第20話 迷宮の化け物たち

 ミシェルさんの傷を回復魔法で治療して、目的の遺跡へと侵入していく。

 中はだいぶ広めのつくりとなっており、通路一つとっても象が通れるほどの大きさだ。

 魔物は今のところ一匹も出現していないが、ゼルペナが現れたこともあって、リゲルさんたちは慎重に遺跡を進んでいっている。


「しかしアサヒさんはすごいな。あのゼルペナを瞬殺していくなんて」

「所詮でかいサイだよ。不意遭遇戦だと大変そうだけど、こちらが不意打ちするなら問題なく倒せる」

「そうかい? 俺らじゃ不意打ちでも一匹がやっとだろうな。アサヒさんはギルドに登録しているのかい? もしそうなら、ランクも高位なんじゃないか?」

「Fランクだよ」

「Fランク!? そんな馬鹿な! アサヒさんならすぐ上がっていけるだろうさ。ゼルペナ三匹を同時に相手にできるとなりゃ、AかBくらいにはなると思うぜ!」

「ははっ。そうだといいな」


 乾いた笑いを返しながら道を進んでいく。

 すると、行き止まりの部屋へと到着した。

 部屋には二体の巨大な像が設置してあるだけで、他に何もない空間である。


「行き止まり? そんな馬鹿な。ゼルペナは遺跡から出て来たんだぞ。ここを住処にしてたにしても、何もないじゃないか」


 リゲルさんたちが部屋の調査を開始した。

 俺らも部屋へと入ったのだが、その途端――


 ゴゴゴゴゴゴゴッ!


 突如石壁が出現し、入口を塞いでしまう。


「なっ! 入口がっ!?」

「くそっ! 何がどうなっている!」


 と思ったら、次は天井から虫の魔物が大量に降り注いできた。


「アサヒよ! さすがに戦うぞえ! 自己防衛じゃ!」

「わかってるって」


 俺もアサルトライフルで迎撃を開始。

 エリナも一応魔法を振るってはいるが、この中で最も戦闘力が弱いのは彼女だ。

 俺は彼女の盾になるようにしながら攻撃を繰り出していく。


「くっ! 数が多い! このままじゃジリ貧だ!」


 リゲルさんたちは苦戦している模様。


「おいっ! 像の裏に隠し通路があるぞ!」

「アサヒさん、一旦逃げましょう! 敵が無限に湧いてきて対処しきれない!」

「オッケー。リューナ、エリナ、移動だ」


 全員でそのまま隠し通路へと逃げ込んでいくも、背後から虫の魔物たちが雪崩を打って押し寄せてくる。


「アサヒよ、不味いぞえ。先ほどのトラップが意図的に配置されたものであるなら、この通路へ逃げ込ませることもトラップ作成者の意図に沿ったものじゃ。逃げているつもりが追い込まれていることになるぞえ」

「おっ、リューナは鋭いね。俺もそう思うよ」

「ならばこちらへ進むのは間違っておる!」

「んじゃどうする? 後ろの虫たちと戦う? 言っとくけど、俺の持ってる弾も有限だからね」

「われら蜘蛛人を倒したときのような炎は出せないのかの?」

「出せるけど、ナパーム弾をこんな場所で使ったらこっちまで焼き殺されるよ。普通の爆弾にしても威力の調整をミスるとこっちがやられちゃうかなぁ」

「くっ、今は進むしかないのかのっ!」


 顔をしかめる彼女とともに、俺は応射を繰り返しながら通路を進むと、ようやく先が見えてきた。


「アサヒさん! ここを抜けたらミシェルの土魔法で通路を塞ぎます! 塞ぐ間迎撃をお願いできますか?!」

「わかった」


 大部屋のような場所に出て、すぐさま振り返って射撃を開始。

 エリナも炎の魔法を振るい、近づいた奴らはリューナが近接戦闘で狩っていく。

 ややもそんな時間が過ぎて、ミシェルさんによる通路の封鎖が完了した。


「よしっ、何とかなったな。アサヒさん、そしたら――」


 全員で一息つこうとするも、背後を振り替えって一同は逆に息を呑んでしまった。

 サッカースタジアムかと見間違うほどの大きさを持つその部屋は、到着時こそ真っ暗であったのだが、天井が徐々に空いていったのか、今は日光が差し込むようになっている。

 そのため、この部屋がどういう状態になっているのかを一望することができ、だからこそ、皆がみな自分たちが更なる絶望的状況に陥っていることを理解するのだった。


「なに……これ……」


 エリナはあまりの光景にその場にへたり込んでしまい、リゲルさん至っては武器を取り落していた。


 通路を追いかけてきたのはいわゆる小型のバグたちで、同数であれば彼らも相手をすることができ、リューナであれば多数相手もさほど苦でないはず。

 だが、目の前に蠢いていたのはゲーム中盤から後半に出現する虫の魔物たち。


 虫型の魔物は一匹一匹が比較的弱めに設定されているものの、群れで襲って来るという習性があり、それゆえに苦戦を強いられる。

 だが、今俺たちが目にしているのは、カブトムシ、蜂、カマキリ、ムカデをベースとした、いわゆる一個体でも苦戦を強いられる相手だ。

 それがこの大部屋をぎっしりと埋め尽くすほど大量に存在していたのである。


 モンスターハウス。


 まさにそう呼ぶべき絶望が目の前に広がっていた。


「そん、な……っ! ア、アサヒよ、何とかしてたも! わらわではあの数には勝てん!」


 普段平然としているリューナまでもが涙目となりながらこちらに縋り付いてきた。


「ア、アサヒ様! ナパーム弾というやつを使って下さい! あれなら――」

「あやつらに炎は効かん。奴らは虫の魔物でありながら、弱点となる炎に耐性を持つ魔物じゃ!」


 エリナまでもが涙を流しながら震えるその手で俺を掴んでくる。


「まあお前ら落ち着けって。所詮は虫だ」

「じゃが! あれほどの数に勝てるのか!? わらわも一対一ならばなんとか勝ちをもぎ取れようて! じゃがここには何百体、下手したら何千体おる!」

「リューナさん、同じ虫のよしみで、彼らと対話することはできないのですか?」

「無理じゃ! あやつらは知性を持たん。本能のままにこちらを食いに来る」

「アサヒ様、野戦砲という奴を出して下さい! あれなら奴らを倒せます!」

「砲は威力は十分だけど連射性能がなぁ。あの数で突撃なんてされたら勝てないと思う」

「じゃ、じゃあ機関銃をっ!」

「有効だろうけど、あの数を捌けるかは少し賭けだな」

「なら私も機関銃を扱います! 人数分つくってください! 私も戦います!」

「……それはできない。まずうまく扱えないだろうし、俺はお前たちにあの武器をいろんな意味で扱って欲しくないと思っている」

「いつかアサヒ様を裏切るとでもお思いですか!? 私はそんなことしませんっ! いつでも私の心はあなた様のためにあるんですっ! アサヒ様っ! お願いです! この場を切り抜ける方策があるのなら、どうかそれを私たちに授けて下さいっ!」


 懇願するように、涙を流しながら俺へとすがって来る。

 けど――


「断る。俺はそもそもお前らたちに戦って欲しくない」

「そんなっ! アサヒ様、酷いですっ! 死ねとおっしゃるんですか……っ!」

「いや、そんなこと言ってないんだけど……」


 絶望の空気が漂い、全員の表情が沈んでいく。


「……私が、通路を塞いじゃったからよ」


 ミシェルさんがポツリとそんなことを。


「違う。ミシェルは悪くない」

「ハッキリ言えばいいじゃない! 私のせいだって」

「指示を出したのはリーダーの俺だ! お前は悪くない。……俺が、命懸けで突撃する。お前らはその間に後ろの通路に再び戻れ。通路にも魔物が溢れてるだろうが、こっちを進むよりマシだ」

「嫌よ!!」


 ミシェルが泣き叫ぶ。


「ねぇリゲル? あたしリゲルのこと好きなの。あなたがここに残るって言うんなら、あたしも絶対に残るから!」

「そうだぜリゲル、水くせぇぞ」

「ああ、いつでもチームで一緒だったんだ。死ぬときは一緒だ」

「みんな……」


 リゲルがミシェルの手を取りながら決意を固める。


「アサヒさん、俺たちはここに残って時間を稼ぎます。どうか通路を使って逃げて下さい。あなたたちを巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っている」

「あー……。言いにくいんだけど、俺一人でやるからお前らは後ろの方にいてほしいかな」

「そんなっ! アサヒさんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。俺たちで三十秒は稼いで見せる。どうかその間に逃げてくれ」


 頭を掻きながら、エリナの方を向く。


「エリナ、全員が隠れられるくらいの土壁を作ってくれる?」

「え? あ、は、はい。……たす……かるんですか?」


 期待と涙を溜め込んだその瞳に優しく微笑む。


「まあ見てろって。たかだか虫が群れた程度だ。人類の敵じゃないよ」


 全員を土壁の内側に押し込めて、創造魔法で兵装をつくり出していく。


「人類はさ、凶悪な生き物とずっと殺し合いを続けて来たんだよ。何とだと思う? 昆虫? それとも獣? あるいはウイルス?」


 静かに俯く。


「……どれも違うな」


 創造魔法で創り出したのは身長を超えるほどの長い筒状のもの。


「その長い歴史の中で、人類はずーっと、人間同士で戦い続けて来たんだ。相手を上回る兵器をつくり、負けた相手はさらにそれを上回る兵器をつくり、そうやって幾度も幾度も、人は人を殺すことに心血を注いできた」


 俺はその兵器を起動した。


「虫なんかが今更しゃしゃり出てきて、人類に敵うはずがないでしょ」

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