第27話 後悔の念

 元無限魔素ポイントとなっていたレーメルの丘は今や発電機やら工場系設備やらがいろいろと立ち並んでおり、自然とはかけ離れた場所となっているのだが、十字石碑のある場所だけは手つかずで残してある。

 ミリーはそれに縋り付くように座り込んでおり、酷く痛ましい姿に見えるのだった。


「ミリー」

「アサヒ……」


 俺の姿を見るや、彼女は嬉しいような悲しいような、そんな表情となってしまう。

 だが、しばらくの沈黙の後、ミリーは無理矢理に笑顔をつくってきた。


「……は、ははっ、バ、バレちゃったか。えっと、政略結婚っていうやつ? あ、あたしは貴族令嬢で、ゼノン・ゼイベルアはゼイベルア家の次期当主だから、どうしても逃げらんなくて――」


 言い訳でもするかのような表情で。


「ミリー」

「あ、あいつ酷いんだよ。結婚が決まった夜にはもうあたしの部屋に乗り込んできて、け、けっこう拒否したんだけどね、な、なかなか、その、断れなくて。無理矢理っていうか、半ば強引にっていうか――」


 声まで震え出し。


「ミリー」

「あっ、いいのいいのっ! 今はもう気にしてないからっ! あたしこんな感じで今は元気だし、けっこう楽しく――」


 ついには涙がこぼれた。


「……あれ。あ……っ、いや、違うの。これはそういうんじゃなくて――」


 だから彼女のことを抱きしめた。


「俺さ。こういうとき、気の利いた言葉とか言えないけど……、胸ならいつでも貸してやる。無理すんな」


 堰を切ったようにミリーの目には涙が溢れ、彼女をギリギリに支えていたものはすべて崩れ去ってしまうのだった。

 そんな彼女を俺は泣き止むまで静かに撫でてやることしかできないのだった。


  *


 夕刻時となったころ、ようやく彼女の方から声をかけてくれる。


「あんた、こういうこと絶対してくんないって思ってた。意外と優しいのね」

「文明人だからね。今日来たような蛮族とは違うんだ」


 そんな風に返すと、彼女は小さくほくそ笑んでくれる。


「てっきりエリナが来ると思ってた。アサヒは絶対来てくんないって思ってたもん。だから、ちょっと嬉しいかも」

「ミリーには世話になってるからな」

「……SI単位系として、とか思ってるでしょ?」


 ジト目を送られてしまう。


「ははっ。それもある。けど、前も言っただろ。俺はお前に感謝している。この世界のことをなーんにもわかってなかった俺にいろんなことを教えてくれた。本当は知ってたはずなのに、知らなかったから」


 ミリーから宇宙人でも見るかのような視線を送られてしまう。


「ねぇ? その……、言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど、アサヒって違う世界から来たの?」


 そんな風に問われて、目を見開いてしまう。


「ときどきね、そんな風に思う時があるの。アサヒはきっと、あたしの知らない遠いとおーい世界から来たんだって」

「……」

「それで……その、気を悪くしないでよ。あたし、思うの。あなたがいた世界は……きっと……すごく、とっても悲しい世界だったんだって」


 彼女の温もりを感じながら、思わずその頭をまた撫でてしまう。

 そこにある大切なものを信じたくて。


「――少しだけ、俺の話を聞いてもらえるか?」


 胸元で小さく頷く彼女に、俺は言葉を続ける。


「俺は……兵士だったんだ。って言ってもたぶんミリーがイメージするような兵士とは全然違う。ずっと戦っていたんだ。来る日も来る日も朝も昼も夜も、寝ることもなく永遠に」


 視線が自然と夕日の方へと向いてしまう。

 その先にある元居た世界の方へ。


「世界を巻き込む大きな戦争が三回あったんだ。一度目と二度目は歴史で学んだだけ。俺が直接経験をすることになったのは三度目だ。……いや、正確には――俺たちが戦いを挑むことになった」


 再び視線を自らの手の平へと向ける。


「いっぱい殺した。たぶん、ミリーが想像するよりも、たくさんの命を奪ってきたよ。俺は」

「アサヒが後悔しているのは、それなの?」


 小さくなりながらそんなことを。


「……よく俺が『後悔している』って気付いたね」

「気付くわよ。だって私……、アサヒのことよく見てるもん」

「そうか。――いや、俺は命を奪ってきたことを後悔はしていない。たぶんこれからも、俺はたくさんの命を奪うことになる。きっとこれは俺の宿命なんだ」

「エリナやリューナから聞いたわよ。クレイグラスに行った時、彼女らには可能な限り殺傷を控えるように言ったらしいわね。アサヒ、どうしてなの? 別にいいじゃない。殺す殺されるなんて冒険者やってればよくあることよ。とくにリューナは普通に他種族として生きていた身だから、むしろそれが常識だと思うわ」

「まあ、そうだよな……。それは――」


 儚く笑って見せる。


「――お前らに文明人になって欲しいからだ。俺の村に住む以上、もうこれからは殺しなんて縁のない世界を生きていて欲しい」

「でも、あなたは殺しを続けるんでしょう? あなたはその中に入ってないの?」


 俺の胸を掴むミリーの手に力が籠るのを感じ取ってしまう。


「……技術ってすごいよな。なんでもできる。なんでもつくれる。なんでも叶えてくれる。人の夢がここには詰まっている」

「話を逸らさないで」

「人を幸せにするためのものなはずなんだ、技術ってのは。お前たちが幸せになるためのものなんだよ」

「質問に答えて」


 俺はいつの間にか、彼女を胸元から引き剥がしているのだった。


「ミリーの言う通り、俺は後悔している。だから俺はネトゲに逃げたんだ。現実という場所があまりにも辛くて。ミリーに会えたのは――」


 彼女の瞳を真っ直ぐに見る。


「――神様が俺に与えてくれたチャンスだと思えた。アルスもミリーも、それにセイラも、お前らのパーティが差し出してくれた優しさを、俺は今でも忘れていない。すごく嬉しかった。初めて、生きた心地がした。だから俺だけは殺しを辞めるわけにはいかないんだ」

「……よく、わからないわ」

「わからなくていい。いや、わかってほしくない」


 未だに不安げな表情を浮かべる彼女の頭を再び撫でる。


「今日来た蛮族はどうせまた来る。次はきっと軍隊を引き連れてくるだろうさ。今度も、人類の英知の結晶の強さを見せてあげるよ」


 そう述べて、彼女に背を向けたところで、彼女の方から背中に抱きついてくる。

 たぶん、さっきとは別の涙を流しながら。


「……っ。ねぇ、なんで、そんなに、あなただけが悲しいことをするの?」


 なんでか。

 それは俺が後悔をしているからだ。


「言っただろ。技術は人を幸せにするためにあるものだからだ」


 そう言って、彼女を引き剥がしながら俺はその場を後にするのだった。

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