第11話 肥料を作ろう!

「ハーバー・ボッシュ法だ!!!」

「うわぁ! いきなりなによ!」


 部屋でくわと突き出した顔からいきなりそんなことをのたまったものだから、案の定ミリーから文句を言われてしまう。


「お前さ、この村の今の課題って何だと思う?」

「え゛!? うーん……、お風呂がないこと、とか? 水浴びにはまだちょっと寒いし……」

「俺からすりゃようやく冬明けのこの気候に、外で水浴びするてめぇら蛮族の気が知れんわ」


 イラッ!


「じゃ、じゃあ何が問題だって言うのよ! せっかく水がたくさん手に入るようになったんだから、お風呂くらいあってもいいじゃないっ!」

「公衆浴場はいつかつくる。けど、そんなことよりも真っ先に対応すべき課題がある。つーかお前って元貴族なんだろ? ならそこら辺はさすがに勉強したんじゃないの?」

「し、したけど、うーん……食料事情、とか?」

「正解!!」


 ミリーをビシッと指さす。


「……。そんなに問題なの?」

「大問題だわ! ロド村の元村民がだいたい100人弱なのに対して、魚人族が300人と蜘蛛人族が250人も加わったんだぞ。どー考えても食料が足んねぇわ! 今は貯蓄を食いつぶす形で何とかなってるけど、そもそもその貯蓄は村民が育てた食料だ。それを魚人族と蜘蛛人族に分け与えたら、元村民がいい顔するわけねぇだろ」

「たしかに……。それにしては揉め事の一つも起きてないわね」

「エリナに仲裁を頼んでいる。あいつは自分のすべき役割がちゃんとわかってんだよ。だから俺も俺のすべきことをしなきゃなんねぇ」

「むぅぅ。やけにエリナの肩を持つわね」

「エリナは普通にすごいと思うよ。フレミングの法則も教えたら一瞬で飲み込んだし、最近は空いた時間でいろいろと家庭教師をつけてる」


 ミリーの顔が見る見る深刻なものへと変わっていく。


「それあたしもやって!」

「え? いやだってお前蛮族だろ?」

「蛮族じゃなくて蛮族シャーマンなんでしょ!? いいからやって! あたしも勉強したい!」


 蛮族にツッコまねぇのかよ……。


「うーん……。まあいいけどさ。技術者の育成は今後の課題だったし。……っていうかそれ以前に、ミリーってもうアルスのパーティ抜けたの? ちゃっかりこの村に居座ってるしさ」

「アルスなんてどうでもいいわ! あたしもここに定住するって決めたから!」

「あ、そ。アルス可哀想。……んで、今回はお前にも働いてもらうぞ。信頼できる商人を三人見繕って、この村に連れてきて欲しい。それぞれから定期的に200人規模の食料を購入する予定だと伝えてくれ」

「なんであたしがそんなことしなきゃいけないのよ」

「現状のお前ってこの村でなんの役に立ってないだろ。働かざる者食うべからず」

「あぅ……あんたにそれを言われるとは……。わかったわよ。それで商人だっけ? なんで三人なの? 一人じゃダメなの?」

「ダメだね。一人に絞るとそいつは間違いなく値段を吊り上げることを考える。三人いれば競争して値段を下げることを考える。どっちが俺らに得かなんて言うまでもない。むろん談合されないように監視は必要だけどね」

「そっか……、わかった。じゃあ、行ってくるわ。……言っとくけど、あたしがいない間に女性陣に手出したりしたらタダじゃおかないからねっ! 最近はエリナといいライカといいリューナといい、ただでさえ美人が増えてんだからっ!」

「するかボケ。興味ねぇわ」


 こちらにジト目を送りながら、ミリーはそのまま出かけてしまう。

 さて俺は――、


 発電機に近からずとも遠からずという場所へと移動して、設備建設に勤しんで行く。

 今回は結構大掛かりな設備が必要で、適当なことをすると大爆発を起こすことになる。

 つくりは頑丈にしなければならない。

 その作業に没頭しているとリューナがやってくるのだった。


「アサヒではあらんか? こんなところで何をしておる」

「ん? 肥料の原料製造装置をつくってるよ。そっちは?」

「散歩じゃ。肥料とは人間がやっておる のーぎょー に使うものかの!?」

「うん。そうだよ。俺は正直、ハーバーボッシュ法が二十世紀最大の発明だと思ってる」

「性器がニ十個もあるのかの!? そこにおける最大の発明とは一体どれほど卑猥なものなんじゃ?」

「ちげぇわ!」


 真っ先に否定したというのに、リューナときたら勝手に納得していく。


「なるほどそういうことか。肥料とは隠語かなにかで、実は媚薬の類を作るんじゃな?」

「だからちげぇって!」

「隠さんでもよい。正直に申せば、わらわはおぬしとの交尾に興味がわいておる」


 この蜘蛛さん、堂々と言ってきやがった。


「おぬしは、わらわがこれまで生きてきた中で間違いなく最強の者じゃ。より強き者と子孫を残したいというのは生物の本能ゆえ。それにわらわの種は数を減らしてもうた。増やすことを考えねばならん」

「減らした原因は主に俺なんだけどね。言っとくけど俺弱いからな! あと卵床とかいうのにはなんねぇぞ!」

「そのような勿体ないことはせん。卵床は所詮養分に過ぎん。その者の血を引き継ぐことはできんのじゃ。おぬしと血を分けるともなれば……、まぐわわねばならん!」

「いや、そんな真顔で堂々と言われても……」

「そういうわけで、媚薬づくりならばわらわも手を貸すぞえ」

「肥料な! ひ・りょ・う! 農作物用のっ!」

「たしかに、体で大事に育てた作物と表現できなくもないの」


 ダメだ。

 コイツ人の話を聞かないタイプだわ。


「はぁ……別に手伝わなくていいよ。というかこれは手伝えることがない」

「そう言わず、何かわらわにもやらせてたも」

「うーん……。そしたら石炭掘って来てくれよ。すぐそこで採れるから」

「石炭とはなんじゃ?」

「黒い石ね。燃えるから近くで火は使っちゃだめだよ。とりあえずその洞窟で黒い石があったら全部採ってきて」

「任せるのじゃ」


 リューナはそのまま何も持たずに歩いて行ってしまう。

 どうやって鉱石を掘るつもりなのだろうか……。


 ちなみに、ミストラルバースオンラインでは、プレイヤー管理地において任意の生産物が得られる任意生産物枠が存在する。

 ロド村は序盤の村なので、この『任意生産物』の枠が一つしかないはずなのだが、村の周囲を探索したところ、なぜかそれと思しきスペースがたくさんあった。


 この辺は要検証であるが、恐らくこの枠は村の人口と生活水準に応じて増えている。

 ミストラルバースオンラインでも、人口が多く、より文明レベルの高い管理地であるほど任意生産物の枠は多かった。

 ただし、ゲーム内では管理地の人口や発展度合いをいじれなかったため、数が固定されていたのである。


 一方この世界では管理地の発展が可能であるため、生産枠がさらに増やせるというわけだ。

 欲しい原料は山のようにあるため、非常に嬉しい仕様である。


 そしてその枠の一つに石炭をセットしており、背後にある鉱山からは石炭が産出するようになっている。

 まあ……、ミストラルバースオンラインではワンクリックで採取できた石炭も、ここではピッケルを使って採掘しなければならないのだが……。


「持ってきたぞえ」

「え!? はやっ! ってか多っ!! ええ!?」

「ずいぶん簡単な仕事じゃの。この程度ならいくらでも可能ぞえ」


 素手で掘ったのかよ……。

 蜘蛛人恐ろしい……。


「うーん……。そしたらさ、リューナはここの石炭を毎日ほっといてくれない? それやってもらえると滅茶苦茶助かるんだけど」

「おお! それはいわゆる仕事という奴じゃな! ロド村で蜘蛛人初の仕事じゃ! よいぞ! わらわも村に貢献せねばならんからの」

「……リューナってさ、なんていうか前向きだよな。俺の事とか恨んでないの?」

「もちろん思うところがないわけではあらん。じゃが、おぬしも言っておったではあらんか。それを言っては互いに前に進めんくなる。ならばそれは忘れてしまう方がいいんじゃ」


 そんな風に言って来る彼女へ秋風のような視線を送ってしまう。


「……そう。さっ、リューナが石炭持ってきてくれたおかげでハーバーボッシュ法が試せるぜ」

「ハーバーボッシュ法というのはなんじゃ?」

「窒素の固定化する技術だね」

「すまんがよくわからん」

「うーん、そうだなぁ……。木って燃やすと灰ができるだろ。灰をさらに燃やすことができないってのは知ってるよな?」

「むろんじゃ」

「あれって木の中にあるエネルギーを取り出したから、もう火がつかないんだよ。んで、空気中に窒素っつーのがあるんだけど、これもすでにエネルギーを取り出した後の燃えカスみたいなもんなのね。それを燃える前の状態に戻すことを窒素の固定化って呼ぶの」

「なんと!? アサヒは一度燃やした木を燃やす前の状態に戻せるのかの!?」

「いや、木はちょっと難しいかな。成分を選べばできると思うけど。とりあえずそうやってエネルギーのこもった状態の窒素が欲しいんよ」

「なぜ窒素とやらにこだわるんじゃ?」

「そりゃもちろん、肥料の三要素で一番重要な元素だからね。農業における重要元素は窒素、リン、カリウムだ!」


 俺が手をババーンっと出しながら説明して行く。


「十九世紀、ヨーロッパは産業革命によって人口が爆発的に増えたんだけど、それを支える農業基盤の確立は最大の課題になっていたんだ。それまでの農業はどんだけ効率化したって連作すれば収穫は減っていく。一度作物を育てたら、原則的にその土地を休ませる必要があったんだよ。いわゆる土地が『痩せる』ってやつだね」

「前半によくわからん単語があったが、……休ませてまた使えるんなら、それでよいんではないのかの?」

「いやいや、土地っつーのは無限にあるわけじゃないんだぜ? それに農業っては天候やら地質やらで生産できる場所が案外限られてんだ。なら、できる限り農地は休ませずに使い続けたくなるだろ?」

「たしかに」

「んで、さっき言った三要素なんだけど、作物を育てると当然これらは作物の育成に消費されてなくなっちまう。それを再生産してたのは土壌中の微生物なんだ。だから時間がかかってたんよ」

「……なるほど、何となく話が見えてきた」

「だろ! ハーバーボッシュ法はそれを工業に置き換えることができたんだ。微生物が作ってたのを人工的につくって土にまけば簡単に再生できるってわけさ! 石炭と空気と水からパンを作る方法、なんて呼ばれたらしいぜ」


 ちなみに、ハーバーボッシュ法で製造されるアンモニアは管理地の任意生産物として指定できない。

 これは任意生産物の選択幅が現実世界で採掘できる鉱石とか植物に限定されているからであろう。

 現実世界だと石炭は採掘できてもアンモニアを直接採掘できる場所はない。


「なるほど。つまり今作っておるのはその三要素とやらの一つを揃えるための作業というわけじゃな」


 しばらく作業を続け、ようやくハーバーボッシュ法でのアンモニア第一弾ができあがる。

 この手法では高気圧と高温が必要なので、設備がだいぶ巨大になっている。


「これがそうなのかの。ずいぶん……臭いの。強烈な尿の匂いがするんじゃ」

「そうそう、成分的には近いからね」

「ふーむ……これが媚薬の成分の内の一つになるんじゃな……」

「いや、媚薬じゃないからね」


 リューナがこちらをじっくりと見つめてくる。


「放尿プレイが好きなのかの?」

「ちげぇわ! 人の趣味を捏造すんな!」


 とりあえずアンモニアを量産できるようになった。

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