第29話 殲滅戦
「まあ、やっぱ来るよね」
街壁の上から外を見渡せば、少し離れたところにクなんとかの軍団が展開していた。
哨戒は厳重にやっていたので、敵部隊の接近はだいぶ前に察知しており、すでに門は閉じている。
「クなんとかは意外と金持ちなんだな。ざっと見積もって五千くらい? 一万はいないよね?」
「クなんとかってクエールのこと? 名前くらい覚えてあげなよ」
ジト目を送るミリーを横目に、機関銃と野戦砲の最終調整にかかる。
はっきり言って騎兵と重歩兵が主体の彼らが俺に敵う謂れなどない。
ここまで近づいてしまったクなんとかの軍は、俺からすればほぼ詰みの状態と言えよう。
「アサヒよ、東門にも百名近い騎兵が来ておる。あの程度であれば蜘蛛人だけで全滅できるぞえ?」
「こっちも同じよ。西門に軽装隊二百名ほどが展開している。魚人族で制圧可能よ」
ただ、あいつらも馬鹿ではないようで、正面から馬鹿正直に突貫するだけでなく、複合的な手立てを用いてくる。
が、街壁より外側にいる奴はそこまで問題ではない。
それよりも問題なのは街の中の方だ。
これまで、ロド村は村への入場に際して一切の制限を設けてこなかった。
街の中にはすでに、クなんとかの手の者が入り込んでいると考えるべきであろう。
その工作員が何をしでかすかはわからない。
「この前言ったと思うけど、お前らは避難指示をして住民の傍にいてね。戦うことは考えなくていいよ。それよりも村の中に工作員が潜入している可能性があるから、そっちを見ててほしいかな」
「わかったのじゃ」「わかった」
工場群には基本的に厳重な警備を敷いているから入れないだろうし、原始的な武器で高強度の設備を破壊できるとも思えない。
蜘蛛人、魚人以外の異種族たちはリューナとライカに面倒を見てもらっており、カシュア、サラには人間種の面倒を見てもらっているので、そちらも不安はほとんどない。
つまり、内部で奴らができることと言えば放火くらいなものであろう。
ちなみに、エリナとミリーについてはいつものように俺の傍から離れてくれないようだ。
「できればお前らにも避難しててほしいんだけどね」
「あ、あんたに何かあったら不味いじゃないのよ。あんたはロド村の村長なんだからっ! あ、あくまで村長としてよっ!」
ツンケンとするミリーであったが、対するエリナは――
「わ、私は妻としても、ひ、一人の女性としても、アサヒ様の傍にいます! 誰かさんとは違って、個人的な理由でこの場に留まっていますからっ!」
なんて言いながら、あろうことか俺の腕にしがみついてきた。
結果、彼女の胸にぶら下がる大きな二つの果実が押し当てられることとなるわけで。
「なっ……! エ、エリナ、あんたねぇ!」
「何が問題なんですか! 私はミリーさんと違って法的にも妻になってますし、何かに理由をつけるまでもなく、アサヒ様と一緒にいられます!」
「そ、そんなこと言ったらあたしだって同じよ! あたしはあんたよりもアサヒとの付き合いが三か月も長いんだから!」
「たった三か月程度で大きな顔をしないでください。私はもうアサヒ様に二回も裸を晒した仲なんです! ミリーさんと違って深い付き合いなんです!」
「はんっ! 所詮は体の付き合いってことね! 心を通わせているわけじゃないじゃない! あたしなんかこの前傷ついて落ち込んだとき、半日近くも寄り添いながら慰めてもらってるもん! どっちが心の距離が近いかなんて言うまでもないわ!」
「!? べ、別に私だって心を通わせてますもん!」
いつの間にかミリーまでもが俺の腕を奪いに来て、二人して視線をぶつけ合う。
「あー……。お前ら喧嘩ならよそでやって欲しいんだけど」
なんて言ってみるも、二人はいがみ合うのをやめようとしない。
仕方なく引き剥がそうとしたら、向こうから使者がやってきた。
「こちらはクエール様の使者、ラピスエと言う。先日ロド村をクエール様がお伺いした際、この村は国家転覆を企ていることが明らかとなった。我々はその討伐軍となる。この場で無条件降伏するのであれば、貴様らには減罪の余地が生じる。住民は直ちに門を開け、武装解除の上で街の外へと出てこい! これは最後通告だ!」
ラピスエと名乗った男の顔には余裕と中傷の色が浮かんでいるが、それも当然であろう。
ロド村の外壁は、つくりたてであるため見栄えこそ立派であるものの、防衛兵は現在俺、ミリー、エリナの三人しかいないのだ。
防壁の高さの割に、防衛能力が皆無に見えるのも頷ける。
「通達ありがとう。そちらも今降伏するなら命だけは助けてあげるよ。あ、こちらもこれが最後通告だから」
クなんとかは、自分が利権を失わないという選択とならない限りこの戦いを辞めることはないであろう。
一方で、それは俺からすると無理な話だ。
「なっ! き、貴様! こちらは八千の兵がいるのだぞ! それでもこうふ――」
ダァン!
問答無用でラピスエの頭を打ち抜いた。
頭から噴水をあげながら、男は地面へと倒れ伏す。
突然の行動にミリーとエリナは口が空いてしまう。
「――最後通告って言ったじゃん。降伏なんてするわけないでしょ。お前らは全員死ぬんだから」
「い、いいの? 殺しちゃって?」
「戦争にルールも卑怯もないよ。わざわざ待つのも馬鹿馬鹿しい」
むしろ、俺はこの通告が来るのを待っていたんだ。
それは交渉をするためでも、ましてや降伏をするためでもない。
使者が来たということは、これで奴らは準備が整ったということを示している。
つまり――、
殺すべき人間の
躊躇する理由もなくなり、俺は用意していた野戦砲の斉射を開始する。
次の瞬間――
敵陣が爆ぜた。
土煙も舞い上がったのだが、それ以上に飛び散ったのは、
人間の破片であった。
この世界において、対人間同士での戦闘に炸裂弾が使われるのは初めてであろう。
故に、彼らはその対処方法なんて知る由もない。
「密集陣形なんて時代遅れだよ。って言っても、お前らにはわかんないだろうけど……」
砲撃で大量の人が四散しながら、大地を血の雨が染めていく。
「太古より、人類はマンモスを狩るために群れで狩りをした。ハンニバルも上杉謙信もナポレオンも考えることは皆同じだよ。群れて集団で囲って叩く。戦術とはいつの時代も同じなんだ」
がむしゃらに突撃する者、状況を確認しようとする者、逃げ惑う者。
戦い方を知らなければ、有効な方策を打てるわけがない。
「だからその対抗策として火器が開発された。火器は相手が密集するほどに高い成果をあげられる」
用意した野戦砲六門の連続斉射で、敵は見るも無残な状態となり。
蜘蛛の子を散らしたような状態となる彼らは動かない者が増えるばかり。
「相手が考えるだけの知性を持ってるってのが前提なんだよ。ある程度知性のある奴なら、群れた方が火力が出ると知っている。だから群れた相手に有効な火器を用意する。すると、その火器に有効な兵器を開発する。そうやって、人類はずーっと――」
乾いた笑みを浮かべる。
「――間違い続けてきたのさ」
煙が晴れていき、生き残った兵士はごくわずかであった。
「人を、幸せにするためのものだったはずなんだ。火薬も、石油も、なにもかも。俺たちは、だから後悔している。……ミリー、エリナ。お前たちは間違えないから大丈夫だ。安心しろ」
風に混ざりそうなそんな言葉に、彼女らからは唾をのむ音しか聞こえて来ない。
「……エリナ、門は閉ざしたままだ。住民はまだ外に出すな。外は罠だらけで、今出ると住民にも死者が出るから」
「え……あ、は、はい……。わかりました」
「ネトゲか……。また、夢をみたいもんだ……」
そんな言葉を残しながら、俺は街の状況確認へと歩んでいくのだった。
*
西門と東門に残敵がいないかを確認しに行ったが、問題なさそうだ。
来ると途中で何度も轟音を聞いていたので問題ないとは思っていたが、おおよそ片がついている。
ロド村は大きな街道との接続が一箇所しかない。
大部隊を寄せてくるのであれば、そこからやってくるであろう。
ゆえに彼らがどんな経路でやってきて、どんな戦略を組み立ててくるかなんてほとんど想定できる。
側面攻撃なんてその最たるもので、門外に多数の地雷を設置しておけばだいたいは対処できてしまうのだ。
外は問題ないと判断して街の中へ戻っていくと、そこにはサラが学園から持ってきた巨大ハンマーを担ぎながら立っていた。
足元にはフードを被る怪しげな者たちが倒されている。
「あーっと……。サラ、そいつらは?」
「クエールの手の者でございますよ。避難指示に従わず出ていったため、何をしているのかと見ていましたら、街中で放火を企んでおりました。そのため、こうして現行犯で逮捕致しました」
あの巨大なハンマーで戦ったのか、十名ほどの男どもはボコボコになっている。
対するサラは傷どころか服の乱れすら見られない。
まさかクレイグラスの学長にこんな裏の顔があったとは。
公式にはサラが元冒険者であることや手練れであることは公表されていないため、隠れた設定を見つけたときのような気分だ。
何にしても、これで目の前の問題は解決したと言えよう。
「そっか、助かったよ。けど、あまり一人で戦闘するのは関心しないな」
「犯罪に対する現行犯逮捕は村の決まりにも反していないかと思われますが?」
「……まっ、いいけどね。さっ、終わった終わった。まずは事後処理だ」
そのあと、俺は未爆破の地雷や死体の処理やらで忙しい日々を過ごすこととなった。
ゲームならここらへんは勝手になくなるが、ここだとそういうわけにはいかない。
なんとも不便なことだ。
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