第12話 布を作ろう!

「だいぶ農地が広がってきたわね」


 目の前には広大な小麦畑が広がっている。

 とは言っても、まだ種まきの段階なので土しか見えていないが。


「俺も驚きだわ。蜘蛛人と魚人がこれほどパワータイプだとは思ってなかった」


 リューナが素手で石炭を採掘しているのにも驚いたが、ライカが開墾作業時に素手で木の根を引き抜いたときには度肝を抜かれてしまったものだ。

 こいつらは基本的に人間重機としてのはたらきをしてくれている。

 いや、種族的には人間でもないのだが……。


「それでもう一度確認なんだけど、ほんとにここで連作を続けるのね? 言っとくけど、普通なら二回目で収量が大幅に減って、三回目ではほとんど食べられないものになるわ。普通土地は休ませるものよ?」

「ミリーに言われんでも知っとるわ。そのために肥料を作ったんだろうが」

「はぁ。あなたは奇怪なことばかりするから、あたしたちの常識なんて通じないってわけね」

「さて、何にしてもこれで夏以降の食糧問題は改善されるはずだ。蜘蛛人のために養殖場も作らないとなぁ……。まあとりあえずそれまでは商人から買ってけばいいだろう」

「それなんだけど、あんたどうやって商人から食糧を買ってるのよ? お金なんてほとんど持ってないでしょ?」

「冒険者やってた時に、俺って小物売って稼いでただろ? あんときの貯蓄を使ってるよ」


 ミリーが凛とした目で見つめてくる。


「……自腹切ってるの?」

「そうしないとこの村は崩壊する。食料がなくなったら元々ロド村にいた村民と魚人と蜘蛛人は互いに争奪戦を始めるだろうさ。そんな結末は見たくもない」


 静かにそう述べると、ミリーが難しい顔となりながら、俺の隣にまでやってくる。


「……お金、貸したげよっか? いや、貸すんじゃなくて、あんたに投資したげる。あたし、お小遣いはいっぱいあるから」


 お小遣い、という言葉からするに、彼女が冒険者として稼いだお金のみならず、元貴族として得たお金も含意しているのであろう。


「いいよ別に」

「意地張んないで。あたしだって、ちょっとは村のために役に立ちたいのよ」

「……。うん。わかった、気持ちだけ受け取っておく。ありがとう。けど、お金は本当にいらない」

「どうしてよ? 何百人分の食料なんて買ったら、あんたの貯金なんて一瞬でなくなっちゃうでしょ?」

「実は大金が手に入る目途はもう立ってんだ。だからいいって。変わりに――」


 ミリーの手を取って顔を近づける。


「お前の体が欲しい」

「え?! か、からだ!? だ、だって。そんな、あ、あたしは……えっと……」


 そのまま顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。


「頼むよ、ミリー」

「で、でも、最近はライカとかリューナもいるし、エ、エリナだっているじゃん」

「ミリーじゃなきゃダメなんだ!」


 そう強く迫ると、ミリーはなおのこと目をキョロキョロさせてしまう。


「あ、あたしじゃなきゃ……ダメなんだ」

「当たり前だろ! お前以外に誰がいるって言うんだ!」

「むぅ……。そ、そっか。じゃ、じゃあ、優しくしてよ?」

「ああ、もちろんだ」


 そう言って俺は思いっきり空を指さす。


「さあ! 次は衣食住の内の衣だ! 産業革命の主役と言っても過言ではないこの代物しろものを量産していくぞ!」

「…………え?」

「まずはモーターの製造だ! ミリー! 今回もSI単位系として、しっかり体を使わせてもらうぞ! 実は、今やお前の蛮族肉体基準がなくてはならない存在になているんだ!」

「……あー。……うん。何となくそうかもって思ってた」


 うんざりした顔となる彼女はなぜか俺のことを殴った後、なんだかんだ付き合ってくれるのだった。

 エリナも加えてモーターの製造を行っていく。



 さすがに野ざらしの場所に工場を作るわけにも行かなかったので、生きた重機ことライカに頼んで即席の倉庫のような場所を作ってもらった。

 屋根と壁があるだけの掘っ立て小屋もいいところであるが、雨風が凌げればそれで十分である。

 建築関連もその内テコ入れが必要だが、そんなの後回しだ。


「原理は発電の逆なのですね」

「そうそう。磁場のあるところに電気を流せばモーターの回転力を得ることができる。回転のことをトルクって言うんだけど、トルクは磁束と電流密度に依存するよ」

「じ、じそく……? そ、そこらへんはまた勉強させて下さい……」


「なんでわざわざ発電してから電気を動力に変えるのよ? 蒸気タービン? だっけ? あれって動力をつくってるんでしょ? ならそれをそのまま使えばいいじゃない」


 現状のエネルギーの取り出しは魔素→動力(蒸気タービン)→電力(交流発電機)→動力(モーター)と変換を行っている。

 今回は動力が欲しいエネルギーとなるため、直接魔素→動力でいいのではないかと彼女は言っているのだ。


「おお! 蛮族ミリーがすごくいいところに気が付いてる!」


 イラッ!


「蛮族言うな!」

「たしかに現状は動力をわざわざ電気に変換して、それをまた動力に戻している。はっきり言ってこれは無駄だらけだ。変換効率もけっして高いわけじゃない。けど、電力という共通規格に一度落とすことが結局のところは最も効率がよくなる。なぜだかわかる?」

「うーん、いろんな動力に対応できるから、とか?」

「まあ不正解ではないけど、一番の理由ではないかな。エネルギーを一度電気にする一番のメリットはズバリ! エネルギーの輸送効率がよくなるからだ!」


 ミリーとエリナが目を丸くしながら俺を見つめてくる。


「電気は電線を引けば遠くにまでエネルギーを運ぶことができる。けど動力はいちいち歯車を回さないと遠くにエネルギーを伝達できない。エネルギーの輸送効率を考えたら電気が一番効率的なんだよ」


 へぇー、とミリーが納得していく。

 たぶん詳細にはわかってないだろうけど、まあ今はこれでいいか。


「モーターはいくつも作られるのですか?」

「うん。紡績一つとっても工程がいっぱいあるからね。動力はかなりたくさん必要になる。ホントは原料の木綿も機械化して生産したいところだけど、それはだいぶ先かなぁ」

「商人から購入されていた木綿はここで使われるのですね」


 任意生産物の余った枠もすべて木綿にしているのだが、目標生産量に達しなそうだったので、幾分かは購入することにしている。


「さて、さすがに各工程の製造機を説明してたらキリがないから見て覚えてね。やりたいこととしては、この綿花の綿をより合わせて糸を作るってことだから」


 創造魔法を駆使しながら大型製造機を次々に組み上げていく様を二人はじっくりと観察し続ける。

 それが大方終わってきたところでミリーから質問が飛んできた。


「気になったんだけど、綿から糸をよったらおしまいじゃないの? 何でそんなに何度も何度も糸を巻き直してるの?」


 目の前には紡績のラインの試作機が組み上がっており、そこでいくつもの機械が試運転している。

 綿から糸をより合わせる工程はだいぶ最初の方で、その後はひたすらによった糸を再び巻き直していた。


「ただ巻き直してるんじゃなくていろいろやってるけど、端的に言うと目的は二つかな。一つ目はより高強度の糸を作るため」


 俺は試しにポケットに入れておいた綿花を一個取り出して見せる。


「綿ってものすんごくちっちゃい糸の集合体だろ? この繊維の方向は当然バラバラだよな。これをよっただけだとブワブワの糸になっちゃう」


 実際にやって見せるも、手で適当にやっただけでは糸にすらならなかった。


「だから糸に力をかけて引っ張ることで一方向を向かせようとしているの。すると糸の強度が出る」

「じゃあなんで何度も巻き直すのよ?」

「段階的に引っ張ってんの。いきなり強い力で引っ張ると千切れるから、ちょっとずつ強度を出してるって感じかな」

「ふーん。……そう言えば、よった糸は引っ張った方がいいってどっかで聞いた気がするわ」

「延伸って技術で、これは高分子材料一般に言えることだよ。プラスチックは延伸すると分子の向きが揃って強度が出るんだよ。例えばビニール紐なんかは延伸してあるから大量の雑紙類を縛ったところで千切れたりはしない。逆に菓子パンの袋なんかは手で引き延ばせる未延伸のタイプが多い」

「わ、わかんない単語がいっぱいだったんだけど……」

「んで、強度も大事だけど、糸を何度も巻き直しているのはもう一つ理由があるんだ。なんだと思う?」

「え゛?! うーん……綺麗に巻き取るため……とか?」

「ちょっと違うかな。でもいい線いってる! ミリーもだいぶ蛮族じゃなくなってきたな!」


 イラッ!


「あんたはいちいち一言余計なのよっ!」

「品質を安定させるため、ということではないでしょうか?」


 怒るミリーの横から、今度はエリナが回答していく。


「さすがエリナ。工業化において最も重要なのは、同じ品質のものを作り続けられること。糸を何度も巻き直すのは、同じ太さで同じ量で同じ強度の紡糸つくるためなんだよ。今日作った糸と明日作る糸が別物になるようじゃ工業生産物としてはまだまだってわけ」

「むぅ、エリナに負けたのがなんかちょっと悔しい。……というか、アサヒは何で紡績の技術まで知ってるのよ。あんたって不思議よね。見たこともない武器を作ったかと思ったら水を作ったり電気を作ったり肥料を作ったり糸を作ったり。これらって明らかに専門の異なる分野でしょ?」


 ミリーの質問に少しだけ目を見開いてしまう。


「そうだね。今日のミリーは鋭いなぁ。まあ、そこらへんは企業秘密ってことで」

「む。そう言われるとさらに気になるな……」


 紡績装置がだいたい想定通りの動きをしているのを確認して、次なるステップに移行する。


「よしっ! 糸の量産はこれでできるようになった! きっと不具合が山のように出るだろうけど、そんなの後回しだ! 次は自動織機を作るぞ!」


 ガッツポーズをつくる俺に対してジト目を向けてくるミリー。


「これぞ十九世紀最大の発明! 古くは日本昔話。鶴の恩返しで使われたキッコンバッタン機織り機だが、工業化によりこれもガシャコンガシャコンと滅茶苦茶カッコよくなった!」

「あんたはまた何を訳の分かんないことを……」

「自動織機、というのは機織はたおり機とは違うのですか?」

「あれの全自動版だよ。知っての通り、布ってのは縦糸と横糸をジグザグに編み込んだものだ。毛糸のマフラーなんて手作りできるレベルだよな。けど普段着をあれでやろうとするとマジでしんどい」

「ですから機織り機を使うのではないですか?」

「でも機織り機だって遅いだろ? 確かに全行程手作業よりは断然早いし、ちゃんとしたものができる。でも一本一本横糸をシャトル使って手で通すのはどう考えても非効率的だ。だから――」


 しばらくの作業を続けて自動織機を完成させる。


「よし! これを見よ!」


 ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン――


 シャトルと呼ばれる横に糸を通す道具が何度も左へ右へと往復移動し、巻取り側の縦糸もそれに合わせて上下に往復運動をしている。

 毎秒一往復、人の手でやれば熟練の機織り職人でも十秒くらいはかかるであろうから、生産効率は十倍だ。

 見ているだけでご飯三杯くらい食べられそうである。


「うーん、やっぱいいね! これでこそ工業化って感じ!」

「アサヒじゃないけど、確かに見てて面白いわね」

「だろっ! 機械が勝手に動いてすべての仕事をやってくれるっていうのはいつ見てもいいもんさ!」


 三人してしばらくその動きを堪能した後、次なる行動に頭をやる。


「さて、織物技術が雑にできあがったから衣類を作っていくぞ。次に必要なのは染物とミシンだな。はぁ……、最終製品までのサプライチェーンが長い。だが半導体とかになるとこれが超重厚長大なサプライチェーンになる。こんなところで挫けるわけにはいかない!」

「……なんていうか。ネトゲってのがどんなもんかは知らないけど、あんたはこれやってる時が一番楽しそうに見えるわ」

「否定はしない」

「さいで」


 その後、ミシンを作ったはいいが、扱える者がいなかったのでしばらくミシンは倉庫に眠ることになったのであった。

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