第31話 鏡をつくろう?
「ついにこの日が来たな」
俺にとっては別に大した日でもなんでもないのだが、エリナとミリーは緊張感を漂わせながら、俺の部屋で静かに座っている。
「ようやくね。今日こそエリナを倒して見せるわ」
「ミリーさんこそ、アサヒ様に付きまとうのもこれで終わりにしていただきます」
始める前から二人は火花を散らしている。
「あのさ、そもそも二人とも正解してないって可能性があるんだからな」
そう言いながら、鏡を取り出し、二人の前に置く。
「さっ、それじゃあ、いよいよ宿題を提出する時だな。先に言っとくけど、ちゃんと科学的に説明しろよ」
「あんたこそ、正解したら何でも言う事聞くって約束忘れてないでしょうね」
「わかってるって。じゃあ、まずはミリーから行こっか」
ミリーが慎重な態度を取りながら、用意してきた紙を手渡してくる。
資料付きとはなんとも期待させるじゃないか。
「よしっ! えっと、そしたら始めるね。紙に書いてある通り、端的に言うと光の虚像ができているって考え方よ! 鏡は金属を磨いたもので、光は電気と磁場の波で構成されているから、それが反射するときに金属中に像をつくるの」
「像ができる理由は?」
「それは……、えっと、全反射だと思ってるわ!」
「うーん……。全反射ってどういう現象だかわかってる?」
「え、えーっと、通常なら浅い角度からの光りの屈折が反射に変わる現象だけど、金属はそれの角度に関係なく起こると考えているわ。これなら磨いてない金属で全反射が起こらない理由にもなるし」
「なるほどねぇ……」
腕組みをしながら彼女の回答を吟味する。
「ど、どお?」
「まあそう焦るな。答える前に、次はエリナの番だ」
そう言って彼女の方を見る。
するとエリナは、不安気な表情となりながら、用意してきた紙を手渡してくるのだった。
「なに……これ……?」
ミリーがそんな言葉を発してしまうのも頷ける。
紙には物理を解いていくための長ーい式が書かれていたからだ。
「えっと、その、私も、光の屈折現象かと思って、物理式を解いていったんです。そしたら、鏡面に対して垂直方向に対する光におかしな挙動があることを見つけたんです。それで、その、それをずっと解き続けてしまって……」
そのままエリナの声は尻つぼみになってしまう。
彼女の表情から察するに、その不可解な数式に熱中してしまい、本来の目的を忘れて突き進んでしまったということであろう。
おまけに、その数式に関して、何かしらの答えが見つけ出されたわけでも、綺麗な形にまとまっているわけでもない。
紙の束にはあれやこれやと迷いながら進んでいく彼女の心をそのまま投影したかのような文字列が書きなぐられていた。
「なるほどねぇ。数式に沼ったって感じか」
「あうぅ……」
いつもぴょこぴょこ跳ねている耳がくてんと垂れさがる。
「んじゃあ、二人の答えに対する俺なりの見解だけど、どっちも不正解かな」
エリナはもとより期待していない感じだったが、ミリーはがっくりと項垂れる。
きっと自信があったのであろう。
自分が必死にいろいろ考えて、その結果に対し一喜一憂するのは悪いことではない。
「実は、エリナもミリーも結構惜しいところまではいってるんだよなぁ。あと一歩って感じだ。だから――」
二人の頭をよしよしと撫でることにする。
「偉いぞ! 正直ここまでの回答をよこしてくるとは思っていなかった!」
「むぅ……悔しい。どこが間違ってたの?」
「私も惜しかったのですか?」
「うん。そしたらまずは鏡の原理の説明からだな」
用意した鏡を手に取って、二人の姿を映して見せる。
「ミリーの言う通り、光ってのは電界と磁界の波で構成されている。んで、知ってると思うけど、金属の中には自由電子ってやつらがいるんだ。こいつらはその名の通り、だいぶ自由に動き回ることができる。ゆえに、光――つまりは電界がやってくると、自由電子どもが勝手に動いてプラスにはマイナスを、マイナスにはプラスをつくることでこの光を打ち消しにかかるんだ」
「光が消えちゃうってこと?」
「そうだ。入射光はこれで消えてしまう。プラズマ振動っつーんだけどね。けどそうするとおかしいことになるだろ?」
「存在していたはずの光りが消えてしまうと、エネルギー保存の法則に反してしまうというわけですね」
「その通り。じゃあどこで釣り合いを取っているかというと、金属の自由電子たちは、やってきた光の電界とは真逆の電界を金属側から放射してるんだ。これが反射光の正体なんよ。ミリーの、金属中で虚像がつくられるって発想はだいぶこれに近い。けど、これは屈折とは全く別の現象なんだ」
「むむむむ……」
「そんでエリナだけど、エリナは数式上でだいぶこれに近いところにまでたどり着いている。あとは書いた式が物理的に何を意味しているのかがわかれば答えられたのかもなって感じかなー」
悔し気な表情を浮かべる彼女は自分の書いた紙を穴が空くほど見つめながら、今俺が言ったことの意味を理解しようとしている。
「うん。けど、二人ともよく頑張ったぞ! 正直に言えばここまでの回答をよこしてくるとは思ってなかった!」
「で、でも不正解だからご褒美はなしでしょ……」
二人ともものすごく残念そうにしている。
そんな二人を見てしまったから、魔がさしてしまったのだろうか。
頭の中では、これでやる気をなくされても困るなぁ、なんて思ってしまい、ついこんなことを言ってしまうのだった。
「うーん。まあそうだけど、二人で一緒にやったら正解してたかもしんないから、二人で一つならなんか聞いてやってもいいよ」
この言葉を発するや、二人の目の色が途端に変わる。
ミリーとエリナは顔を見合わせることもなく、高速で思考を回転させながら、真顔で会話をしていくのだった。
「それは願ってもないことですね。ミリーさん、どうしましょうか。私としては、もはやミリーさんと協力したいと考えているのですが」
「奇遇ね、私もよ。アサヒは残念ながら科学とネトゲに心のすべてを奪われてしまった機能不全人間のようだから、多少なりとも強引な手立てが必要だって思ってたの」
ミリーとエリナが途端にニッコリとしながらこちらとの距離を詰めてくる。
「え……、いや、ちょっと……」
ガチリと左右から腕を二人に捕まれた。
「アサヒ、あたしたちのお願いは決まっているわ。『なんでも』聞いてくれるのよね?」
「おい。ちょっと待て。できないことはできないからな」
「大丈夫ですよアサヒ様。ちょっと一晩私たちと一緒にいて下さればそれでいいのです」
「そうよアサヒ。あんたはベッドの上で黙って寝ててくれればいいわ」
「いや、ちょっと待て、エロいのはダメだ! それは何でもの範疇に入らない!」
「アサヒ、あんた『なんでも』って言ったじゃない。何でもなのよね? なんでもってなんでもって意味だよ」
「知っとるわ! んな顔近づけて言うなや、こえぇわ!」
「アサヒ様。村長として、そして私の夫として、一度約束されたことを
二人がさらに距離を詰めてくる。
「お前らはそもそも不正解だから何でもじゃなくなった! 俺がいいって言った内容ならだ!」
「「えぇぇぇぇ!!」」
エリナたちの悲鳴が部屋へと響くが、そんなのを気にするわけにはいかない。
そのあと、二人と一時間ほどの押し問答があったのち、渋々俺とのデートをする、という内容で落ち着くことになるのであった。
ちなみに鏡の量産工場はその裏で作られることとなったのである。
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