第5話 偽装結婚

 その後、俺は三十分くらい十字石碑の前で祈るなり、神父がやりそうなポーズを取ってみたりと馬鹿なことをしてみたが、何も起こることはなかった。


「浄化ってもしかして、ゲーム特有の現象なの……」


 電力源確保の計画がさっそくパーになりそうである。

 おまけに、ここを浄化できないということは、魔物は毎晩湧き続け、エリナの言葉を信じるのであればあと半年もそれを続けなければならなくなるわけで。

 俺の引きこもり生活がいよいよ遠のいてしまう。


 絶望に膝を屈し地面に頭を打ち付けていたところ、ミリーから声がかかった。


「ねぇ、ここにボタンみたいのがあるけど?」

「……え?」


 ミリーがそのままそれを押す。

 すると周囲に光が湧きたって、見覚えのあるエフェクトが周囲一帯を覆っていくのだった。


「これでいいの……? って、え? どしたの?」


 俺がさらに絶望に沈んでいるのを見て、ミリーが動揺する


「ボタン一つで浄化できんのかよっ……!!!」

「あー……、でもよかったじゃん。ほら、クエストもこれで達成なんでしょ?」

「よくねぇわっ!!」


 そのまま彼女にむんずと近づいていく。

 ミリーは十字石碑を背に逃げられなくなり、そのまま俺に壁ドンされることとなる。


「あぅ。ア、アサヒ、ど、どしたの?」


 ミリーは顔を赤らめながら、地面と俺を交互に見ていた。


「ボタン一つで浄化できんなら、なんで素材剥ぎ取りもワンクリックにしなかったんだよ! 薬草採取もワンクリックでいいじゃん! 剣振るのも魔法出すのも、それどころかファストトラベルだってワンクリックでいいじゃねぇかぁ!!」

「ア、アサヒィ、近いよぉ」


 いんや! と言いながらさらに彼女に密着するほど体を近づける。


「そもそも水が飲めねぇんだよこの世界! 井戸水だの川水だの、どんだけ雑菌がいると思ってんだ! ガンジス川顔負けだっつーの! ……あ、ここガンジス川は言い過ぎだろってツッコみどころね」

「うぅぅぅぅ、ちかいぃぃ……」

「蒸留器作ったはいいが、水とか沸点たけぇわ! メチクロ*ぐらいにすぐ飛べや! ミリーもそう思うだろ!?」

(*メチクロ:メチレンクロライドの略称、沸点40度の溶剤)

「あうぅぅぅ」


 ため息をつきながらライフルを肩に担ぐ。


「はぁ、まったく……。帰るか。とりあえずクエスト達成だし。なんにしても助かったよ。まさかボタン式とは思わなかった」

「う、うん。あたしも、ちょっと得しちゃった気分だし……」


  *


 村に帰って魔物の発生源を潰したことをエリナさんに報告し、とりあえず夜も遅かったので寝ることにした。


 次の日、俺は報酬を受け取るために村長の家へと伺うことになった。

 ちゃっかりエリナも功労者として同席している。

 エリナのお父さんもお母さんも、これから社交界にでも行くかのように着飾っており、とても礼儀正しく挨拶をしてきた。

 そして開口一番にこんなことを言ってきたのである。


「それではアサヒ殿、エリナとの婚姻はいつになさりましょうか?」


「……ん?」

「え゛!?」


「エリナや、お前も気持ちの整理はできたかい?」

「は、はい、お父様。その、正直なことを言えば、この話が決まったときは不安だらけでした。ですが、アサヒ様と接していく中で、もっとアサヒ様のことを知りたいと思うようになっております。まだアサヒ様のことが好きなのかと問われると戸惑いはございますが、それでも前向きにこの話を捉えていける覚悟ができております」

「そうかそうか。私も少しの間ではあるが、アサヒ殿とお話して、その為人ひととなりは立派な方だと思っている。しっかりと二人で幸せになる努力をするんだぞ」

「はい! お父様!」


 なんだか親子で盛り上がっているけど――


「あー……、すまん。何の話してるの?」

「これは異なことを。アサヒ殿とエリナの婚姻の話ですぞ」


 ……?


「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」


 ミリーと二人してハモる。


「いや、なんでそういう話になんの!?」

「いえですから、アサヒ殿が村の管理権をご所望されておりましたので。それを今の法律で実現しようとなると、我が娘と結婚して私の家督を譲るほかありませんでしたので」

「ええええええ!?」


 ミリーが間に割って入って来る。


「ちょっとあんた!? なんでそんなことになってんのよ!? 何が狙い!? この子?! このうさ耳っ子が狙いなの!?」

「ちっげぇわ! 俺は管理権が欲しかっただけで結婚なんてすると思ってなかったわ!」

「契約書を書いたんでしょ!?」

「んなもん読むわけねぇだろ! 常識的に考えて魔物討伐の報酬で村長の娘とか出てこねぇわ!」


 これまでのいろんなことに合点が行く。

 村の管理権を要求したとき、エリナは悲し気な顔をしながらも、それを了承していた。

 自分を差し出さなければならないことに少なからず拒絶感があったからであろう。


「で、ですがアサヒ殿、もう初夜はお済なのでしょう? 昨日エリナが部屋へと赴いたではないですか」

「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 ミリーの悲鳴に近い声と顔が俺に迫る。


「あんたって! あんたって男はっ!」

「いや、ちょっと待て、誤解だ。俺は丁重にお断りをしてエリナさんには帰ってもらっている。だよな!?」


 当の本人に話を振るも、


「ア、アサヒ様がお望みでしたら、婚姻した私は拒否致しません……」


 顔を赤らめながらそんなことを言ってきやがった。


「ア~サ~ヒ~」


 ちかいちかいちかいちかい。

 顔が近い。


「いやだから、俺はそんなん望んでねぇって! そもそも、なんでミリーがそれを気にすんだよ! お前関係ねぇじゃん!」

「それは――」


 そこからミリーは口をパクパクさせながら言葉が続かなくなる。


「――知らない! もう! アサヒなんて知らない! アサヒのばかぁぁぁぁ!!」


 彼女は飛び出して行ってしまった。


「えぇぇぇ……」


 村長が咳払いをしてくる。


「と、とにかくアサヒ殿、結婚されないとなると、村の管理権を法的に譲渡することができないのですが、いかがしましょうか?」

「うーん……。よし! じゃあ偽装結婚にしよう!」

「ぎ、ぎそうけっこん!!?」

「うん。俺は村の管轄権が欲しいだけだから、結婚したことにさえしてくれればいいよ。エリナも俺みたいな男になんて興味ないでしょ? 好きな人出来たらその人と結婚してくれていいから」

「は、はぁ……」


 こうして、俺とエリナの結婚(嘘)は無事成ったのであった。

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