第18話 発明コンテストに行こう!

「申し訳ございません、アサヒ様……」


 石油を分留し、数多くの材料が手に入るようになったのだが……、それを扱う段階になって数多くの問題が生じることとなった。


「うーん、化合物の成分を説明するのはエリナにはまだかなり早いなぁ……。いっぱいあるし単純な物質でもないし法則性もいろいろと覚えないといけないし。これは本格的に勉強タイムが必要だ……」

「構いません、アサヒ様! 私、勉強したいんです! あなた様に近づきたいんですっ!」

「けど大変だよ?」

「アサヒ様、私も半導体やネトゲというものがどのようなものか見て見たくなりました。蛇口から水が出るようになって、あれほど大変だった布づくりが一瞬で終わっていくのを目の当たりにして、心から感動してるんですっ! お願いです! 教えてくださいっ!」

「エリナ、お前……、わかってきたじゃないかっ! いよぉし! ならば化学を一から全部叩き込んでやるぞ!」


「石油を使って何かをつくるんじゃなかったの……??」


 などとミリーがジト目を送ってきていたが、そんなことはどうでもいい。

 優先順位が変わった。


 ~一か月後~


「よし! 基礎科学はだいたい理解できてきたな!」


 本当は有機化合物を使っていろんな便利道具を生み出し商売をしていく予定だったが、そんな後回しで最近は化学の基礎講習に注力している。

 生徒はエリナ、ミリー、ライカ、リューナ、カシュアの五名だ。

 最初はエリナだけだったのだが、二人きりでみっちり授業をやっていたところ、ミリーも受けたいと希望を出して来て、その後すぐにライカたちも話を聞きつけて授業に参加していった。

 講習では定期的に小テストを用意したのだが、エリナは満点近い成績を修めている。


「う~、エリナに勝てない」

「ぐぬぬぬ、強敵じゃの。出張営業のときもそうじゃったが、エリナは物覚えが非常に良いのじゃ……」


 この中だとエリナの次点がミリーで、その後にライカ、リューナ、カシュアが続くと言った感じである。

 ミリーが高等教育を主席で卒業したというのもあながち嘘ではないのかもしれない。

 彼女はぶーぶー文句を言いながらも、なんだかんだ教えたことはだいたい吸収していた。


「それで? かごーぶつがどうのこうのとか言ってなかったっけ? あれはもういいの?」

「うん。有機化学はもちろんやっていくが、それよりももっと効率のいい方法を思いついたんだ。ズバリ! 学校をつくるぞ!!!」

「……はぁ?」

「学校を作って化学の基礎共用を広く普及していく! これは今後絶対に必要になると考えていたから今やったところで問題ない! そもそも半導体はサプライチェーンがデカすぎるんだよ。それを全部俺一人でやってくなんて無理だ。ならば必然的に人を増やすという選択肢になるというわけだ」

「うーん……。理解できなくはないけど、そこでまたあんたが先生をやるってわけ?」

「何言ってんだ。先生はお前たちがやるんだよ」


「「「「「はぁぁぁ!!?」」」」」


「いやいや、何のために基礎から教えたと思ってんだ。お前らは十分素質があるぞ! 一か月でここまでレベルアップするとは正直思っていなかった」

「いや、そうは言っても、幾らなんでも無理があんでしょ!」

「大丈夫。お前ら教師陣に対する教育ももちろん継続して行っていく。だが、今はとにかく時間と人手が足りないから、俺が教師陣を教育するのと並行して、お前らも生徒を抱えるんだ」

「えぇぇぇ……」


 ミリーが不安を吐露する横で、リューナが手を挙げる。


「わらわは一向にかまわん。むしろ教える立場となって自らを追い込んだ方がより学びが多いと考えておる。じゃが、生徒となる者はどのような者たちじゃ? ロド村の村民を生徒とするのかえ?」

「いや、ロド村はロド村でやることがいっぱいあるから、外から招こうと思ってるよ」


 現在ロド村は農地を急拡大させている途中にある上、衣類生産や肥料生産の工場にも人手を割かれているのだ。

 おまけに蜘蛛人や魚人は狩猟による食料確保も必要となる。

 商人から食料を買い込んでいるとはいえ、すべての物資を賄えているわけではない。


「外から、とは具体的にどのあたりじゃ?」

「そりゃもちろん、学園都市クレイグラスからだ。あそこにゃ魔法を学びたい人とか、錬金術師になりたい人とかいっぱい来てるでしょ? そこで俺らのことをアピールして村に招こうって算段だよ。ついでに今後建てていく工場の面倒もそいつらに見させようと思っている」


 元々、工場を基礎知識のない村人に管理させるのはかなり危険だと思っていた。

 識字率すら高いわけでもないロド村を発展させていくためには、教育機関の確立も課題と言えよう。

 それに、今後あらゆる材料とプロセスをつくっていくにあたって、すべてを俺一人に頼るわけにはいかない。

 専門家の擁立は絶対に必要なことだったのである。


「そう簡単に行くのかの? ただ宣伝を行ったとてロド村に来てくれるものじゃろうか?」

「ふっふっふ、それについてだが、ちょうどいいイベントを知ってるんだ!」


 人差し指を立てながら説明する。


「ズバリ! クレイグラスの発明コンテストに出場するぞ!!」

「発明コンテスト??」


 ミストラルバースオンラインにおいて、ほぼすべての法則が現実世界の物理化学に則ることを生かして、一部のプレイヤーたちが凌ぎを削っていたゲーム内コンテストである。

 ゲームでは用意できる設備や発展できる技術がどんなにやっても二十世紀に届かないため、どちらかというとイグノーベル賞に近い突飛な発想や、独創性のある発明が受賞をしていた。

 だが、ここならば制限なく何でもできてしまう。


「発明コンテストには錬金術師がいっぱい集まるし、優勝すれば俺らの技術力の宣伝にもなる」

「なるほどのぉ」

「んで、誰を連れて行くか迷ってるんだよねぇ。行くとしたら俺と後二人かなー」


 その言葉を発した瞬間、部屋の空気が変わった。

 言いも知れぬ緊張と静けさが舞い降り、例えるなら、ミストラルバースオンラインの終盤に出てくる強大なボス部屋の前にいるかのような冷たさを背筋で感じ取ることとなってしまう。

 とくにミリーとエリナが瞬きをするのも忘れて何かを必死に思考している。


 ――え? 俺そんな変なこと言った?


「あー……、んで、誰か行きたい人いる?」


「私がいきたいです!」

「あたしがいきたい!」

「わらわが行くのじゃ」

「私が行く!」


 四人が同時に声をあげ、唯一カシュアだけはこの現状に頬を掻いていた。


「えーっと……、四人はさすがに多いかな……」

「この前メルサスにはエリナとミリーをついて行ったのじゃ。次はわらわを連れて行ってたも」

「か、関係ないじゃないっ! あたしがいくわ! 元貴族のあたしならクレイグラスでも顔が利くもの!」

「発明コンテストに出るんでしたら今日までの成績が一番よかった私が行くべきです。アサヒ様の一番役に立てるのは私です」

「ま、万が一力仕事が必要になったらこの中で腕力が一番ある私がアサヒ殿についていくべきだ!」


 ふーむ。

 みんなやる気はあるようだ。

 けっこうなことではないか。


「よし、そしたらこれまで教えた内容の応用内容の試験を三日後にやる。それの成績上位二名が同行ってことで」


 そんな風に焚きつけると四人は必死に勉強をするのだった。

 三日後、試験は少し意地悪く、東工大方式の問題にした。

 東京工業大学。

 理工系大学として日本トップクラスのこの大学では、化学の問題文が必ず『下記の選択肢の内、正しい内容を一つか二つ選べよ』というものとなっている。

 この『一つか二つ』というのが非常にミソで、一つしか答えがないのに二つを答えてはバツになるし、二つ答えがあるのに一つの答えでも当然ペケとなる。

 網羅的な理解度がなければ得点を得ることはできないのだ。

 結果は――


「あぐぅぅぅぅ、あと二点だったのに……」

「くぅぅ、リューナに負けてしまうなんて……」


 エリナとリューナの勝利となった。

 というわけで、彼女らとクレイグラスに行くこととなったのである。

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