第13話 店を出そう!

 衣類の生産を始めてしばらくが過ぎ、ここロド村は格安の布を供給できる場所としてちょっとした話題になっていた。

 すると、当然の裁縫のプロたちもしばしばここへと足を運ぶようになるわけで、交渉の結果、何人かはこの村に定住してくれることになったのである。


 ロド村は現在住宅に水道が完備しているし、商人が潤沢に物資を供給してくれているので生活もこの世界の普通から比べるとそこまで不便ではなくなりつつある。

 それでも定住を渋られてしまう主な理由は――


「お前らの安全性をどうアピールするかが喫緊の課題だな」


 俺の目の前でいがみ合うライカとリューナに向かって、そんな一言を言い放つ。


「なんじゃ、わらわは向こうから危害を加えてこん限りなにもせんぞ。それよりもアサヒよ、はよぉわらわに子種を注いでたも」

「んなっ! 貴様、アサヒ殿の側室でもないくせにどれほど無礼なやつなんだ!」

「側室? よくわからんが、魚人族は相変わらず回りくどいことをするの。強き者と子をなす。それだけじゃろうて。生物として普通ではあらんか。それにわらわも、アサヒに及ばんとはいえこの村ではかなりの強者じゃ。アサヒにとっても不足はあらんはず」

「はんっ! 所詮は蜘蛛だな。倫理の欠片も持ち合わせていない。そこいらを歩く獣と変わらないな」

「なんじゃおぬし。雑魚のくせに、この場で死にたいのかえ?」

「そっちこそ、蜘蛛がどれだけ弱者なのかを教えてやるわ!」


 二人が殺意満々で睨み合いを始める。


「あー……。お前ら喧嘩すんなら村から出てってもらうから。うーん……しかし困った限りだ。俺の予定だと、今後ロド村は移住希望者でごった返すはずなのに、お前らにビビってみんな帰っちゃうじゃん」

「私は何もしていないぞ! そこの弱小蜘蛛が悪いんだ!」

「何を言う。わらわは何もしちゃおらん。むしろどこぞの魚もどきの雑魚が舌なめずりでもしておるのではないのかえ?」


 再びいがみ合う二人に向かって手をポンポンと叩く。


「そう、そこが問題なんだよ! 別に魚人も蜘蛛人もなんも悪いことしてないのに、他種族は危険だっていう先入観が問題なんだよ! そういうわけで、お前らには出張営業をやってもらうぞ!!」


 途端に二人が難しい顔となって俺の方を見てきた。


「「しゅ、しゅっちょうえいぎょう……???」」


  *


 セルムの街の露店広場にて、俺らは簡易露店場を設営し、せっせと商品を並べていく。

 同行してきているのはエリナ、ライカ、リューナの三人で、いずれも少しだけ気恥ずかしそうにしていた。


「す、少し窮屈な服じゃな。このメイド服? とやらは」

「アサヒ殿、本当にこんなフリルだらけの服で私たちの印象がよくなるんだろうか……」


 三人にはこの日のためにわざわざ商人経由で大都市に住まう仕立屋に特注メイド服を仕立ててもらった。

 布持参だったので多少は安く済んだが、それでもフリルをつくるのに難儀したらしく、だいぶ高い買い物だった。


「何言ってんだお前ら! 人外メイドとくりゃ食いつく層は絶対にいる! イメージなんてもんは全員のを改善する必要はねぇ! 一部の層に好印象を持たれて、そいつらに噂を広めてもらえりゃそれでいいんだよ! お前らは元々見た目がいいんだ! 自信持て!」

「そ、そうか。売り子とやらをやったことはないが、これもアサヒ殿のためだ。我らが種を救っていただいた恩をここで返していこうと思うぞ」

「うむ、いい心がけだ。んで、ルールは覚えているな?」


 今回の出張営業にあたり、俺はとあることを三人に伝えてある。


「もちろん。どっちが売上を多くあげられるか競争だな。ふっ、蜘蛛なんぞには負けないぞ」

「望むところじゃ。わらわとて魚もどきに後れを取っては蜘蛛人の恥となるゆえ」


「おいおい、お前ら余裕だな。昨日も伝えたが、まずエリナに勝つ必要があるんだぜ? その上でどちらが多くの売り上げをあげられるかを勝負するんだ」

「わかっておる。兎人にも負けるつもりはあらん」

「エリナ殿には世話になっているが、勝負の世界に手加減はない」

「あー、は、ははは。わ、私もがんばりますね」


 自信満々の二人に対して、エリナは苦笑い浮かべている。


 商品はこの前製造できるようになった織物と俺が創造魔法で創り出したガラス製の食器類、紙、そして服のボタンだ。

 いずれもこの世界ではほとんど流通しておらず、近いうちに量産工場を建てる予定なのでその宣伝も兼ねている。

 このほかにもコンパスとかコンクリートとか、民生需要の低そうなものも一応店頭に並べてはいるが、これは見る人が見ればいいなくらいの心づもりだ。


「ちょっとそこのお兄さん、うちの商品見ていきませんか?」


 さっそくライカが集客を開始している。

 のだが――


「おい、そこの人間、おぬしはそこの魚人族からではなくわらわから商品を買うべきじゃ」

「え゛!? おたくらって同じ店の売り子じゃないの?」

「リューナ、邪魔するな。この者は私が最初に声をかけたんだ」

「関係あらん。どの売り子から買うかは客が決めることじゃ。さあどっちじゃ!」


 こんな風に迫っていったものだから、当然そのお兄さんは逃げてしまうのだった。

 まあ、当然であろう。

 道を歩いていたところ、いきなり営業を受けたと思ったらいきなり店員同士の喧嘩を見せられたんだ。

 たまったものではないであろう。


「おーい、お前らー、喧嘩するなよー」

「この蜘蛛が悪いんだっ! 弱いくせに出しゃばるな!」

「こやつが些末なことにこだわるからじゃ! 雑魚は引っ込んでおれ!」


 そんなやり取りをしながら午前の販売活動が終わって、昼休みに中間結果を発表していく。


「うん、思った通り、エリナの圧勝だね。偉いぞエリナ」


 彼女の頭を撫でると彼女はそれを誇らしげに喜ぶのだった。


「くそっ、弱小の蜘蛛人が足を引っ張って来なければっ」

「それはこっちのセリフじゃ。タイマンなら負けんであろうに、このような勝負ゆえ後れを取っているだけじゃ」


 なおもいがみ合う二人なのである。


「なあリューナとライカ、もうやめようぜ。どっちが強いとか弱いとか。強くたってこの勝負には勝てないぜ?」

「なぜじゃ。強き者の方がより生き残れる可能性が高い。たとえ売り子としての勝負に勝てなくとも、生物としての生存競争には強き者の方が生き残れる」

「そうだぞアサヒ殿。確かに今回の勝負はエリナ殿に後れを取っているが、単純な生き残りであれば我々の方に分がある。土俵がまるで違う」

「そんなことないね。強さなんてこの先無用の長物になるよ」


 そう言うと、二人ともムッとした表情となり反論してくる。


「アサヒ殿、それは言い過ぎだ。我々が暮らして来たペトリアはここよりも過酷な環境であった。遭遇する魔物も凶暴だし、稀に魔人や悪魔の類も出現する」

「そうじゃ。ロド村やセルムの街が平和なだけで、守りたいものがあるのであれば強くなるしかないであろうて」

「強かったら幸せになれんの?」

「幸せを守るために強くなるんじゃ。そのための武力ゆえ」

「俺がお前らの立場だったら、その意見には賛同できないな」

「どうしてそうだと言えるんじゃ?」


 さすがに彼女らの琴線に触れたのであろう。

 声色に棘が生えている。


「はぁ……。蛮族はこれだから。……少しだけ例え話をしてやるよ。昔な、大日本帝国っつー国があったんだ。その国は米国って国と戦争をして、大敗北を喫した。三百万人以上の死者を出して、男の人口だけが異次元的に減って、終戦直後は野草を食って生き延びてたらしいぜ。そんな国、普通はそのまま落ちぶれる。なのに日本ときたら、米国の属国的立場であることを利用して、経済にすべての力を注ぐようになった。その結果、資源もないくせに国土が二十五倍、人口が三倍もある米国に迫る世界第二位の経済大国になったんだよ。何でも買える。何でもつくれる科学技術の大国に。その国は平和を外交努力と金で買ってたんだ。決して武力によってではない」


 俺が言わんとしていることを彼女らは何となく察していく。


「じゃ、じゃが、その日本という国とて武力を捨てたわけではあらんのじゃろう?」

「そうだよ。でもそんなの関係ないよ。お前らにはもうアサヒ・テンドウっつー米国がいるんだよ。だったらお前らが争ってどうすんだよ。他にやるべきことあんだろ」

「そ、それは……」


 そう口を開くも、そこから言葉が続かない。


「エリナを見ろよ。必死に勉強してこっちに食いつこうとしてきている。エリナはたしかに生物的に言えばお前らより弱い。けど、エリナが科学を学んで俺と同じような武器を手にしたら、お前らは戦えんのかよ?」


 脅しのように問いかける俺の言葉に開く口がない。


「はっきり言うが、俺にとって今のリューナやライカは怖くもなんともない。エリナの方がよっぽど脅威に感じている」


 そんな風に叱りつけると、二人はシュンとしてしまったので笑顔をつくって手をパンパンと叩く。


「んまっ、俺が言いたいのは、お前らが競うべきポイントはそこじゃないぜってところだ。さあ! 午後の売り込みやってくぞ!」


 午後の営業が再開してしばらくすると、リューナがライカの前に俯きながら立つ。


「なんだ蜘蛛? まだ突っかかる気?」


 思い詰めた表情となるリューナは、そのまま頭を下げるのだった。


「詫びる。おぬしの邪魔をしてすまなかったのじゃ。許して欲しい。……そして協力して欲しい。このままでは、わらわたちはエリナ一人にすら勝てぬ」

「……。はぁ……。こっちも悪かった。協力要請は……わかった。今だけよ、リューナ」


 そのまま二人して分担しながら集客を開始するのだった。


 そもそもこいつらは、自分たちの種族が危機に陥ったとき、真っ先に自らの命を差し出して種族を守るという行動がとれたんだ。

 この自らの命を差し出すという非合理的で、なおかつ種を守るためには最も合理的な行動が採れる彼女らなら、最初からこれができたはずなんだよ。

 そんな彼女らを見ながら、俺は少しだけほくそ笑んでしまうのだった。


 午後の売れ行きは非常に好調で、夕方を迎える前に持ってきた商品のすべてを売り切ることができた。

 さて勝負の結果は――


「ぐぬぬぬ、あと一歩じゃったのに……」

「むぅ……、くそぅ……」


 二人ともいい線までいったが、やはりエリナの勝利であった。


「いやぁ、午前分の差が出たなぁ。午前から協力してりゃお前らの勝ちだったのに」

「うぐぅ、悔しいのじゃ……」

「まあでも気にすんな! 今日の目的はすべて達成したぞ! これなら問題なさそうだな!」

「アサヒ様、今更なんですが、その目的というのを教えてもらってもいいですか?」


 エリナから質問が飛ぶ。


「ん? 蜘蛛人と魚人の印象改善だよ。そもそも今回持ってきた商品は絶対売れるもんだったんだよ。それをリューナやライカを通して買ってもらうってだけ。接してみると、蜘蛛人も魚人も意外と普通だったって印象さえ持たれればそれでいいのさ!」


 今回持ってきた商品はいずれもセルムの住人からすれば魅力的なものであり、価格も十分手の出る値に設定してある。

 この世界は衣類もガラスも紙も品質が悪い上に馬鹿みたいな価格となっているのだ。


「そういうことだったのですね」

「ま、このほかにも商品を売って金を得ることとか、うち商品を広めて品質の噂を広げるとか、お前らの営業教育とかいろいろ考えてはいたけどね」

「お、多いですね……、って営業教育!? またやることがあるんでしょうか?」

「おいおい、これからこれらを量産して各町で売ってくんだぜ? 誰がやると思ってんだよ」

「は、はぁ……」

「安心しとけって、これからお前らを億万長者にしてやんぜ」


 にんまり笑う俺に対して、三人はぽかんとした表情を返してくるのだった。

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