第32話 デートをしよう!?

 この日、俺はセルムの街において数多くの視線に晒されながら道を歩くこととなった。

 なぜなら、両の腕にスタイルも容姿も抜群のミリーとエリナをべったりと引き連れていたからである。


 いや……、俺の心をそのままに表現するのであれば、引き連れているのではなく、まとわりついている、と表現すべきであろう。

 世の中の男性諸君からすれば、両手に花だと大喜びする事態なのだが、俺としてはあんまり嬉しくない。


「あのさ、もう少し離れてくんない?」

「いやよ! アサヒはただでさえ鈍感系なんだから、これくらい近づかないと意味がないわ」

「そうです! アサヒ様はもう少し私どものことを女性として認知すべきです!」


 いや、分かった上で離れてほしいんだが……。

 死んだ魚のようになりながら、約束をしてしまった手前、拒否するわけにもいかず、二人に付き添う。


「で? どこ行くの?」

「まずは買い物よ! 服買ってちょうだい!」

「いや、服なら創造魔法で作ってやるって」


 ガスッ! ゴスッ!


 二人に殴られた。


「あんたはなんでそうなのよっ!」

「そうです! アサヒ様と一緒に選ぶ過程を楽しみたいってことがなんでわからないんですか!」

「蛮族と買い物なんてしたくないんだが……」

「ミリーさんはともかく、私は蛮族じゃありません!」

「手が出る段階で蛮族だわ」

「あたしをデフォルトで蛮族にするのやめてほしいんだけど」


 さっそく服屋に移動し、二人は服を選んでいく。

 今となっては、この辺りで扱われる生地は100%ロド村製となっており、仕立てがロド村製でないものもたまにみるといった具合だ。


「あんたのおかげで服のレパートリーはかなり広がったわ。服屋でこんなに選択肢があることなんて、今までなかったもの」

「まあそりゃそうだろうなぁ。クなんとかはここいらの金になる事業すべてに上納金を課してただろ? あれじゃあ文明は発展しないからな」

「あなたは意地でもクエールの名前を覚えないのね……」

「執政者が資本を支配する構図になると、途端に文明は衰退する。いつの時代も同じさ」

「時代って……。あんた一体何歳よ……」

「どうして資本を支配するとうまくいかないんですか? アサヒ様がやられていることは違うのですか?」

「違うね。俺は確かにこの国と周辺国の経済を破壊して回ってるけど、それは金が欲しいからやってるんじゃないよ。労働生産力を向上させるために既存経済を壊す必要があるからなんだ。対して、クなんとかがやってたように、支配者階級の人間が資本を得るために経済を壊すと、だいたいの場合、一般市民が不幸になる」

「あ、それ高等教育で習ったわ。重商主義の弊害じゃなかったかしら?」

「おお! 蛮族がずいぶん難しい言葉を使うじゃないか!」


 ドカッ!


 ミリーに蹴られた。


「やっぱ蛮族だったわ。というか蹴るときにパンツ見えてんぞ」

「見んなや!!」


 ドゴッ! ガンッ!


 もう一回ミリーに殴られたのに加えて、エリナにもはたかれた。

 実に野蛮なやつらだ。


 服を何着か選び終わって、次は食事へと出向く。

 はじめこの世界に来た頃、ミリーやアルスたちに連れられて、この食堂にはよく世話になったものだ。

 価格帯としては安めでありながら、濃い味付けに肉多めのボリューミーな内容。

 まあ正直デートの食事場所としてはどうかと思うが、彼女らはとくに気にしていない様子である。


「どう? 俺らは食べ慣れてるけど」

「すっごく美味しいです!」


 エリナは初めてのようだが、味にだいぶ満足しているのかモリモリ食べている。

 彼女だって育ち盛りの乙女なのだ。

 高級料理店より、こういう食事の方が好きに違いない。


「うーん、食にはもう少し手を加えないとなぁ」

「なによ? ロド村はだいぶ食が豊かになってるじゃない? まだ不満なの?」

「不満だらけだな。食の種類もさることながら、加工食品があまりに少ない」

「あんたの理想像って果てがないわね」

「そりゃそうさ! 資本主義とはかくあるべきだ!」

「さいで」

「やっぱり技術が全然足りてない。鉄鋼技術をもっと進めて、機械化部品をどんどん製造できるようにならねば、それらができてくればいよいよ冷凍技術と真空技術に手を出せるようになる! 真空がつくれりゃ缶詰もできるし、冷凍の技術が普及すりゃ食料の長期輸送もだいぶできるようになる! 夢が広がるぞ!!!」

「あー……、うん。あんたが楽しそうで何よりだわ」

「私もお手伝いしますねっ! 何でしたらこのお食事からお手伝いしますよ!」

「え……?」


 エリナはあろうことか、フォークを突き出してあーんをさせようとしてくるのだった。


「ちょ、ちょっとエリナ! 抜け駆けは無しっていったじゃない!」

「こんなの抜け駆けの範疇になんて入りませんっ! むしろ私からすれば清々しい春の陽気のようなものですっ!」


 あーんが清々しい春の陽気なのかよ……。


「ダ、ダメ! アサヒはあたしのを食べるのっ!」


 ミリーまでもが同じようにフォークを突き出してきて、こちらに食べろと近付けてきた。

 というか口元に押しつけてきている。

 エリナも同様に、自分のを食べてもらうんだと食べ物突き出してきたものだから、俺の口元は肉についていた汁やらソースやらで汚れまくってしまった。


「あの、汚いんだけど……」

「アサヒ様、当然私のを食べてくれるんですよね!?」

「何言ってんのよ! アサヒはあたしのお肉を食べるんだから!」

「あー、お前ら、みんなこっち見てんぞー」


 二人がギャーギャー騒いだものだから、他の客や店員さんが訝し気にこちらを見ているが、それでも二人はいがみ合いをやめようとしない。

 そんな俺たちに、聞いたことのある声が後ろから聞こえてくるのだった。


「どこの色男かと思ったら、アサヒじゃないか! それにミリー!」


 振り返ると、そこには俺が入っていた冒険者パーティのメンバーであるアルスとセイラが立っていた。


「おっ、アルスー、久しぶりー。元気してるー?」

「あ、ああ、まあまあ元気だが、お前はこんなところで一体何をやっているんだ?」

「ふむ……。確かに、俺は今、自分が何をしているのだろうか、と自分に問いかけたいところだ」

「い、いつも通り意味がわからないな……。というかアサヒ、こんなところで騒いでいるとみんなの迷惑だ。喧嘩するなら外でやれ」


 アルスがいつものごとく正義感からそんなことを言ってくる。

 彼は道中で悪いことをしている人を見つければ見過ごすことはないし、基本的に正義を志している。

 そのために敢えて悪役を買って出ることだってあるし、たぶん俺をパーティから追放したときも、あえて自らが悪役となったのであろう。

 誰だってパーティメンバーの悪い部分を指摘するのはやりたくないことだ。


「いやいや、俺悪くないから。今回はミリーとエリナが悪いから」

「そ、そうなのか? ミリー、公衆の面前で――」

「アルス! あんたは黙ってて! 今重要なとこなのっ!」

「う、うぐぅ……」


 ミリーに怒鳴りつけられて、こちらには敵わないと判断したアルスは、今度はエリナの方へと向き直る。


「お、お嬢さん、ここは多くの方が食事をする場所で――」

「どなたか存じませんが、邪魔をなさるのでしたらあなた様もただではおきませんからっ!」


 悪魔をも睨み殺しそうな視線を受けて、アルスはトボトボとセイラの方へと逃げていくのだった。


 アルスもっとがんばれ!

 こいつらは明らかに公序良俗に反する!

 お前の正義は正しいぞ!

 頑張って戦ってくれ!


 と心の中でエールを送るも、暴れ馬となった二人は手が付けられない状態で、俺の口元に肉類を押し当てながら一歩も引かない様子であった。


 そこへ今度はセイラが前へと出てくる。

 彼女は黒髪ロングのお姉さんキャラで、アルスがド真面目のリーダーなら、セイラはみんなの面倒を見てくれるお姉さん的な存在だ。

 スタイルもだいぶお姉さんで、あの巨大な二つのメロンパンをぶら下げるエリナにも勝るものを抱えているのである。


「アサヒちゃーん、こっちへいらっしゃーい」


 そんな風に呼びかけて来たものだから、俺はすかさず二人を躱してセイラのところへと飛び込んでいく。

 すると彼女は我が子を守るがごとく、俺をガードしてくれるのであった。


「ちょっ! ちょっとセイラ! 何してんのよっ!!」

「ダメねー、ミリーちゃん。男は押し引きが重要なのよ。押すだけじゃうまくいかないわ」

「そ、そんなこと、セイラに言われなくたってっ!」

「あら? ミリーちゃんの恋愛経験は?」

「うっ! そ、それは……」


 セイラにその手の経験値で勝つことは不可能であろう。

 ミリーの身が引けていくと、今度はエリナが出ずっぱってくる。


「た、たしかに恋愛経験は少ないですがっ、想いでは負けてませんっ!」


 純真さで勝負を挑んでいくエリナであったが、セイラはそれに対してもわざとらしく肩を竦めてくる。


「そうよねぇ。押し引きのわかっていなさそうなあなたたちじゃあ、自分の想いの重さをぶつけるしかないものねぇ。ときとしてそれが、男にとってのかせになってしまうとも知らないで」

「か、かせっ!?」

「ええ、そうよ。あなたの――エリナちゃん、だったかしら? エリナちゃんの想いが強いほど、男側はそれに応えなきゃって思うじゃない。愛もないうちに応えなきゃ応えなきゃってなったら、人間疲れてしまうものよ。そうなれば結果は――」


 エリナの眉が大きく歪む。


「二人とも押し過ぎよ。アサヒちゃんを見て、震えているじゃない」


 と言われたので、俺はわざと震えて見せる。

 すると、なぜだか二人ともシュンとなってしまうのだった。

 お前ら逆の意味でチョロすぎだろ……。


 二人が静まってくれたので、何とか騒ぎは収束の方向へと向かう。

 やはりセイラの方へと逃げて正解だ。

 彼女はこの手の手合いが大の得意である。


「あんがとセイラ、助かったよ」

「いいわよ。アサヒちゃんと久しぶりに会ったから、お姉さんちょっと興奮して熱くなっちゃった」


 なんて言いながら、胸元を大きく開いて手で仰いでいく。

 周辺に座る男性たちの視線が、ブラックホールに吸い込まれるがごとくそちらへと向けられていくのだが、俺は明後日の方向を向くしかなかった。


「うーん……。やっぱりアサヒちゃんには効かないわねぇ……。落とせないってわかると途端に落としたくなっちゃうのは何でなのかしらね♪」

「知らんわ! 頼むから面倒なことはしないでくれよ」


 エリナとミリーが敵意を向けてくる中、アルスが復活を遂げて来る。


「セイラ、ありがとう。やはりセイラの問題解決能力は高いな。俺も今度同じようにやってみることにするよ」

「い、いや、アルスちゃんが私と同じやり方をしたらちょっと気持ち悪い――いえ、だいぶ気持ち悪いと思うから、やらない方がいいと思うわ」


 なんて言うも、アルスはキョトンとしている。

 こいつはド真面目のアホなので、たぶん一回か二回は試してしまうのであろう。


「ところで、聞いたぞアサヒ。お前ロド村の村長をやってるらしいな。今度俺たちもロド村に移住するから、そのつもりでいてくれよ」

「そのつもりって、えっと、なにすればいいの?」

「許可さえ出してくれればいい。あとは自分たちで何とかする」

「ああ、なら今許可するよ。というか移住にいちいち許可なんて取ってないけどね」

「なんにしても、俺はいつでもお前のことを許すつもりでいるからなっ! 冒険者パーティをやりたいって言うんなら、いつでも歓迎だ! お前が戻ってきたときのための道具や装備も用意してあるし、手ごろなクエストにも目星がついている。お前をどう教育していけばいいかもプランは立っているし、四人でまた仲良くできるはずなんだ! ま、まあむろんお前が心を入れ替えるのは前提となるが、それでも、少しでも気が変わったら俺のところに来るんだぞ! 決してお前のことを嫌ったり悪い奴だなんて思っていたりはしないからな!」


 早口必死に言ってくる彼を見てしまったものだから、とてもいたたまれない気持ちになってしまった。


「あー……うん。なんかごめん」


 なんにしても、二人がロド村に来るのなら、今後関わり合いも増えるであろう。

 去り際にセイラがこそっと耳打ちしてくれる。


「アルスちゃん、毎晩あなたをパーティから追放したことを後悔して教会で祈りを捧げてるの。たまにでいいから、声をかけてあげてね」


 なんて言ってくるのだった。

 二人とも、いいやつだなぁ。

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