第2話 ロド村のチュートリアルクエ

 振り返ると、そこには青髪のうさ耳の少女が立っていた。


「えっと、何でも作ってしまうアサヒさんで合ってますよね?」


 あ、見たことのある顔だ。

 えっと、名前なんだっけ。


「あ、あのー?」


 えすら?

 いや違うな。

 えるな??


「ア、アサヒさん?」

「そうだ! ゾンビエリナだ!」

「うわぁ!? ゾ、ゾンビ!? 違います! 私の名前はエリナです!」

「ああ、すまんすまん。NPCの名前は全部記憶してたつもりだったんだけど、万が一抜けがあったら嫌だなぁと思ってつい」

「え、えぬぴー?」


 彼女はこの街から少し離れたところにある小さな村の村長の娘だ。

 たしか、サブクエのキーパーソンになってたはず。


「いや何でもない。それでなんか用?」


 未だクエスチョンマークを浮かべる彼女ではあったが、俺の問いかけにうさ耳をピンと伸ばしてくる。


「あ! は、はい。あの、よかったら助けてもらえないでしょうか?」


 この頼み方の段階で、彼女の困りごとにおおよそ見当がついてしまう。

 これはゲームでやったことのあるクエストの流れだ。


「あー……。うん、ごめん、他を当たってくれ」

「な! まだ内容すら言ってないじゃないですか! お願いします! もう頼れる人がいないんですよぉ」

「いやぁ、でもさ、ロド村の魔物討伐はクエが長いんよ。俺そんな暇じゃないし」


 確か毎晩やって来る魔物を一週間くらい防衛する必要性があったはず。


「ど、どうして私の村がロド村だとわかったんですか!? それに魔物に困っているってことまで……?」


 知ってるも何も、有名なサブクエだ。

 このクエストは失敗すると、このうさ耳っ子のエリナが死亡してしまう。

 にもかかわらず、NPCは時間が経つとリポップする性質があるため(というかそうじゃないとクエの再受注や他のプレイヤーがクエを受注できなくなるため)、魔物に食われたはずのエリナが普通に村中を歩いていることから、彼女はゾンビエリナと呼ばれていた。


「まあ風の噂で……。そしたら俺はこれで」


 行こうとしたのだが、腕を掴まれてしまう。


「ま、待って下さい! お願いします! 助けて下さい!」

「いや、冒険者ギルドいきなよ」


 そう言うと、エリナは悲し気に俯いてしまう。


「その……、私たち、もう、お金が……」

「あ、そう言えばそうだった。ロド村は村の管理権が報酬だったか」


 ロド村のクエをクリアすると村の『管理権限』というものを得ることができる。

 管理できる地域は一プレイヤーにつき一つと決まっており、土地からは生産物があって、定期的にそれを受け取ることができるのだ。

 まあ、ロド村は序盤の村ということもあって、生産性が皆無なのでプレイヤーはすぐ別のところを取りにいってしまうのだが。


「ど、どうかお願いします! お金はないので、も、もし、どうしても無理だと仰るのなら……、わ、私が、か、か、身体でお支払いしても構いませんっ!!」

「えぇ……、どんだけだよ……」


 いや、でもちょっと待てよ。

 ネトゲをつくるためにこの世界の文明強化は必須事項だと思っており、今まではそれをここセルムの街でやっていこうと考えていた。

 だが、それは何もここでなくともよい。

 むしろ村の管理権限をもらえるのであれば、ロド村の方がスモールスタートとしてはいいんじゃなかろうか。

 それに、ロド村のクエの原因はたしか――


「うん、いいよ。村の管理権をくれるんならやってあげる」


 そう述べると、エリナは嬉しさ半分、悲しさ半分と言った表情となり、それでも仕方がないとばかりに頭を下げてくるのだった。


「わ、わかりました。では、そのように契約書を作成致します」


 なぜに悲し気……?

 まあいっか。


 その後ロド村へと赴き、契約書の内容とかはめんどくさかったので説明を受けることもなくサインしてしまい、このクエストを受けることにした。

 ゲームならクエの受注なんてワンクリックでできるのに、いちいち現地まで徒歩で行って、紙に自分の名前をサインするとか、どんだけ不便なんだよ。


 さて、このクエストは毎晩波状的に襲って来る魔物の群れをぶっ倒していくという内容なのだが――


「アサヒ様、その、さっそく今晩から魔物の撃退をしていただきたいのですが……」


 部屋でその準備をしていると、エリナがノックと共に入って来る。

 契約を結んでからは、なぜだかエリナがよそよそしく、俺のことを様付けで呼んできたりしている。


「ああ、うん。もちろん。それと、できれば様で呼ぶのはやめてほしいかな。あと敬語も」

「あ、し、失礼しました。……予想では、あと半年ほどこの状況が続くと言われています」

「半年……?」


 いや、ちょっと待て、ゲームだとそんなに長くはなかったはず。

 微妙にゲームとは違うのか?


「逃げないでください!」

「うぉ!?」


 俺が動揺を見せていると、エリナが必死な顔でこちらへと迫って来て、ベッドに押し倒されてしまった。

 こちらを掴んでくる手は震えており、それでも何かのために自分を殺さなければという思いが顔に浮かんでいる。


「前の冒険者の方々も、二週間ぐらいで、もう無理だと根をあげられたのです。魔物は多いときだと数十匹単位で現れます」


 それを半年か。

 たしかに逃げたくなるかもしれない。


「いや、逃げるつもりなんてないけど」

「最初は皆さんそうおっしゃられるのです! ですが、徐々に疲弊し、お金がもらえるわけでもなしに、この村にそこまでする義理がどこにあるんだと言い出すんです。ロド村には差し出せるものがもうほとんどありません。ですから――」


 あろうことか、エリナは服を脱いで裸体を露わにする。


「私が毎晩アサヒ様をお慰め致します! 私の身体のためとアサヒ様が思えるほどに、あなた様を毎晩――なんでしたら朝昼晩でも構いません。誠心誠意尽くすつもりです! ですからどうか、逃げないでください!」

「えええ!? いや、ちょっと待て脱ぐな! そう言うのいいから! というか俺は半年どころか今日でもう全部終わらせるつもりだったから! 村の管理権さえもらえりゃ別にそれでいいから!」

「きょ、今日で!?」

「うん。魔素溜まりがあるでしょ? そこさえ確保しちゃえばもう魔物はやって来ないから。ついでに俺の狙いはその魔素溜まりでもあるし」

「ま、まそだま、り?」


 やっぱり知らないんだなぁ……。

 それを説明してやってもいいが、面倒くさいのでとりあえずエリナに服を着せてそのまま部屋の外へと追い出していく。


「そう言うわけで、今夜は徹夜になりそうだから俺は寝る。また夜に会おう!」


 バタンッ!


 エリナがポカンとしていたのは、覚悟を決めてこの部屋へとやってきたからであろうか。

 でも、体払いとかどこのヤクザだよ。

 まったく。

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