第9話 蜘蛛人族襲来
あれから、水道インフラのための配管を整備したり、電気関連の調整をしたりと忙しい日々が過ぎていった。
純水製造装置にはまだ手が出せておらず、魚人族には未だ俺のお手製純水で日々を過ごしてもらっている。
そんなとある日――
「アサヒ殿、一体何をされているんだ?」
俺が村から少し離れた草原でせっせと作業をしていると、それをライカが覗き込んできた。
「え? ライカクエの続きの準備だけど。あ! それ触んなよ!」
「あっ、す、すまない。らいかくえ? というのは一体なんだ?」
「お前のクエだよ。ライカクエは管理権を得た後に必ず防衛線が必要なんよ。蜘蛛人が山のように攻めてくるの」
ライカの顔色が見る見る曇っていく。
「蜘蛛人だとっ!?」
蜘蛛人というのは下半身が蜘蛛で上半身が人である、いわゆるアラクネと呼ばれる種族で、魚人族とは犬猿の仲だったはず。
たしかゲームの設定では、魚人族がペトリアに住めなくなったのも蜘蛛人が主犯となっていた。
「うん。ライカクエが俺の知ってる通りに進行してるんなら来るはずだよ。数が多いからこのクエはけっこう失敗率も高いんよね。しかも俺単体はゲーム中盤のモンスと戦えるほど強くないし」
「そんなっ! 急ぎ防衛網を構築しなければ! アサヒ殿、力を貸してくれ!」
そう。
ライカクエは、管理地域の防衛とは何たるかを学ぶいいクエでもあった。
本来であれば防御柵を作ったり、兵士を育てたり、歩哨を建てて防衛能力をあげていくんだが――
「あー、うん。大丈夫。防衛は俺一人でやるから。ライカは危ないから村の中にいてね」
「だ、だがっ! 蜘蛛人はかなり強い。中でも奴らを束ねるリューナ・エスペルタとは何度も矛を交えているが、相当な実力者だ!」
リューナ……?
知らない固有名詞だ。
ゲームだと蜘蛛人は問答無用で皆殺しにしてたけど、そんな名前の奴がいたんだろうか……?
「んま、とりあえず心配しなくて大丈夫だよ。蜘蛛も所詮は虫だから」
心配そうに見つめる彼女を横目に準備を進める。
もちろん蜘蛛人のことはエリナやミリーにも話しておいたが、俺が大丈夫大丈夫と豪語すると、不安そうな表情となりながらもそのまま見守ってくれるのであった。
そんな日々が過ぎて、ようやくその防衛戦の日となった。
*
ロド村から少し離れた場所にある広大な草原の向こう側には、かなりの数の蜘蛛人部隊が展開している。
ざっと見積もって二千体と言ったところだろうか。
想像を遥かに超える数の蜘蛛人が現れたことで、この場にいる全員に絶望が広がっていく。
「こ、こんなの……っ、勝てないよっ!」
「アサヒ様っ! 今からでも逃げることを考えるべきですっ! お願いします! どうか逃げましょう!」
ミリーとエリナが二人して泣き言を言ってくる。
「いやいや、大丈夫でしょ」
「あんたは何言ってんのよ! こんな数、勝てるわけないじゃない!」
未だ不安な表情を浮かべるミリーとエリナを横目にしていると、蜘蛛人側の使者がやってきた。
独りだ。
他の蜘蛛人が黒い色をしているのに対して、この蜘蛛人だけは純白色をしている。
上半の人間部分も色白で、真っ白な髪は長く、下半の蜘蛛部分にかかる程である。
上だけ見ると、聖女と見間違うほどの美しい人間なのだが、下半が下半だけに脳がバグってしまいそうだ。
「蜘蛛人族の族長、リューナ・エスペルタじゃ。代表のものはおらんかえ?」
「俺だけど。アサヒ・テンドウって言う」と手を挙げて答える。
「交渉に来た。わらわたちの狙いは魚人族のみじゃ。殺戮が目的ではあらん。魚人族を引き渡すのであれば、おぬしたちには危害を加えんが、どうする?」
「へぇ……以外に話が通じそうな相手じゃん。質問に質問で返して悪いんだけど、なんで魚人族がほしいの?」
「そやつらは水を清浄化する気概がある。じゃが、わらわたちは魚が主食じゃ。水がある程度は汚れておらねば魚は生きてはいけん」
「あー……そっか。純水って魚生きてけないもんな。……え、ちょっと待って、お前らペトリアから来たんだよね? じゃあもう汚れまくってるペトリアでいいじゃん」
「? そやつらを追いかけて無我夢中だったのでよくわからん。じゃが、ここに来るまで水の類は見つけられんかった。そやつらを始末せねば、我らの種族は滅ぶしか道があらん」
「んなわけねぇだろ! すぐそこに川が通ってんじゃねぇか!」
「……ああ、そうかもしれんが、いずれそやつらが浄化してしまうゆえ、ここで始末する方が安全じゃ」
「いやいやいや、川も海も魚もいっぱいいるからっ! ライカたちが綺麗にしてるのなんてごくごく一部だからっ!」
「そうであろうと、魚人族は我らにとって脅威じゃ。必ずや滅ぼさねばならん」
「えぇぇ……」
……あー、これクエストフラグか。
何を言ったところで意味不明な反論しか返ってこないのはそういうわけか。
「それで? 返答は?」
「ライカたちとは――」
「アサヒ殿!!」
返答しようとしたところで、ライカが遮って来る。
「私たちのためにあなた方を巻き込むのは間違っている。リューナ! この者たちは関係ない! 危害を加えないでもらいたい!」
「ほぉ? よかろう。それでわらわたちと戦うのかえ? まあ、降伏してもそのまま食うだけじゃがな」
「私と一対一の決闘で雌雄を決させて欲しい! 仲間たちの命だけはどうか助けてくれ!」
「却下じゃ。わらわがおぬしに負けるとは思えんが、魚人はみなすべて殺す必要がある。決闘なぞせん。戦争で事を終わらせるつもりじゃ」
そりゃそうであろう。
人数差で向こうが圧倒的な優位なのだ。
決闘を受ける合理的な理由がない。
「逃げるのか!?」
「挑発にはのらんぞえ」
「くっ……!」
万策尽きたライカが舌打ちをうつ。
「おいアサヒと言ったか? おぬしらは戦いの邪魔じゃ。あっちへ行っておれ」
「勝手に話を進めないで欲しいんだけど。ライカは今俺の村の住人だから危害を加えられるのは困るかな」
「ほぉ? ではわらわたちと戦うのかえ」
「いや、戦いにすらならないね」
「よくわかっておるではあらんか。これから起こるのは一方的ななぶり殺しじゃ」
「あー、はいはい、そうだね。んじゃ俺たちも戦うってことで」
「ちょっと待ってくれアサヒ殿! 戦力が違いすぎる! このままでは皆殺しだ! 私はアサヒ殿が救いの手を差し伸べてくれただけでも感謝しているんだ! その恩義を仇で返すような真似だけは――」
彼女の口を指で塞ぐ。
「村長は俺。決めるのも俺」
静かにリューナの方へと向き直る。
「リューナさ、うちの村民にならない? 今はとにかく手が足りてなくて、猫の手どころか蜘蛛の手も借りたいくらいなんよ。悪いことしないんなら蜘蛛人もロド村は受け入れるよ」
「「「んなっ!」」」
ライカたちが愕然としているが、そっちは無視。
「蜘蛛人はどうせこの戦いで九割近くが死に絶える。復興も兼ねて、俺が面倒見てやるよ」
「はっはっはっは! もう勝った気か! いいぞえ! ならばわらわが勝ったら、おぬしはわらわの卵床となれ」
「卵床?」
「おぬしの
「いいよそれで。どうせ負けないから」
「待ちなさい!」
ミリーが前に躍り出る。
「そんなの絶対に私が許さないわっ! この化け物めっ!」
「おうおう、元気なやつもおるな。威勢のいいやつらはみな卵床じゃ。貴様の言う通り、わらわは化け物じゃ。おぬしら他種族のことなぞ、微塵も気にしてはおらん。では、戦場での」
そう言い残して、リューナは行ってしまった。
残された者たちの間には絶望の空気が漂っていく。
「ちょ、ちょっとアサヒ、ほんとに逃げないで戦うの!?」
ロド村の住人や魚人族も一応あり合わせの武装をつけてきてはいるが、戦力差には天と地ほどの差がある。
集まっている者たちには敗戦ムードが広がっており、士気はガタ落ちだ。
「アサヒ様、今一度あの御方のところに行って恩情をかけてもらえるよう交渉するべきです! 相手は一個体でも相当な脅威性を持ちますし、そうでなかったとしても、数の暴力もあります。この戦力差では、どう考えても勝ち目がございません。アサヒ様のきかんじゅう? という奴でもあの数は難しいのではないでしょうか?」
エリナも戦うのには反対な様子だ。
「機関銃は使わない。蜘蛛人ってぴょんぴょん撥ねるから俺の創った照準性能がいまいちの機関銃だと倒し切れないんよね」
「で、でしたら――」
「もうこの話おしまい。つーかお前らもう帰れ。戦うのは俺一人で十分だから。蜘蛛数千匹なんて人類の敵じゃないよ」
「そんなっ! アサヒ様……っ。こんなの、無謀です……っ!」
涙をためるエリナに向かって微笑みかけるも、不安の払拭には至らない。
仕方はなしに蜘蛛人軍団の方へと視線を向ける。
「蜘蛛人が化け物、ね。まあ確かに単純な生物の強さで言ったらそうかもね。でも――」
そして小さく俯いた。
「――人類の作り出す化物の方が、よっぽど凶悪だってところを、見せてあげるよ」
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