第7話 魚人族の襲来

「ミリー、ちょっといい?」

「ん? どしたの?」


 そう言って透明の液体が入ったコップを二つ渡すと、明らかにこちらを疑う視線をよこして来た。


「飲めって言うの? すんごく怪しんだけど。毒とか入ってないわよね?」

「いやいや、浄水設備で作った水だよ。俺も何回か飲んでみたけど大丈夫だって。むしろお前らが飲んでる川の源水こそ俺は毒水だと思ってんだがね」


 ジト目を送りながら、ミリーは仕方なしにそれを飲み込んでいく。


「うん……。なんだろ。どっちも普通?」

「よしっ! いやったぞ! 最高評価だ!」

「え? いやちょっと待って、あたし普通って言ったんだけど」

「浄水で普通に思えるくらいなら満点も同然よ! 普通とはつまり普段使いできるという意味! インフラにとって普通ほど最高の評価はないのさ! もう片方は、俺が思いつく限りの純水化を行ったんだから普通で当然さ。蛮族のお前でも味の違いが判らないってことはほとんど遜色ないというわけだ! はっはっはっはっは!」


 大喜びする俺に対し、ミリーは「あー、そう」と呆れた表情を返してくるのだった。


「てっきりもっと美味しい水が飲めるのかと思ってたわ」

「んなわけねぇだろ。水の味ってのは水中のミネラルバランスで決まるんだよ。ミネラルを除去しにいく浄水化で味がうまくなるわけないじゃん」

「偉そうに言わないでよ」

「浄水化はうまい水を作る行為じゃなく普通の水をいかに安定的につくるかの技術なんだ! その点これは完璧だな!」

「さいで」


 そんな風に話す俺らのところに、エリナが肩で息をしながら部屋へと飛び込んでくる。


「アサヒ様! 大変ですっ!」

「うおぉ、エリナか。どした? そんな大急ぎで」

「村の外に来てくださいっ! 魚人族が来てるんですっ!」


 魚人族……?

 なぜに?


 三人して村の入り口に向かっていくと、数百人規模の魚人族が村の外でたむろしており、そんな彼らにロド村の村人たちは敵対的な視線を送っていた。

 この規模だと、確かに村を襲いにきた盗賊と捉えられてもおかしくはない。


 ちなみに魚人族というのは、体のそこかしこにヒレがあったり、水中呼吸のためのエラがあったりするのだが、見た目で言うとほぼ人間である。

 俺らがやってくるのと同時に、代表と思しき女性が前に出てくるのだった。


「あれ、ライカじゃん。なんでライカがこんなとこいんの」

「なっ! なんで私の名前を知ってる!?」

「いや、だってそりゃあ、有名なクエのキーパーソンだもん」

「く、くえ? き、きーぱーそん??」

「あれでもおかしいな。ライカが出てくるのってペトリア辺りでしょ? 中盤じゃん。なんでこんな序盤も序盤の村にいんの?」

「な、なんで私がペトリアから来たと知ってる!?」

「ゲームでプレイしたから」

「げ、げーむ……? いい加減わからん言葉を使うな!」

「あ、すまんすまん。で? どしたの?」


 ライカは顔をしかめてくるも、話を進めてくれるようだ。


「我ら魚人の民が暮らしていくには美しい水が必要なんだが、最近人間が増えすぎて、川も湖も汚れてしまっている。直接人間の国に抗議をしたのだが、聞く耳も持ってもらえなくて、助けてもらえないかとここへやってきたんだ」


 あれ……?

 このセリフってクエのセリフまんまじゃん。

 え、でもおかしくね?

 ライカのクエってペトリア国にあるエルムド山に入るとクエストフラグが立つやつでしょ?

 今ライカが言ってる綺麗な水とやらもエルムド山中腹の湖にあるはず。


「おお! それは!? なんと綺麗な水なんだ!」


 なんて思っていたら、ライカがミリーの持つコップを見つめながら勝手に話を進めていく。


「え゛!? いや、これはアサヒが用意した奴! あたしは関係ないっ!」


 コップをこっちに押し付けてきた。


「アサヒ殿と申されるのか! そちらの綺麗な水は一体どこで……?」


 嫌な予感に警戒心を高める。

 ここまで全部クエ通りのセリフだ。


「いや……、こっちはいろいろやって純水化したやつだけど……」

「素晴らしい! どうか、我らをこの地に住まわせてはもらえないか? 我らは綺麗な水がなければ生きていくことができないんだ」

「えぇぇ……。マジでどうなってんの。なんでライカクエがロド村で発生して、しかも中間クリアフラグまで立ってんの。意味わかんないんだけど」


 その瞬間、俺はとあることに気が付く。


 ちょっと待てよ。

 ペトリア国は毒沼とか毒川とか、とにかく景観が毒だらけのエリアだったはず。

 ライカクエをクリアするには、エルムド山の湖で採れる『純水』というアイテムを持った上で彼らに話しかけて、魚人族をその湖にまで護衛する必要があった。

 彼らはそのまま湖の周辺に集落をつくるのだが、クエストを進めていくと、彼らの定住地ごと管理地にできてしまうのである。


 このクエストの発生フラグはてっきりエルムド山に入ることだと思っていたが、もしかして非常に綺麗な水の近くに行くこととかだったりしたのだろうか?

 それとも純水を既に手にしてしまったからクエストフラグが立ったとか?


 訳が分からず混乱し続ける。


「あのさ、ライカってそもそもどうやってここ来たの?」

「それはもう……、もともと住んでいた場所はほとんどの地が毒に侵されてしまい、着の身着のまま逃げてきたんだ……」

「いや、ちょっと待って、ロド村までどんだけ距離あると思ってんの? 着の身着のままってレベルで来れなくね?」

「その通りさ。ご覧通り、すでにみな疲弊しており、ここを見つけられなければどうしたものかと思っていた次第だよ」

「ロド村に来るまでに村も街も国も山ほどあんだろ! なんでそこいかねーんだよっ!」

「? そ、そうなのか? 昨晩から無我夢中で走って逃げてきたから、それらには気が付かなかった」


 んなわけねぇだろ。

 そもそも一日で走破できる距離じゃねぇし。

 クエストフラグ強すぎだろ。

 うーん……。


 俺が唸っていると、ミリーから声がかかる。


「どうすんの? 助けてあげるの?」

「別に助けるのはいいけど、純水はまだ量産ができないんよ」

「あんたがつくった浄水設備? ってとこの水じゃダメなの?」

「彼女らが暮らす水としてはダメだね。カルキとか入ってるから。うーん。電気さえ安定確保できれば、純水製造装置はつくれるんだけどなぁ」


 魚人族も別に井戸水を飲めはするが、たしか一日に一回くらいの頻度で純水を飲まないと衰弱して、いずれ死んでしまうという設定だったはず。


「電気ってやつは手に入らないの? 魔素溜まりで作れるとか言ってたじゃん」

「安定性に難があるけど……、まあやるか。電気はいずれ絶対必要になるし。よし! いいよ! しばらくは俺が純水を作って何とかするから、その間に電力供給できるようにして純水を供給できるようにするよ」

「おお、なんて慈悲深い。ありがとう、アサヒ殿。何かお礼をせねばな。種全体を救ってもらうのだ。簡単なもので済ませてはわだかまりも残ろう。そこで、我が身を差し出そうと思う」


「「「……はぁ?」」」


 俺、ミリー、エリナの三人で揃ってぽかんとしてしまう。


「私はこう見えて、周辺の村々でも噂されるレベルの容姿を兼ね備えている。不足であろうか?」


 ライカは上着を脱いで素肌を晒してくる。

 たしかに玉のような肌に女性としての豊かな膨らみを兼ね備えている。

 容姿に関しても、種族の救命を天秤にかけるだけのことはあろう。

 人によっては巨万の財を積んでも手に入れたいと思うレベルだ。


 そんな彼女は顔を赤らめながら、こちらをチラチラと見て来たのだが――


「ダ、ダメに決まってんでしょうがっ!」

「そ、そうです! アサヒ様はいちおう私と結婚しているということになっているんですっ!」


 ミリーとエリナが猛抗議を始める。


「そうなのか? では、妾という立ち位置でも構わないぞ」


 そんな風に言いながら、体を摺り寄せてくるのであった。

 だが俺の頭はまったくべつのことを思考している。


「あ! なるほど、エルムド山で地域管理権がもらえるのってビッチエリナと同じパターンだったのか。ってことは――」


 べったりとくっついてくる彼女に向かって、


「お前、ビッチライカだったのか!」

「「「んなっ!!」」」


 女性陣三人に衝撃が走り、なぜか俺はその後、蛮族ミリーに殴られるのだった。

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