第15話 ガスマスクをつくろう
「で? どうやって攻略するわけ?」
「ほいっ。これつけてね」
「な、なにこれ?」
「創造魔法でつくったガスマスク」
訝し気な表情となりながらも、俺が装着するのにならって二人もガスマスクを取り付けていく。
「これは一体何なの?」
「洞窟攻略には催涙ガスってのを使う。簡単に言えば涙と鼻水が止まらなくなるガスを洞窟内にばら撒くんだ。そんな状態になったら普通戦うどころじゃなくて身動きが取れなくなるだろ? それで山賊どもを制圧する」
「そんな便利なものがあるんだ」
「うん。そしたら問題ね。このガスマスクは俺らがその催涙ガスを吸うのを防いでくれるんだけど、どうやってガスが入るのを防いでいるでしょうーか?」
「え゛!? う、うーん……、く、空気が入らないようにする、とか?」
「空気そのものが入らなかったら俺らが窒息するだろうが」
アホかこいつ。
「このマスクの内部で、有害なものを除去、あるいは無毒化しているのではないでしょうか?」
「エリナ正解! そしたらさらに問題。このマスクは綺麗な空気のみ中に入れて、毒ガスだけをこの丸い部分で除去している。それはどうやってやってるでしょうか?」
二人とも般若の形相となってしまうが、やがてエリナが口を開くのだった。
「水の浄化をする際にアサヒ様はPACというものを使われておりました。あれはたしか、水中のゴミがマイナスに帯電していることを利用して、プラスに帯電するPACでゴミを凝集させるという機構だったはずです。それと似たようなやり方ではないでしょうか?」
「おっ! エリナよく覚えてるな。帯電なんてこの世界じゃ概念すらまだないだろうに、やっぱエリナはセンスあるよ。惜しいねぇ、今回のはちょっと違うんだよな。物理吸着の機構を使っている
「物理吸着……?」
「物質ってのは表面凹凸が大きいほど物を捕らえる傾向があるんだよ。例えば――」
目の前に穴が空いていない真っ平なスポンジと、普通のスポンジを創造魔法で出して見せる。
「この二つを使ってお皿についた汚れを落とそうと考えたとき、どっちの方が汚れを落としやすいと思う?」
二人して普通のスポンジの方を指さす。
「そ。スポンジにある小さな穴が汚れを落としてくれるからだね」
「あたしはそのスポンジってアイテムが何なのかに興味がいきそうだわ……」
「スポンジが汚れを拭えるのは当然穴がいっぱいあるからだ。これがないと汚れは非常に取りづらくなる。毒ガスもこれと同じで、穴がいっぱいあると、毒ガスがそこにどんどんトラップされていく傾向があるんだよ。まあ穴っつってもすんごいちっさい穴なんだけどね」
「これを応用したのが炭による消臭ね。炭って表面が目には見えないサイズに
「なんだか途中から話がわからないんだけど……」
「うーん、そうだなぁ。例えばヤモリが壁や天井から落ちないのは、彼らの手の表面が緻密な凹凸でできていて、それを制御してるからなんだよ」
「へぇー。そうなんだ」
「まあなんにしても、そういうわけで洞窟の攻略には催涙弾を使う」
話している間にいつの間にか洞窟の前に到着したのである。
入り口に見張りが三人いたので、そいつらのところに手投げ式催涙弾を投げ込んでいく。
そのあと、催涙弾を洞窟の中にも何発か投げ込み、しばらくしてから中へと入っていった。
思った通り盗賊たちが涙と鼻水にまみれながら悶絶するという阿鼻叫喚な絵面となっていたのである。
「ほい、追加」
そいつらがいる前でもう一発催涙ガスを噴出させ、さらに身動きを取れなくして行く。
ピカールの娘カシュアは奥の方で難なく発見することができ、簡単に救出することができた。
カシュアを外へと連れ出し、催涙状態が回復するのを待ってから事情を聞いていくことにする。
「あ、ありがとうございます。助けて頂いて」
「うん。いいよ、君のお父さんに言われてきたから。カシュアであってるよね?」
「はい。あの、お聞きしたいことがあるんですが、洞窟にいる盗賊はみな倒しましたでしょうか?」
「いんや、一時的に戦闘不能にしただけだよ」
「では今すぐ倒しに行ってください! 彼らの背後には恐ろしい種族がついております。全滅させて情報が伝わらないようにしないと、メサルスが大変なことになってしまいます!」
「ああ、いいのいいの。それも知ってるから」
釈然としない表情を浮かべる三人を横目にメサルスへと急ぎ足で帰る。
このクエストはルートが二つに分かれるようになっており、洞窟内の山賊たちを討伐するか否かによってそのルート分岐が決まる。
通常あの洞窟は侵入するだけで洞窟内にいる敵が全員襲い掛かって来る仕様になっており、全員倒さなければ救出は困難なのだ。
そのため、普通にゲームを進めていれば盗賊たちは全滅することとなる。
だが、ゲーム内では敵を全無視してカシュアを連れ出すという強硬手段を採ることもでき、それをやるとクエストが別ルートへと分岐する。
今回は山賊を殺さずにカシュアを救出したため、間違いなくそちらの選択となっているであろう。
街へ戻ると、ピカールに感謝を述べられた。
「おお、カシュア……っ!」
「お父さん!!」
再会した二人は抱き合いながら喜びを互いに噛みしめる。
「ありがとう。おかげで娘が無事帰って来れた」
「お父さん、でも大変なの! 岩人族がこの街を狙っているわ! 私が捕まった山賊は下っ端に過ぎなくて、岩人族が背後についているの!」
「岩人!? だとっ!?」
ピカールが驚くのとほぼ時を同じくして、周囲にいる人たちが慌ただしく逃げ出していく。
何事かと皆は周囲に目をやっていたが、俺は何が起きているかを知っている。
このクエストはカシュアを送り届けるのと同時に、このフィールド一帯にいるプレイヤー全員を強制的に巻き込むフィールドクエストが発生するのだ。
メサルスの街からは出ることができなくなり、逆に外にいた者も入れなくなる。
なぜなら外には――
「大変だ! 岩人が攻めて来たぞ!!」
全員の表情が青ざめていく。
岩人はゲーム中盤に出てくる強敵で、まず物理攻撃がほとんど効かない。
では魔法が有効かというとそういうわけでもなく、唯一の倒し方はとにかく敵の攻撃に当たらないようにしながら、何百回と武器を振ってちまちまHPを削るというやり方しか最初の方はなかった。
一時期はまともな攻略法がないと運営に苦情のメールが殺到したらしいが、それでも運営は頑として仕様を変えることがなかったらしい。
メサルスの住人たちがどれほど強いかは知らないが、二番目の村が岩人相手にまともな戦闘を繰り出せるとは思えない。
彼らの顔色を見るに、凶悪的な相手であることは知られているのであろう。
「さて、じゃあ俺らは行こっか」
「ちょ、ちょっとアサヒ、どうすんのよ?」
「え? いや、岩人をぶっ倒しに行くけど。そうしないとピカールたち死んじゃうし」
「馬鹿言わないで。あいつらには攻撃が効かないのよ。倒せるわけがないじゃない! 今すぐ逃げるべきよ!」
「逃げれんの?」
「住民を逃がすためにどこかの門を開放するはずよ。それに紛れて逃げるべきよ」
「いやでもこうなったのは洞窟で山賊を殺さなかったのが原因だし、部分的に俺のせいでもあるから何とかするよ」
ゲーム内だと、岩人とまともに太刀打ちできるプレイヤーがいなかった場合はメサルスの街が一時的に壊滅し、NPCのリポップを待たなければならなかった。
だが、この世界の場合、死んだ人はたぶん蘇らない。
俺はそのまま城壁にまで移動して行き、創造魔法で兵装を作っていく。
メサルスの兵士たちが何事かとこちらを覗き込んできているが、特段気にすることでもないであろう。
「出たぞぉ! 岩人だ!」
身長がニメートルほどの二足歩行する岩がのそのそとこちらに向かって歩いてきていた。
彼らの知性はそれほど高くないらしいが、それでも言葉を介することができるし、道具を扱うこともできる。
「放てぇ!」
メサルスの兵士たちが矢を射かけている。
だが、石でできている岩人に弓矢が有効だとは思えない。
よって守備隊の次なる手立ては――、
「魔法部隊、放てぇ!」
魔法による攻撃を行っていくが、いずれも効果はなさそうだ。
そもそも、岩という物質は安定であるがゆえに歴史上のあらゆる場所で防御物として登場してきたのだ。
水だの炎だの雷だので簡単に壊れるような代物ではないからこそ、城壁や建築物に用いられている。
攻撃をものともしない岩人集団を目にし、指揮官の顔に脂汗が浮かんでいく。
対する岩人たちは、相手に恐怖を与えるためか、悠々自適な態度で歩いてこちらに向かってきていた。
幾度も幾度も矢と魔法を放っているというのに、彼らの歩みが止まる気配はない。
そんな岩人たちを目の当たりにした兵士たちが、士気を保ち続けるというのは難しい話であろう。
「もうダメだ!」
「逃げろ!」
「おしまいだ!」
何名かは脱走を開始している。
指揮官が必死にその場に踏みとどまるよう呼び掛けているが、彼らの武装では絶望を感じるのも当然であろう。
たとえ剣の達人であろうと、物理法則に忠実なこの世界で岩を斬り裂くことはできない。
魔法とてこの街にいるレベルの使い手では対処が難しくなる。
「アサヒ、来ちゃうわよ! どうすんのよっ!?」
「そうですアサヒ様! 逃げましょう!」
「ああ、お前らは逃げてていいよ。俺一人でやっとくから」
「変な意地張らないで! やっぱり無理なんでしょう! 岩人は人の敵う相手じゃないって言われているわ! あんたは冒険者を真面目にやってなかったから知らないだろうけど、出くわしたら振り返らずに逃げるってのが鉄則なのよ!」
「アサヒ様、どうかお願いです、一緒に逃げて下さい!」
エリナの悲鳴に近い懇願を無視して、創造魔法で作った兵装の最終調整に入る。
「よしっ、砲弾は魔法で自動装填できるし、照準は割と雑でも大丈夫そうだな。最初は榴弾で行ってみよっかな。ダメなら徹甲弾にすればいいわけだし」
「なにわけわかんないことごちゃごちゃ言ってんのよ!」
「ミリーこそ、意味わかんないこと言わないでよ」
静かに俯き、起動ボタンを押す。
「たかだか岩相手に、人類が負けるはずがないじゃん」
「何言ってんの!? 岩人は――」
「断言するよ」
「――なにをっ!?」
小さくその手を握りしめる。
「こと殺し合いにおいて、人類に勝る生物は存在しないよ」
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