第10話 真なる化け物

 リューナが蜘蛛人側の陣営に到着したところで、彼らは突撃を開始する。

 広大な平野で逃げる場所もなく、数千もの蜘蛛人たちがただひたすらに突っ込んでくる。

 対するこちらはせいぜい三百人弱の農機具を武器とした武装集団。

 戦力差は歴然としている。


 みなよくこの場で持ちこたえているものだ。

 普通なら恐怖で逃げ出してしまうことであろう。

 ミリーもライカもエリナも、手足が震えているのに、それでもこの場に踏みとどまっているのは、何か大切なものがあるからであろうか。


「さっ、はじめよっか。……さようなら」


 ややも逡巡したのち、俺は手に持つ起爆装置のスイッチを入れた。

 刹那――、


 光りが走った。


 周囲一帯を光と轟音が埋め尽くしていき、みなは最初、何が起こったのかわからなかったであろう。

 次のフレームで飛び込んできたのは炎だ。

 平野一面を焼き尽くす炎が蜘蛛人たちの体を焼き、一瞬で炭化させていく。

 それでも突撃をやめない蜘蛛人たちを広範囲爆破が包んでいき。


 先のロド村防衛戦を遥かに凌駕する虐殺の光景に、皆が皆、息を呑んでしまっていた。


「そん……な……」


 エリナに至っては、手に持つ短剣を取り落し、地面にへたり込んでしまっている。

 敵であるはずのライカですら、その瞳には悲哀の感情が籠っていた。


「焼夷弾。中でも今回使用したのは殺傷性の高いナパーム弾。ナパーム弾は千度近い高温で燃焼する上に、水をかけても延焼を止めることができない。おまけに炎を逃れても一酸化炭素中毒で周囲にいる者までもを殺し尽くす」


 延焼を逃れた蜘蛛人もいたであろうに、一酸化炭素という猛毒によって二度と動かぬ屍へと姿を変えていく。

 炎がひたすらに走り込んでくる蜘蛛人たちを飲み込んでいき、周囲はただただ黒く染まるのだった。


「東京大空襲のとき、米軍の無差別爆撃によって木造建築がほとんどだった東京は焼野原になったんだ。一万発近い爆弾が投下されて、十万人近いの死者が出た。たった一晩でだぜ」


 誰も、何も口にすることができない。

 ただただ、平野が燃えるのを眺めるばかり。


「ベトナム戦争の時は四十万トンものナパーム弾が投下されて、民間人を焼き尽くしたんだよ。この兵器こそ、化け物と呼ばれるべきものなんだ」


 それでもなお、平野に設置してあるナパーム弾が爆破を続ける。


「大日本帝国の市民はさ、米国の爆撃機が攻めてきても、竹やりで戦うんだって訓練してたらしんだ。B29相手にだぜ。笑えるよ」


 蜘蛛人が焼き殺されていく。


「蜘蛛人は確かに生物的に言えば強いよ。でも、その牙は竹やりぐらいにしか鋭くないよね。この人を殺すことだけを考えた、殺意の塊のような兵器には遠く及ばない」


 ややもして、エリナが手を握って来る。


「アサ、ヒ様、やはり……やはりあなた様は素晴らしいです! またも村を守ってくださったんですね! 私! 感激しております!」

「い、いや、感激しなくていいよ。多くの命を奪ったわけだし」


 ミリーやライカも会話に混ざって来る。


「はぁ……。ハッキリ言って、あんたこそ化け物ね。仲間でよかったってつくづく思うわ。腰が抜けちゃったじゃない」

「言っとくけど、普通に準備無しの一対一やったらミリーには勝てないからな」


「よもや玉砕覚悟と思っていたが、アサヒ殿のおかげで希望が見えてきた。我らの種族も生き残れそうだ」

「そりゃなにより。ただ、先に言っとくけど、お前らが増えた分この村の食料生産は全然足りてねぇんだからな。魚人族にも手伝ってもらうかんな」

「安心しろ。アサヒ殿の力になれることならば、何でもする覚悟だ」


 燃焼が終わっていき、真っ黒になった平原で動く者はほぼいない。




 しばらくすると、ズタボロの状態となったリューナがこちらへとやってくるのだった。

 顔にはもはや敵意がなく、すべてを諦めたような表情となっている。

 その彼女は開口一番に、


「降伏するのじゃ。どうかこれ以上の戦いはやめてほしい」


 なんて言ってくるのだった。

 その声には、悔しさも絶望も、ありとあらゆる負の感情が込められていたが、それでもなお、己にできうる最善を彼女はしようとしている。

 最善とはすなわち、これ以上同胞が殺されないよう交渉することだ。


「アサヒ殿、こいつらはこの場で全滅させておくべきだ。同胞を数多く殺された恨みを彼らは一生忘れない。いつかアサヒ殿の首を奪いに来ると思う」

「あたしも同意見よ。彼らをこのまま行かせるのは危険だわ」


 うわぁ……ライカもミリーも容赦ねぇなぁ……。


 リューナが身を低くして、頭を地面に擦りつけていく。


「どうか……どうか、わらわの首だけで勘弁してたも。仲間たちだけはどうか、救って欲しいのじゃ!」

「都合が良すぎるんじゃない? 私が一騎打ちを申し出ても断ったくせに、いざ自分たちが窮地に陥ったら自分の首だけで許してくれなんて」

「わかっておるのじゃ! じゃが、そこを何とか頼む! お願いじゃ! わらわたちはもはや生きていけん! このままでは種が滅んでしまう!」

「魚人族をこれまで散々殺しておいてっ! そんな理屈が通るわけないでしょうがっ!」


 ライカが今にも剣を振り下ろしそうだったので、俺は手をパンパンと叩いて止めに入る。


「あー、わかったわかった、お前らが仲悪いのはわかったから。んじゃ生活区域は分けよっか。協力も最低限にして、別々の経済をつくるって方向で」

「なっ! アサヒ殿! よもや村に迎えるつもりか!? そんなの反対だ!」

「そうよ、こいつら何するかわかんないわよ」


 ライカとミリーを無視して、リューナの元に歩み寄る。


「俺が勝ったら村民になるって約束だもんな」

「ほ、本当に受け入れてもらえるのか!? 自分で言ってしまうのもなんじゃが、それは人が良すぎると思うぞえ?!」

「いやだって嫌じゃん、負けた方が皆殺しーとか。どこの蛮族だよ。俺ら文明人だぜ? 戦争ってのはただの外交手段だから、戦いに決着がついたら本来殺し合いはもうしないんだよ。……まあ、そもそもお前らの命かけた突撃戦法は正直どうかと思うけど、水が問題なんだろ? そんなん俺が全部解決してやるって」


 そう言って手を差し伸べる。


「アサヒ、おぬしは……。なぜじゃ? 正直、おぬしの考えが理解できん。ここまでわらわたちを皆殺しにしておいて、なおもわれらを村に迎え入れるのはなぜじゃ!」


 俺は彼女に向かって差し出した自らの手を見つめる。

 その手の染まっている色を。


「……こっちの世界なら、俺は躊躇わないかもって思ってた。でもさ、やっぱりナパーム弾のスイッチを入れるとき、躊躇いがあったよ。ははっ。一番都合が良いのはたぶん俺さ」


 小さくその手を握りしめる。


「素直にこの手を取れ、リューナ。殺し合わずに済む方法を、一緒に考えよう。科学がきっと解決してくれる」

「……」


 リューナが躊躇いがちに手を伸ばしてくる。


「おぬしの言葉の意味が、未だによくわからん。じゃが……」


 リューナがこちらの手を取る。


「信じよう。おぬしの言葉には不思議な力が籠っておった。それにわらわたちの命運はもとよりおぬしに預けるほか選択肢があらん」

「うん。素直でよろしい。よし! みんな仲良くね」


 未だにライカやミリー、エリナは反対のようだったが、俺は意見を変えるつもりはない。


「っていうかお前らはそもそも殺し合わなくていいの。クエストフラグが勝手にそうしているだけだからっ! 魚の取れる水とかそこら中にあるからっ!」

「そ、そうなのかの??」

「周り見ろやまったく!」


 なんにしても、やることが増えたな。

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