第28話 防災訓練をしよう!

 馬上豚貴族がやって来た次の日、俺はみんな(主に女性)を部屋に呼んである計画を発表していた。


「避難訓練をするぞ!」


 ババーン、っと手を掲げて言ってみたはいいが、皆はぽかんとしており、これにどう反応すべきか迷っている様子。

 そのため、ミリーが仕方はなしにいつものようにツッコんでくるのだった。


「なんていうか……、あんたってブレないわね……」

「当たり前だ! 昨日来たクエなんとかっていう野郎はどうせ自分の軍隊引き連れてロド村へ攻めて来るに違いない! こちらもそれ相応の準備が必要になる」

「クエまで言ったらあと一文字なんだから最後まで言ってあげなよ」

「というわけで、今日は住民全員で避難訓練をすることにする。何事も日々訓練をしておくことが重要だ」

「てっきり防衛の準備をするのかと思ってたわ」

「そんなん俺一人で十分だ。よし! いくぞ! みんなで避難訓練だ!」


 用意していた紙を各人に配っていく。


「なにこれ?」

「お前たちの担当場所だよ。お前らには防災リーダーをやってもらう」

「防災リーダー? ってなに?」

「うーん、まあ簡単に言うと連絡の指示を出したり受けたりする人かなぁ。って言っても基本的にはマニュアル――動き方が書いてあるカンペみたいなもんを見ながらの行動になるかな。避難訓練はマニュアルがあることと、誰がどのマニュアルを見ればいいかがわかっていることが重要なんだ!」


 いまいち彼女らにはピンと来ていない様子だ。


「頭に入っておく必要はないのね……」

「緊急時ってのは早々やってくるもんじゃないんだよ。だから、全部を頭に入れとくってのは結構大変なんだ。だから、マニュアルを用意しておいて、まずは不格好でもマニュアル通りに動けるようにする。今日はそれをやっていく」


 サラの手があがる。


「ほいサラ!」

「緊急時にはマニュアル外、いわゆる想定外の事態も想定されるかと思われます。その場合はどのように対応すればよいのでしょうか」

「いい質問だ。マニュアルってのはいわゆる最低限なのさ。これだけは絶対に押さえなきゃいけないってとこだけを抑えておけばいいんだよ。最低限以上のことなんて、その場その場で考えながら臨機応変に対応するしかやりようないからね。そこは自分で考える。逆に全部をマニュアル化するのはナンセンスだよ」

「なるほど。つまり絶対にやっておかなければならない行動だけは機械的にできるようになっておこうという目的というわけですね」

「そうだね。まあそのときになると実際には機械的にできないんだけど……。さっ! そしたらやるぞ」


 こうして住人全員を巻き込んだ避難訓練を実施していった。


      *


「まあ、こんなもんか」

「これで終わり? 何か味気ないわね」


 大広間にて全員集合している中、ミリーには物足りない様子。

 いや、ミリーどころか他のメンツも同様だ。


「そういうと思っていたぜ! そんなお前らのために、これを用意していたぞ! ババーッン!!」


 わざわざ効果音まで自ら発声し、俺は用意しておいたをミリーやそのほかのメンバーへと手渡す。


「な、なにこれ?」

「ズバリ! 消火器訓練をするぞ!」

「しょ、消火器?」


 かなり不格好ではあるが、創造魔法で創り出した消火器を彼女らへと渡す。


「火を消す道具だ。火事が起きた時に役立つぜ」

「火なら水を使えばいいじゃない。あたしなら魔法でも出せるわよ?」

「うわぁ……。でたでた、蛮族の発想だよ」


 イラッ!


「な、なんでよ! 火を水で消すのなんて普通じゃない!」

「いやいや、消火器の方が断然使い勝手がいいし、消火性能が高いよ。第一、世の中には水をかけると逆に激しく燃えたり爆発する物質ってのもあるんだ」


 ミリーたちが嘘だぁの顔をしてくる。


「水をかけて燃えるなんて、あるわけないでしょ」

「そしたら実演してやるよ」


 ナトリウム片を創造魔法で創り出し、地面へと置いて、みんなをかなり遠くへと下がらせた。


「おーし、ミリー、水かけてみていいぜー!」

「そ、そんな風に離れられると流石に警戒しちゃうんだけどー!」


 遠くで叫ぶミリーは不安気な表情となりながらも水魔法を発してから身を伏せる。

 すると――、


 ドガァァァン!


 ナトリウムを置いたと思われる場所で火柱があがり、ミリーが吹き飛んでくるのだった。


「おわああああああああ、ぐえっ!」


 ミリーはそのまま木に激突し、無残な叫びが聞こえたと思ったらそのまま地面へと倒れ伏す。


「あー……。やっぱ近すぎたか。ちょっと危ないかもって思ってたんだけど」

「言えよ!!」


 がばっと起き上がりながら、第一声で文句を言ってくる。

 元気そうでなによりだ。


「んで消火器なんだけど――」

「無視すんなや!」

「今後はナトリウムとか、それに類似した物質も扱っていくから、消火器の使い方はみんなに覚えておいてもらいたいかな」


 エリナの手があがる。


「はい、エリナ君!」

「あ、えっと、消火器と水の消火は何が違うんでしょうか?」

「当然の疑問だね。消火の方法ってのは通常三つの方法が知られている。冷却法、窒息法、抑制法だ。よし、エリナ、問題だぞ。物が燃えるっていうのは化学的にいうとどんな現象だ?」


 必死に頭を回し、エリナは慎重に口を開いていく。


「えっと、急速な酸化現象……、でしょうか?」

「おおおお! 正解! 一般的には酸素と急速に反応して熱と光を発する現象だな! 木や紙が燃えるのは空気中の酸素と反応しているからだ。だから酸素がないところだと木とか紙ってのは燃えない。逆に石が燃えないのは、すでに酸化してたり、酸化を起こすために高熱が必要になるからでもある」


 正解で来たことに、エリナはガッツポーズをつくっている。


「よって、消火とはこの酸化現象を止めることを考えればいい。一つ目がミリーの言ってた水をかける――冷却法だな。物質ってのはある温度以下になると酸化反応が著しく進行しにくくなるっていう性質がある。これを利用して、水で冷やすことによって消火は行える」

「あの、活性化エネルギーというやつでしょうか?」

「おおっ……! おおおお! そこまでわかんのか! エリナすごい!」


 彼女の両肩を持って手放しにほめたたえると、エリナは頬を染めていた。

 対して、他の女性陣はどこか面白くなさ気だ。


「それに対して窒息法は――」

「酸素と接触させないことじゃ!」


 意外や意外にも、リューナが対抗心を剥き出しにしながら、答えてくるのだった。


「おっ? リューナ正解。んじゃあ具体的にはどうやってやる?」

「それは……、ひ、被膜を作るとかではどうじゃ?!」

「うん! 半分正解! 泡を発生させるタイプの消火器もあってそれが被膜窒息式の消火方法だね。あとは二酸化炭素を吹きかけて窒息消火するなんてのもあるかな。ナトリウムに対してはもっぱらこれが有効だ。さて、んじゃあ最後の抑制法を答えられる人はいるかな~?」


 と周りを見渡すと、これに名乗りをあげてきたのはまたもエリナであった。


「酸素以外の物質で酸化反応を起こす、とかでしょうか? 反応熱が低ければ消火につながるはずです」

「いやぁ、やっぱエリナはセンスあるな。その通り、物質と物質の酸化反応で発生する熱は物質の種類によって異なる。木と酸素だと結構熱が出るけど、酸素を別のものに置き換えれば熱がそんなにでないのもある。そして、酸素の代わりに反応してしまえば、酸素が反応する余地も潰してくれる」


 みんなに手渡した消火器を俺も掲げて見せる。


「一般的な消火器はこの抑制法の原理を使っている。中身はリン酸アンモニウムと硫酸アンモニウム。なんと肥料と同じ成分なんだ。だからすでに量産可能でもある。あとは容器と液体二酸化炭素がありゃいいだけなんだぜ。……って言っても液体二酸化炭素がちょっと難儀なんだけどな」


 意外と肥料が消火にも役立つと知り、皆は興味津々のようだ。


「そしたらこれの試し打ちを各人でやっていくってことで」


 その後、火をつけては消火器で消す、というのをたくさんの人に体験してもらった。

 粉体を高速噴出する消火器にみな興味津々の様子で、避難訓練よりはだいぶ楽しんでもらえたと思う。

 科学のすごさを体感してもらうという目的もこれで達成である。

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