第19話 ギルドクエストをこなそう!

 学園都市クレイグラス。

 中盤一歩手前に存在するこの都市では、主にアイテム制作方面と魔術方面で世話になることが多かった。

 十日間の馬車移動を経てようやく到着した俺たちはさっそくコンテストが行われる錬金術ギルドへ赴いたのだが――


「コンテストでしたら半年後の開催となります」


 職員に一言そう告げられて、絶望に膝を屈することとなってしまったのである。

 ミストラルバースオンラインでは月に一回くらいのペースでコンテストは開催されていた。

 なのにこの世界ときたら、なぜそのあたりの仕様変更が起こっているのか……。


「マジ、か……」

「アサヒ様、お気を確かに……」

「半年待てばよいではないか。その間にわらわとまぐわっておればよかろうて」

「リュ、リューナさん! アサヒ様にそういうったことを気軽に言わないで下さいっ!」

「なぜじゃ。わらわははよぉアサヒの子が欲しいと思おておる。それとも、わらわがアサヒと子を成すとなにか不都合があるのかえ?」

「い、いちおう私がアサヒ様の妻なんですっ! アサヒ様は渡しませんっ!」

「尚更わからん。なぜアサヒの妻は一人になるんじゃ。より強き者が欲望のままに子種を振りまき、多くの子を成すのは生物として普通ではないのかえ?」

「こ、こ、子種……っ!!? ア、アサヒ様はそんな破廉恥な方ではありませんっ!」


 何を想像しているのか、エリナの顔はトマトよりも真っ赤になっている。


「お前ら、ギルドのど真ん中で恥ずかしい会話しないでね。一応二人とも黙ってれば淑女に見えるんだから」


 呆れた声を飛ばしながらギルドを出ようとすると、再び職員から声がかかる。


「あ、お待ちください。錬金術師の方ですよね? コンテストは先の話となるのですが、魔物討伐の依頼でしたら多数来ておりますよ。最近は数が増えておりますので」


 何のことを言われているのか分からず、首を傾げてしまう。


「……発明コンテストと魔物討伐ってなんか関係あんの?」

「コンテストに参加されるということは、あなたも何か新たな武器を開発されているのではないでしょうか? 魔物討伐依頼をこなすことで錬金術師としての名声を高める方もおられますので」

「?? ん? ちょっと待って。コンテストって武器発明が主なの?」

「はい。年に一度開催される発明コンテストはもっぱら新規武器のお披露目会となっております。各国の重鎮の方もいらっしゃいますので、それはもう大盛り上がりとなりますよ」


 あー……、そっか。

 よく考えたらミストラルバースオンラインではプレイヤーたちがコンテストで凌ぎを削っていたため内容は独創性を求められた。

 だが、この世界では人々の役に立つ発明を求められているってわけか。

 軍事なんて、まさにその最たるものだ。


「魔物討伐の依頼をこなすと名声って上がるもんなの?」

「はい。通常では倒せないような魔物を狩ることができれば、この街でちょっとした話題になりますよ。当ギルドでは魔物討伐依頼の仲介も行っておりますので、ご入用でしたらお声がけください」


 そう言えばそんなシステムあった気がするな。

 デイリークエスト的に依頼ができたはずだが、それをやるとなると問題は――、


「ランクってやっぱFから?」

「よくご存じですね。まずは当ギルドに加入いただき、ランクに応じた魔物を討伐していただきます。依頼を何度もこなせばランクが上がって、より難度および報酬の高い依頼を受けることもできるようになりますよ」


 ということは、いきなり高い名声を得ることはどちらにしても無理というわけだ。

 だが、現段階でそもそもの大きな問題があることに気付いてしまった。

 悩む俺に対し、リューナから疑問が飛ぶ。


「アサヒよ、何を迷うんじゃ。登録して魔物を倒せばよいのじゃろう? アサヒであれば簡単であろうて」

「いや……、クレイグラスでの目的達成がそもそも難しいかも、って思い始めてた」

「なぜじゃ?」

「……なんでもない。よし、そしたら登録しよっかな。依頼はヨモギの採取クエストをお願いできる?」

「ヨモギ採取のクエストがあるとよくわかりましたね。承知いたしました。では少々お待ちください」


 エリナとリューナの分のギルドカードを作成し、早速都市外に出て薬草採取に行く。

 ちなみに俺もかつて冒険者だったためすでにカードを持っているが、ランクはFから上がっていない。


「しかし、ずいぶんと素直に話を聞くんじゃの? てっきりアサヒのことじゃから、別の手段を考えるのかと思おておった」

「んまっ、コンテストがないなら仕方ないよ。それに武器のコンテストならあんま出たくないかな」

「地道にランク上げかの? わらわも手伝うぞえ」

「え? そんなんやらないよ。Bランククエをやることにするよ」

「……人間社会のことをあまり知らんのじゃが、ランクと言うのは飛び級が可能なものなのかの?」

「できないよ。普通はね。まあ、見てなって」


 不思議な表情となるエリナとリューナを横目にさっさと目的地を目指す。

 場所はクレイグラスから少し距離のあるゼブの森だ。

 ギルドで受けた依頼はヨモギの採取だが、Fランクの依頼ということもあって、ヨモギは街の近隣どころか街の中ですら採取可能なアイテムだ。

 それをわざわざこの森へと取りに来たのには理由がある。


「こ、ここにヨモギが生えているのでしょうか? 道中にもあったような気がしましたが」

「いやいや、ヨモギになんて興味ないよ。俺が興味あるのはこの何の変哲もないFランククエストの隠しルートだね」


 このクエストは街中採取でも達成可能であるため、わざわざこんな場所にまでやってくる者は少ない。

 それでもネトゲというのは不思議なもので、この森へとわざわざ採取に来る物好きもいたのである。


「隠しルート……というのは何なのでしょうか?」

「ちょっと待ってね。そこの木の根がちょうどいいや。そこの影に隠れて。このクエはゼブの森で採取を行うと確定で乱入を受けるようになってるんだよ」


 三人してそこへと入り込み、地面へと仕込みをしながら俺は持参していたライフル銃に不備がないかを確認していく。


「乱入? ですか?」

「うん。ランクD冒険者がゼルペナから逃げてくるから、それを迎撃する」

「ゼルペナ!? ゼルペナって、あの凶悪な魔獣ゼルペナですか!?」


 ゼルペナとはサイを二倍くらいに大きくした魔獣で、気性が荒く、人を見ると問答無用で襲い掛かって来る。

 中盤に出現する蜘蛛人のリューナとは同程度の強さで、中盤手前に存在するクレイグラスに来たばかりのプレイヤーが戦おうものなら惨憺たる結果となろう。


「わらわが戦うかの? アサヒの役に立ちたいのじゃ」

「いや、リューナはもう戦うとかそう言うことを考えなくていいよ。戦闘は基本的に俺がやるから」

「じゃが、ゼルペナ程度であればわらわも戦ったことがあるゆえ」

「関係ない。今後そういうことしたらロド村から出てってもらうから」

「……わかったのじゃ。じゃが、どうしようもあらん時は戦うぞえ?」

「うん。自己防衛の限りなら認めるよ。まあ、そもそもこれは前哨戦みたいなもんだしね」

「そうなのかの。……ところで、アサヒはなぜゼルペナが来ると知っておるのじゃ?」

「なぜって言われても、知ってたからとしか」

「冒険者が逃げてくるという以上、これは偶然の産物なのであろう? じゃが、おぬしはその偶然の産物を知識として知っておった」


 このアラクネさん意外と抜け目ないな。


「ふーん。それで?」

「わらわの見立てじゃが、おぬしは未来を予知する力を持っておるのではないのかえ? ロド村でつくっておる奇怪な代物も未来の産物を予見してつくられておるんではないのかの?」


 おー、リューナいい線ついてるな。

 だいぶ惜しい。

 正確には、こことは別の世界で、かつここよりも文明が発達した世界から来た、というだけだ。

 だが、それを説明するのはだいぶめんどくさい。


「答えるつもりはないよ。企業秘密ってやつだから」

「……わかったのじゃ。では勝手に考察させてもらうかの」


 そんなことを話していたら、向こうの方から四人組の冒険者が文句を垂れながら走って来た。


「クソッ! なんでこんなところにゼルペナがっ!」

「走れ! 追いつかれたら食われるぞ!」

 

 四人は必死に足を動かして迫りくるゼルペナから逃げているのだが、四人の内、魔法使いの少女は息が上がっており、体がまともに動かせていない。

 すでに全力疾走で逃げてきた後なのか、走るのがかなり辛そうだ。

 と思っていたら、小さな悲鳴を上げながら足がもつれて転んでしまった。


「きゃっ!」

「ミシェル!」

「……いっつぅぅ。ダメ、挫いちゃったわ。もう見捨ててっ!」

「んなことできるかよっ!」


 パーティの剣士、弓使い、斧使いがそれぞれ各々の武器を手にゼルペナへと対峙する。

 ここまでの挙動は想定通りなのだが……、


「ゼルペナが三匹もいる……」


 ゲームだとここは一匹だったはず。

 クエに関してはおおよそ俺の知っている通りに進行してくれるのだが、微妙に異なる点があったりもする。

 ライカクエの時はあれほど非現実的なクエストフラグを押し付けて来たくせに、これにも何か法則性があるのだろうか。


 まあ、なんにしても、今は迎撃だ。

 この位置を陣取ったのは、冒険者を射線上に入れることなく魔獣を狙うことができるからである。


 ダァン! ダァン! ダァン!


 ライフルでの射撃を開始し、ゼルペナに風穴を開けていく。

 中盤モンスターとはいえ、銃弾を何発も喰らえば死に至るであろう。

 流石に目などの特定の部位を狙えるほどの命中精度や技量はないが、単にダメージソースとして有効にはたらく。


 側面攻撃を受けたことで動揺している間に一匹目を沈め二匹目へ。

 ライフル銃はこの世界において俺しか持たない武器だ。

 未知なる攻撃にさぞ困惑していることであろう。

 二匹目が動かなくなったところで、三匹目はこちらへと突っ込んでくる。


 いい判断だ。

 何をされているかわからずとも、奴らの一番の武器はその巨体を生かした体当たりとなる。

 がむしゃらにこちらへと突っ込んでくるのは普通ならば正しい行動と言えよう。

 だが――、


「すまんね。突っ込んでくることは想定済みなんだ」


 ドガァァァン!


 俺たちがいる一歩手前のところで地面が爆ぜて、ゼルペナの体が四散するのだった。

 土煙が晴れていく。


「……やはり、アサヒの奇怪な技には敵わんのう。あのような不意打ちを受けてはたまらんじゃろうて」

「アサヒ様、流石でございます!」


 世辞を聞き流しながら、襲われていた冒険者たちの方へと歩み寄っていく。


「あー、大丈夫? ケガはない?」


 冒険者たちは見たこともない俺の攻撃に茫然としながらも、助けてもらったことに感謝を述べてくる。


「あ、ああ。助かった。もうダメかと思ったよ。……俺はリゲルという、弓使いの彼はラゴ、斧を持つドワーフがビーゼア、最後に魔法使いのミシェルだ。本当にありがとう」

「気にしなくていいよ。俺はアサヒ、こっちがエリナとリューナね。っで、なんでゼルペナなんかに追いかけられてたの?」


 彼らは蜘蛛人のリューナにぎょっとしながらも、敵意なく普通に俺らと一緒にいたため、そのまま会話を続けてくれる。


「実は、俺らはこの先にあるクレイグラス遺跡の探索を、ギルドの依頼で行ってたんだ。だが、入ってすぐにゼルペナが襲ってきて逃げて来たんだ」

「そっか。災難だったな」

「ああ。だが、どうしたものだろうか……。この辺りでは最近行方不明事件が多発していて、遺跡に何らかの原因があると踏んでいるんだ」


 ややも逡巡したのち、彼は慎重に問いかけてくる。


「……その、もしよければ、同行してもらえないか? 君ほどの強さの持ち主なら来てもらえると非常に心強い。もちろん報酬の取り分はそちらにも渡す。6:4でどうだ? こちらが4だ」

「依頼の報酬はいいよ。俺らが森に来た目的はここいらの魔物討伐なんだ。討伐した魔物の証を全部俺らにくれるって条件なら同行するよ」


 討伐した魔物は耳などを切り落として討伐の証とすることで、数に応じてギルドから褒賞が出る。

 まあ今回の目的は別のところにあるが。


「わかった。よろしく頼む」


 差し出された手に握手を返し、小さく微笑むのだった。

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