第33話 冷蔵技術をつくろう!
クなんとかが攻めてきて以降、この村では二回の防衛戦を行っているのだが、そのいずれにおいてもロド村は無傷の勝利を収めており、この街の防衛力はすでに向こうに知れ渡っていることであろう。
クなんとかは一回目の戦闘時に死亡してしまったらしく、今は親族のボウショクンというやつが領主を引き継いでいるらしい。
そのボウショクンは、ロド村と正面からぶつかると大損害が出るとわかったためか、俺に対する暗殺者を差し向けてきたり、街の治安悪化を目的とした無法者を定期的に差し向けてきているのである。
前者はなんら問題なく対応できるのだが、街でいきなり放火や殺人をしてくる輩が厄介だ。
今はその対策についてエリナと部屋で相談をしている。
「やはり関所を設けてはいかがでしょうか?」
「うーん。村の人口はもう少し増やしたいから、人の出入りを制限したくないんだよなぁ。自然出生だとどうしても時間がかかるし。かといって入国審査をやったところで悪人を見抜くのはムズイし……」
現在この都市で武器の類を所持することは認められておらず、武器にするとすれば農具や包丁などだ。
だがそれらを持ったところで、警察機能を担ってもらっている魚人族には敵わない。
よって、ボウなんとかの手の者は闇討ちや放火といった手立てで村の治安を悪化させてきているのである。
「まあ、今は相手の息切れを待つしかないね」
「息切れ……ですか?」
「人を雇うのだって金がかかる。ロド村だと放火や殺人は裁判で死罪になることが多いから、犯罪の実行役だって死のリスクを負うともなれば安い報酬ではやりたくないはずだよ」
「で、ですが、相手は貴族です。金など吐いて捨てるほど持っているはずですよ」
「まあね。けど、彼らはロド村の治安が多少悪化したところで、懐に入って来る金が増えるわけじゃないんだ。おまけに奴らは、収入源のほとんどをロド村に奪い取られているから、財政状況は時間が経つほどに悪化していくよ」
「けど、それとてクエール――いえ、今の領主はボウショクンでしたか。ボウショクンの手がいつ終わるかもわからないじゃないですか」
「……先制攻撃した方がいいって思ってる?」
エリナへそんな風に問いかけると、非常に答えにくそうではあったが、小さく頷いてきた。
「うーん、まあそれも悪くないけどね。でも、今はとりあえず資本主義的なやり方で戦っていくよ。あいつらに残された経済的頼みの綱は農業力と各都市における税収のみだ。このうちの片方――農業力を削いでいこうと思う」
「農業力ですか……? ですが、彼らは広大な農地を有していますよ?」
「だからこその農業力さ! 穀物以外の食料ってのは保存が効かないし、輸送距離も限られている。対して、冷蔵技術と真空技術があればそれも変わって来るのさ! まずは冷蔵からだ!」
腑に落ちない返事をするエリナを連れて、今日は新たに作ってもらった実験室へと向かう。
ミリーも途中で加わってもらった。
「うん! いいね! 実験室! ガラス器具も順調に増えてるし、何より鉄筋コンクリート製だから多少の爆発でも壊れない!」
「いや、爆発させんなよ……」
「おーしミリー、蛮族のお前でも好きなだけ暴れていいぞ!」
「あんたを殴り飛ばす方向で暴れていいってことかしらねっ!?」
さっそく冷蔵機構をつくっていくことにする。
「さて今回は量産工場を俺がつくるわけじゃない。お前たちに作ってもらう」
「ええ!?」、「私たちにですか??」
「そうだよ。お前らはもう十分素質があるから、まずは図面を起こす練習だと思ってやってみてくれ。ただ、実際に作る場面では俺が創造魔法でやるよ。それと、肝心の冷蔵機構の部分は先に答えを見せておこうと思う。メカニズムが分かった上で、それをどうやって量産していくかを自分で紙の上に落としていくんだ」
「むぅ。ま、まあ、やってみるわ」
「私も頑張りますっ!」
二人ともやる気は十分のようだ。
「今回は競争じゃなくて二人で一つの物を組み上げること。ちゃんと協力しろよ。んで、肝心の冷蔵機構の部分だが……、ミリー、ちょっとそこでスクワットしててくれる?」
「え゛!? なんでよ!?」
「いいからいいから」
訝し気な表情となりながらも、彼女は俺の言葉に従ってスクワットを始める。
しばらくして、少し彼女が汗ばんだところでやめてもらう。
「うん、そろそろだね」
そう言って彼女の肌が露出している部分を触る。
「ひゃっ!! なっ、なにすんのよっ!」
「これが冷蔵の根本原理だ! エリナも触ってみろ!」
「は、はい。し、失礼します」
エリナも控えめにミリーの肌に触れていく。
「……えっと、冷たいです」
「だろっ! 人間は恒温動物だから体温は一定に保たれるはず。にも関わらず体が冷えているのはなんでだ!?」
「えっと、汗をかいたからでしょうか」
「その通り。正確には、汗が気化したからだ。冷蔵の技術ってのはだいたいこの機構を使ってる。それを作っていくぞ」
「あたしがスクワットする必要なかったじゃねぇか!」
ミリーの飛び蹴りをくらうことになった。
「冷却のためには必ず冷媒というものを用意する。例えば鋼をつくったとき、二千度に熱っせられた鋼は水によって冷却されてただろ。あれも冷媒の一種と言える」
「水以外に冷媒になるものってあるの?」
「もちろんある! 水は使い捨てにできるところがいいとこなんだけど、今回は機械の中で常に循環し続ける冷媒を使う」
「循環した方がよいのでしょうか?」
「先に機構を図示するよ」
冷却機構を描いていく。
「冷媒が気化するという以上、こいつはまず液体でなくてはならない。それが気化して、冷却を行ったのち、その気体を集めてポンプで圧縮するんだ」
「圧縮? ですか?」
「ああ。気体は圧縮されると液体になる。んで、その液体になった奴らをまた気化させる。簡単な循環機構だろ?」
「なるほど、分かってきました」
さすがは飲み込みが早い。
ミリーもちゃんとついてきている様子だ。
「この液体→気体+冷却→圧縮→液体→気体+冷却→圧縮→……ってのを繰り返すのが冷蔵の基本原理になる。冷蔵庫もエアコンもやってることは一緒なんだ。さて、そしたら話を戻すけど、そうなると冷媒に使う材料の沸点はどのくらいにあるといいと思う?」
「うーん……、室温くらい? じゃダメなの?」
「三十点だね」
「冷蔵したい温度付近ではないでしょうか?」
「エリナ百点!」
喜ぶエリナと悔しがるミリー。
この光景と、逆の光景を何度みたことか。
「冷蔵する以上、冷媒もその温度になっていくから、気化温度は冷蔵したい温度付近である方が好ましい。昔はこれにフロンを使って問題になったけど、今はまったく使わなくなったからね」
「昔って……」
「さて、いよいよお前らの出番だ! 二人でこれの冷蔵機能を持ったモジュールの図面を起こしてくれ! その次に、それを量産するための設備の図面を起こす! こっからが楽しいぞ!!!」
テンションの上がる俺に対し、新しいことに挑戦していく二人はどこか不安気で、でも楽しげでもあるのであった。
*
しばらくの共同作業が続き、二人がこれだという図面を出してくる。
「よし、んじゃあまずは図面の物を創造してみるよ。【マテリアルクリエイト】」
二人が考え出した冷蔵モジュールを実際に作って見せる。
のだが……、
「うーん、なんでだろ。うまく冷えてない」
「圧縮の部分がいまいちなんじゃないでしょうか」
「ちょっとそこの試作機作って見よ」
という具合に、各箇所の試作機を試していくことに。
予想通り一日では形にならなかったため、一週間ほどつくったり試験したりを繰り返すこととなった。
そしてようやく、
「やったぁぁぁ!! 動いたぁ! 動いたよぉ、エリナぁ!」
「ええ! やりましたね!」
二人して抱き合いながら喜びを嚙みしめている。
自分でつくったものが思った通りに動いてくれるってのは嬉しいもんだ。
「よくやったな。よし、そしたら量産に関してなんだけど……」
「うん! これをベースにつくっていけば――」
「すんごく言いにくいんだけど、これはたぶん量産できないと思う」
「え゛!? な、なんでよ!」
と抗議の声をあげるも、できあがった冷蔵モジュールをチラと見て、ミリーの態度は小さくなる。
このモジュールは初期の構造から改造に改造を加えたものであるため、明らかに量産を見据えた構造となっていない。
「まあそう怒んなって。お前らがこの一週間試行錯誤した知見ってのは全部お前らの頭ン中に入ってる。それを元に、もう一度量産を見据えた試作機をつくるんだ」
「むぅぅ……また一からか」
「一からじゃない。ミリー、そこは勘違いすんな。技術ってのは積み重ねなんだよ。一発もんのすごい物をつくるのは技術とは言わないんだ」
「そういうもの?? まーいいけどさ。わりと楽しかったし」
その後、試作を何度も何度も繰り返して、ゆっくりゆっくりと冷蔵モジュールの量産工場が立ち上がっていくのだった。
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