第30話 硬くてデカくて長いものをつくろう!
「クエールの件って本当に何にもしなくていいの?」
あれから数日が経ったある日、ミリーがそんな風に問いかけてくる。
「ん? よくないぞ! ついにあれをやるときが来たな!」
「……あれ?」
「そうだ! 硬くてデカくて長いものだ!」
「かたくて、でかくて、ながい……っ!?」
途端にミリーの顔が赤くなる。
「当然ミリーの体も使わせてもらうぞ!!」
「え゛!? い、いや、ちょっと待って! あ、あたし?」
「そうだ! お前以外に誰がいる?」
「あぅ。で、でも、まだ、アサヒとは……っ! そ、そんなにおっきいの……?」
モジモジしながら上目遣いで聞いてきた。
「当たり前だ! けど、さすがにミリーの体が壊れてしまわないか心配だな……。やめとく?」
「や、やる! あたし、なんでも受け入れるもん! あたしじゃなきゃダメ何でしょ? エリナじゃなくて」
「え? なんでエリナ? まあ、もちろんミリーじゃなきゃダメだな」
「そ、そっか。やったぁ……! じゃ、じゃあ、えっとアサヒの部屋――ここで……、その今から、す、する?」
「いや、まずは外で試す必要があるかな」
「そ、外!? 外でするの!?」
「ああ。なにか問題か?」
ミリーが覚悟を決めた表情となる。
「……いえ、アサヒがそれでいいんならいいわ!」
「よし。あとはピカールとカシュアも呼ばないとな。あいつらには見ててもらわないと」
「ええ!? 見てもらうの!!?」
「いや、なんのためにやるんだよ。安心しろミリー! お前の体のことは俺が保証する! 自信を持っていいぞ!」
「い、いや、さすがに見られながらっていうのはちょっと……」
「何言ってんだ、ほらっ、行くぞ!」
「あっ」
そう言って彼女の腕を引っ張っていく。
ミリーは躊躇いがちになりながらも、静かに俺の後ろをついてくるのだった。
*
「よし! カシュア、ようやくこの日がやってきたぞ! お前らに日々教育してきたことの実践編だ!」
「うん! 硬くてデカくて長いやつね!」
「なっ!? カシュアにも!!? 日々!?」
ミリーが悲鳴に近い声をあげる。
「え? あ、うん。彼女らには精錬のプロになってもらうつもりだし」
「…………え?」
「え?」
静かな風がひゅ〜とミリーを包み込む。
「あ、ああ。有機化学がだいぶ進んだし、そろそろ金属精錬に手を出そうかと思ってさ」
ミリーが膝から地面に崩れ落ちる。
「お、おーい、ミリー? どしたー?」
「そうよね。やっぱりそうだよね。そうかもって思ってたけど、ちょっとくらい期待したっていいじゃない……」
「なにが?」
「なんでもない!」
ミリーにはたかれた。
「さて、硬くてデカくて長いもの、ズバリ、鉄鋼を製造していくぞ!」
今回の建物は非常に大きくなる予定なので、ライカやリューナをはじめとして、蜘蛛人、魚人を数名呼んでいる。
「さあ、カシュア、問題だ。鉄を精錬していく上で一番大変なところはなにかわかるか?」
「えーっと、純鉄をつくるところ? かな? 実際あたしたちも鍛冶をやるときに困るところだし」
「正解だ。採掘したての鉄鉱石は不純物だらけで、おまけに鉄も酸化鉄の状態だからそのまま使うなんてもってのほかだ」
酸化鉄とはつまりサビている状態で、とてもじゃないが使えたものではない。
「まずはこの不純物を除去するのと、酸化鉄を純鉄へと変換していく。そのための炉を作るぞ! さあ! ミリーSI単位系! 出番だ!!」
「あー、はいそうですねー(棒) あたしのでばんですねー(棒)」
うんざりとした表情となるミリーなのであった。
「まず絶対に必要となるのがコークスだ。カシュアは石炭とコークスの違いはさすがに理解できるようになってるよな?」
「あ、えっと、不純物の少ない石炭だっけ? あれ、石油精製の下に溜まる残りカスだったような気もしてきた。あれ? どれだっけ……」
「あれだけ教えてもまだこんがらがるか……」
呆れる俺に、あはははと笑いながら誤魔化してくるカシュアはやはり座学が苦手と見える。
これに対して、回答をよこしてきたのはミリーであった。
「純炭素に近い石炭でしょ? 石炭を蒸し焼きにしてできるやつ。石油コークスも似てるけど硫黄が入ってるから金属精錬には向かないんじゃないの?」
驚きながらミリーの方へと振り返り、思わず彼女の肩を持ってしまう。
「おおおお! ミリー! 正解だ!! しかもなんで硫黄が精錬に悪いってわかった!? まだ教えてないのに!?」
「え、いや、だって酸素がくっついた酸化鉄がダメなら、同じ十六族の硫黄もダメかと思って……」
尻つぼみになっていく語尾ではあるが――
「正解だぞミリー!! すごいぞ!」
「あ? そ、そう? え、えへへ、そっかぁ」
「彼女の言う通り、硫黄は基本的に純鉄を得る上で邪魔になる。よって、石炭から得られるコークスの方が不純物が少なくていい。鉄に限らないが、世の中の金属の多くは酸素とくっついた状態――酸化状態になって採掘されることが多い。この酸素を引き剥がすのが最初にやることだ。そこでコークス、つまりは純炭素を使っていく。炭素が酸化鉄の酸素を奪えば、鉄ができる。逆に、奪うという以上、炭素には酸素が結びついて二酸化炭素ができる。すっごく単純だろ?」
すでに教えた内容であるはずなのに、カシュアはどこか初めて聞いたー、というような顔だ。
まあ、ここらへんは人によって向き不向きがある。
「おまけにコークスは石炭を燃やすよりも高温を得ることができる。純鉄の融点はおよそ千五百度だ。対するコークス燃焼で得られる温度は約二千度。あらゆる意味でコークスを使いたいのさ」
「入れるのはコークスだけでいいの?」
「いや、石灰も入れる。すると不純物のほとんどが取り除けるが、ここの説明は複雑だからまた今度だ。これで得られるのが銑鉄。銑鉄はほとんど鉄だけど、炭素が少しだけ混じってんだ」
「コークス由来ってこと?」
「えーっと、たぶん両方だと思う。もともと鉄鉱石にあったのと、コークス由来のと。んで、この炭素を取り除くために、今度は酸素を入れるんだ」
「え!?」
当然ミリーから抗議の声があがる。
「鉄から酸素を引き剥がしたのに、何でまた酸素をいれちゃうのよ!?」
「ここが銑鉄を鋼にするキーだからだよ。炭素量の多い鉄ってのはいろいろと使い勝手が悪い。だから、この炭素を取り除くために酸素をあえて入れるんだ」
「そしたらまた酸化鉄ができちゃうんじゃないの?」
「普通ならそうなんだけど、入れる量を間違えなければ酸化鉄はできないんだ。例えばそうだな……腐った肉と新鮮な肉を用意したとき、犬はどっちに食いつくと思う?」
ミリーに、えぇ……という顔をされてしまう。
「いきなりなに?」
「いいから答えて」
「むぅ……。そりゃまあ、新鮮な肉じゃないの?」
「その通り。これはまあ、ただの例え話だけど、今からやろうとしている反応の系にあるのは炭素と鉄で、そこに酸素を吹き込むんだ。このとき酸素は鉄と炭素のどちらと反応しようかなー、と選ぶことになる」
「まるで意思があるみたいな言い方ね?」
「いやいや、これはあくまで例え話だよ。酸素に意志なんてないけど、要は酸素から見て、鉄と炭素のどちらと化学反応する方がより安定になるかによって、反応の選択性が生じるんだ」
「つまり今回は炭素と選択的に反応するってわけね」
「その通り! 酸素と反応してできる一酸化炭素は気体だからそのまま鉄の中に残ることなく外へと放出される。だから酸素を入れ過ぎない限りは酸化鉄ができることはなく、かつ炭素を取り除けるってわけさ」
なるほどねぇ〜、とミリーは関心している。
肝心のカシュアは首をかしげているが、彼女は頭で理解するより腕で覚えるタイプだ。
今はこれでよしとしよう。
「さっ! その炉を作っていくぞ! 正直に言えば、今回の設備はかなりデカくなる! 覚悟しておけ!」
「一体なにをどう覚悟すればよいのやら……」
そのあと、一週間くらい作業を経てようやく炉が完成する。
「ふう、これで完成?」
「まだまだまだまだ。酸素入れる機構ができてないだろ。銑鉄を得る工程と炭素を減らした鋼を得る炉はどうしてもべつの窯にしないといけないんよ。いやぁ、先は長いぞ。そのあとそれを成型して、加工できる工程も必要だろ?」
「それって炉と一緒じゃなくてもいいんじゃないの?」
「いやいや、鉄は熱いうちに打てと言うじゃないか。せっかく二千度にまで加熱して溶鉄にまでするんだから、可能な限り加工までもをやってしまう方が効率がいいのさ」
「さいで」
そのあと、いろいろな試行錯誤が二ヶ月ほど続いて、ようやく精錬設備が稼働することとなるのであった。
創造魔法があるとは言え、やはり紙の上では簡単でも、実際に動かすとなるとなかなかに大変だ。
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