第17話 石油を精製しよう!

 結局、カシュアの対応はエリナと同じく偽装結婚という形で話がまとまることとなった。

 なぜカシュアと結婚するとピカールだけでなく他の鍛冶師までついてきてくれるのかには甚だ疑問があったが、恐らくゲームの仕様に従っているのであろう。

 ついてくる方が俺にとっては都合がいいので、余計なことにはツッコまない。


 そして数日が経ったとある日。


「サプライチェーンが全然ダメだ!」


 自分の部屋にて今後の方向性を考えていた俺は足りないものだらけの現状に頭を悩ませていた。


「何言ってんのよ? あんたの作ったもんのおかげでずいぶん生活は豊かになってるじゃない。衣類を大量に売っているおかげでお金も結構な額稼いでるんでしょ? これ以上何が足りないって言うのよ」


 ミリーがいつものごとく勝手に俺の部屋に入り込んで勝手にツッコみを入れていく。


「あらゆるもんが足りねぇわ! 有機物も無機物も金属も全部が全部足りてねぇんだよ! かけそばしか売ってない蕎麦屋みたいなもんだわ!」


 現在ロド村で作れるもの。

 食料、水、肥料、衣類、電気、以上!


「そ、そば??」

「というわけで、今日は石油精製技術をつくっていくぞ」

「はぁ……あんたは相変わらず、突拍子もないわね。石油ってこの前あんたが回収させてた燃える水の事?」


 任意生産物の枠を一つ使って石油の採掘は既にできるようにしてある。


「その通り! 石油はすべての工業製品の血液のような物! むしろ今まで石油無しでよく頑張ってきたものだとほめて欲しいくらいだ!」

「あー、すごいすごいー(棒)」

「だが、石油と一口に言っても、採掘したての原油は用途があまりに少ない。ここらへんの任意生産物の仕様は不便だよなぁ。現実世界で採掘できるものしか採掘できない……。だが、文句を垂れても仕方がない! そういうわけで石油精製施設をつくるぞ! ついてこいSI単位系!」

「その変な呼び方やめてほしいんだけど……」

「場所は発電所から少し離れた場所にしておこう。万が一爆発でも起こされた日にゃ目も当てられないからな」

「爆発すんのかよっ!?」


 道を歩いているといつものごとくエリナが加わって来た。

 エリナは何かに理由をつけて俺の作業にくっついてくる。

 別に邪魔をされるわけではないので構わないが。


「その精製設備? というのはどういった設備になるのでしょうか?」


 今日もエリナがうさ耳をぴょこぴょこさせながら聞いてくる。


「うーん、まあ今までの装置と比べると普通かな。今回も物質を『分ける』ってのを基本として設備を作る。これまでも浄水設備ではゴミと水を分け、ガスマスクでは綺麗な空気と毒ガスを分けてきた。今回は石油中の成分を分けていくぞ」

「アサヒ様、その……、基本的な質問となって申し訳ないのですが、石油にはどういったものが含まれているのでしょうか?」

「別に申し訳なくなんかないよ。そこが一番重要だね。分けるという以上、何を分けるのかがわかってなければどう分けるかがわからない。石油は雑な言い方をすれば、沸点の違う混ざりもんの油みたいなもんかなぁ」

「混ざりものなんですね」

「この世に純物質なんてほとんどないよ。だいたいは混ざりものでできている。だから初期の頃ってどうやっても精製技術を作ってかなきゃいけないんだ。エリーって物質の三態は覚えてる?」


 彼女には日々家庭教師をつけており、物覚えがので科学の基本はだいたい身についているはずだ。


「あ! この前教えて頂いたやつですね。固体、液体、気体の三つの状態があるというやつです」

「そう。例えば水で説明するけど、水が水蒸気に変わる温度は必ず百度で、あれって物質によって異なるんだよ。それでここからが問題なんだけど。沸点が五十度と百度の物質が混ざってるときそれらの物質をどうやって分ける?」

「えっと、五十度で熱して先に沸騰してきた気体を何らかの方法で確保する、といったやり方ではどうでしょうか」

「うん。正解。それが分留の基本的なやり方。沸点が異なるなら沸騰する温度の差を利用すればいい。ただ、石油の精製は逆をやるんだ」

「逆? ですか?」

「混ざっているものを全部沸騰させちゃって、徐々に冷却していく。すると沸点の高いものから回収できるようになるんだよ」

「そうした方がメリットがあるのでしょうか」

「うーん……こればっかりは見せた方が早いかな」


 現地に到着し、創造魔法で目標の精製棟を建てていく。

 この辺は力仕事も必要になったのでライカを呼んで手伝ってもらった。


「ずいぶん大掛かりな設備なんですね」

「これでも小さいよ。ちゃんとした精油設備はもっとでかいから。けど、現状だとこのくらいのサイズが限界かなぁ」


 高さ五メートルくらいの分留塔ができあがっていく。


「原油を予備加熱炉で加熱して、高沸点の物質まで気化できるようにしておく。それを分留塔の下方で噴出させると一気に気化してすべての蒸気が一斉に上方に向かって飛んでいくんだ。上に行くほど蒸気が冷却されるからそれを高さで分け採っていくって感じになるよ」

「はぁ~、なるほどぉ~」

「これなら加熱は一回で済むし、連続稼働も可能だ。さてと、そしたら壁で囲うかな」


 分留等をさらに鋼鉄の壁で囲っていく。


「なんで壁で囲うのよ?」

「こっからが出たとこ勝負だからさ。紙の上での計算だとこれでうまく動くはずなんだけど、ダメだと大爆発するから」


「「「ええええ!!?」」」


 女性三人から非難めいた声が飛ぶ。


「ホントに大丈夫なの!?」

「まあ、こういうのはだいたいトライアンドエラーだから」


 不安そうに見つめてくる三人を横目に精油装置を稼働させる。

 分留が開始されるまでには余熱時間も含めてだいぶ時間がかかるのでしばらくは待機だ。

 いったん俺らは解散して、ここら一帯に人が立ち入らないようにしたのだが、二時間くらいしたら爆音が聞こえてくることとなった。


「あー、やっぱダメだったか」

「あんたね! もっと安全なものつくりなさいよ!」

「いやぁ、ちゃんとしたのを作ろうとすると鋳金技術のテコ入れからになるんよ。そっちはルートが長いからなぁ。ナフサを作れるようになるだけでも化学ルートが相当進行するから、先にやっときたいんだ」

「そうは言ったって、あんたが作った金属壁すら壊れてるじゃない!」


 叫ぶミリーが指さした先では、木々が真っ黒に焼け焦げ、高威力の爆弾でも爆発したかのような状態となっていた。


「うん。次は壁を二重にしよう」

「そういう問題じゃないわっ! 爆発しないようにしなさいよっ!」

「無理だな。現状だとミリーSI単位系も正確なところまでは測れないし、何度も試して運よくうまくいく奴を探すしかない!」

「当てずっぽうもいいところじゃないっ! 普段あたしのこと蛮族蛮族って言って来るくせに、これこそ知恵のない蛮族のやりそうなやり方じゃないのよっ!」


 俺は手をバッ! と掲げて決めポーズを取る。


「技術の発展に失敗はつきものさ」


 対するミリーの顔は呆れ切ったもの。


「……あんたそれ、全然カッコよくないからね」


 その後十二回の爆発を経て、ようやくまともに動く石油精製装置が稼働するのだった。


  *


「よし! 精油が手に入るようになった! 素晴らしいぞ!」

「何度住民に不安を与えたことか……」

「LPガス、ナフサ、ガソリン、灯油、軽油、重油が取り放題だ! いやっほい! 次はさらに細かく分留してくぞっ!」

「まだやんのね……」

「何を言う、これからが本番だ! ここからありとあらゆる化学製品の原料が手に入るんだ。アンモニアもすでにつくれるから、後は硫酸が手に入ればだいたい揃うな。ちなみに硫酸もバナジウム触媒が創造魔法で簡単に作れることが確認済みだから割と余裕で手に入る。つまり! 俺はほぼすべての有機化合物を手に入れたと言っても同然だわ! はっはっはっは!」

「なんていうか……。あんたが楽しそうで何よりだわ」

「アサヒ様! 私もいっぱい勉強させて頂きますね!」


 目を輝かせるエリナに向かっても、ジト目を送るミリーなのであった。

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