだけで、何でもできるというわけではありません」


 そんな風に言ってきたものだから、サラに対して少しだけ興味がわく。


「へぇ。修道女が神様を否定しちゃうんだ」

「神が存在していれば、この世がこんなにも苦しく悲しいものではなかったかと思われます」

「実に現実的で俺好みの考え方だな。でもそんなこと言っていいの? 俺が言いふらすかもよ?」

「アサヒ様はそういったことを絶対に致しません」

「……褒められてるのかねぇ。まっ、いいけど」


 結局俺の質問に答えてないなぁと思いながら、彼女の質問へ答えることにする。


「サラにできることはこの都市の人口増加と学生増加に寄与してくれることぐらいかな。今はとにかくすべてが足りないから、マンパワーが必要なんよ」

「ではわたくしを外交官に据えて下さい。現在、本都市と周辺国との関係は非常に悪い状態にございます。これらの関係を改善し、人口流入を加速できるよう努めて参ります」

「いやいや、俺ら周辺国に経済戦争仕掛けてるんだよ? 関係改善なんて無理っしょ?」

「やりようなんていくらでもありますよ。国は多くの人間で運営されておりますし、国家間の関係ともなれば多くの思惑が絡むことになります。付け入る隙など無限にございますよ」

「ふーん。まあ、そんなら頼むよ」


 どうせ周辺都市や国との関係がこれ以上下がることはない。

 サラが何か問題を起こしたところで特段気にすることでもないであろう。

 それに、サラはこれまでの会話から、非常に頭の切れるタイプと見える。

 本人もこう言っているし、意外と成功を収めて来るかもしれない。


「必要な事項や予算は後程報告に上がります。それと、あなた様が作られている製品の一部を頂きたいのですが」


 ちゃっかり予算があるものだという話になっているあたり、サラらしい。

 特段問題はないが。


「言っとくけど、製造技術だの販売権利だのは他国にあげないよ?」

「いえ、製品さえあれば対話は可能です」

「そう。なら好きなの持ってくといいよ。必要なら人もつけるから」

「それと……、これは許可いただけるのでしたらで構いませんが、アサヒ様が使われている武器の機構や、あるいは簡単なデモを行えるものをいただきたいです」

「……なんで?」

「あなた様の武器は明らかにこれまで人間が用いてきたものと異なります。こちらの脅威性を理解してもらうためにも、ある程度の説明をした方が、相手はこちらになびきやすいというものです」


 ……ふーん、なるほどねぇ。


「わかった。火薬を渡しておくよ。取り扱い上の注意も伝えておく」

「火薬だけで相手に武器を模倣される危険性はございませんか?」

「間違いなく無理だから心配しなくていいよ」


 戦国時代に作られた、いわゆるマスケット銃(火縄銃)はライフリングも雷管もないため、射程、命中率、連射力のいずれにおいても非常に脆弱なものであった。

 用いられたところで脅威にすらならない。


「それとこれ――」


 創造魔法でハンドガンと弾を創り出して彼女に手渡す。


「サラはたぶん強い方だと思うから必要ないかもしれないけど、万が一の時は使って。使い方は後で教える。護身用兼火薬のデモとして使うといいよ」

「……よろしいのですか? わたくしにあなた様の武器を預けるなど」

「うん。サラのことは信用してるから」


 そんなやり取りをして、数日の準備の後、彼女は各国へと出立するのであった。



 ~三か月後~



 市長官邸の一番大きな会議室にて、わざわざ上座のような場所をつくり、俺はそこへ座るように言われた。

 何をするのかと思っていたら、サラは何名かの豪華な格好をした人たちを引き連れて来て、そいつらを俺の前にひざまずかせてくるのだった。


「……えーっと、これは?」


 こちとら、なよなよしたパジャマのような恰好だ。


「この度、都市国家ロドに従属を表明してきた国家あるいは部族でございます。右から人間種のメイロン国、セノ国、ラクリア国の代表。そして、岩人種、猫人種、植物人種の代表たちでございます」


 サラがそう述べると代表たちが恭しくこちらにこうべを垂れてきた。


「はぁ!!? いや、関係改善に務めるって話じゃなかったっけ?! なんで従属なんて話になってんの!」

「従属であればわざわざ本都市に人員を流入させる必要もなく、人口と領土を拡大させることができます」


 えぇ……。

 話が飛び過ぎだろ。


「いや、たしかにそうかもしれないけど」

「ペルート国との戦況は周辺国にも知れ渡っており、ロドが無類の軍事力を持つ都市であることは明白です。ゆえに、彼らからすれば従属は最も魅力的な選択肢となるわけです。それに、従属国であれば彼らの労働分配やインフラ、教養に関する部分にもアサヒ様が手を出せるようになります。アサヒ様がやろうとしていることに対して、最も有効だと思われますよ」


 うーん……。

 たしかに、周辺国までもをロド村と同じように発展させていけば、文明は飛躍的に向上する。

 問題があるとすれば――、


「反発国に関しては?」

「そちらは別の席にてご相談させて頂ければと存じます」


 他国の代表がいる場で話すべきことではないと。


「さいで。まあいいけど」


 そのあと、各代表たちが挨拶をしていって、従属に関する取り決めへ調印していくこととなった。

 話がとんとん拍子過ぎる。


「それでアサヒ様、従属に際しまして、相手国から献上品がございます」

「なに? 物にはあんまり困ってないんだけど」

「いえいえ、従属の証となる献上品など、決まっております」


 サラがそう述べると、部屋の扉が開かれて、国の数だけドレスで着飾った年頃の少女たちが入場してくるのだった。


「各代表たちの娘であり、あなた様の側室となられる御方でございます。あえて各代表たちの前で口にしますが、彼らの従属の証となる『人質』でございます」

「はぁ!?」


 そく、しつ……!!? ひとじち?!


「はい。どの姫も非常に美しい方々ですよ。羨ましい限りです」

「いやいや、望んでねぇわ! なんじゃそりゃ!」


 というか、他の種族はまだわかるが、岩人の美人とか言われてもわかんねぇわ!

 顔も岩じゃねぇか!


 こちらが見つめていたせいか、岩人の少女? は恥ずかしがるようなポーズを取っている。

 ってかお前の同族をピカクエのときに殺しまくってんだぞ。

 それでいいのか。


「従属の証に、相手国の娘を人質として娶るのはよくある話でございますよ」

「それは知ってるけど、だからって……」

「ロドは現在代表に近しい男性がアサヒ様しかいらっしゃいません。他の者に側室をあてがうことが不可能であるため、アサヒ様の側室となられるより他に選択肢がございません」

「いやいや、息子を婿入りさせるパターンはねぇのかよ。男尊女卑社会じゃねぇか」


 とりあえず、この場で拒否するわけにも行かなかったので、いったんこの会はお開きにすることとした。

 部屋にサラだけを残して他の者は退出させる。


「まさか従属国を引き連れて来るとは思ってなかったよ。国境線の形が超複雑になるんだけど」

「間にあるのはペルート国とレスト国、学園都市クレイグラス、それに細々とした異種族の部族たちです。これらを手中に収めれば、特段問題はございません」

「ペルート国は無理だろ。めっちゃこっちと敵対してんのに」


 クなんとかやボウなんとかはペルート国の所属だ。

 そもそもロド村も元々はペルート国の領土であり、そこから無断で独立した形となっている。


「そうですね。実はレスト国はあと少しで話がまとまりそうです。クレイグラスはわたくしが掌握している地であるため、後回しにしておりました」

「おいおい、そうなるとペルート国を武力征服するしか手立てがないじゃん」


 宣戦布告があったわけではないが、ペルート国と俺らは現在戦争状態となっている。

 周辺国を属国にしたと知れれば、ペルート国はロド以外のところにも軍を差し向けてくるであろう。

 この都市の防備はほぼ完璧だが、距離的に離れた従属国を防衛するのは困難であり、すると、宗主国としての責務を果たすために、ロドがペルート国へと攻め込む必要性が出てくる。


「では、そうされてはいかがですか?」

「あのなぁ……」


 首をかしげる彼女にため息をついてしまう。


「こうならないために経済戦争で事を終わらせようとしてたのに」

「時間がかかります」

「戦争で死ぬのは関係のない兵士たちだろ。俺が排除したいのはろくでもない領主や貴族だけなんよ」

「できれば手早く悪魔を討伐していただきたく……」


 コイツにとって兵士が死ぬのはどうでもいいことらしい。

 お前修道女じゃねぇのかよ……。


「では、こういうのでいかがでしょうか。ペルート国で文句を言ってくる領主やら貴族やらをわたくしが始末してくるというのは」

「お前は暗殺者かなんかか!」


 真顔で言ってくるところが怖い。


「うーん……。仕方ないね。ちょっと俺の方で対処を考えるよ。って言ってもたぶん戦う方向だけど」

「わたくしの力が必要でしたらいつでも申してくださいな。さすがに万の兵を相手にしろと言われると骨が折れそうですが、大抵の相手でしたら問題ございませんので」「万の相手を不可能とは言わないのね……」


 そう答える俺に、サラは不敵な笑みを返してくるのだった。

 これまで仲間になった人の中で彼女は一番怖い気がする……。

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