異世界違ったわ ~追放されたから辺境で文明発展させてニートを目指します~

ihana

第1話 ミストラルバースオンライン

 ミストラルバースオンライン。


 俺はこのネトゲが好きだ。

 仕事はとにかく大変で忙しかったが、それでも絶対にネトゲの時間だけは毎日確保していた。


 広大なマップに無限とも思える自由度。

 何より俺がこのゲームを愛したのは、このゲームがファンタジックな剣と魔法のRPGでありながら、ほぼすべての現象が現実世界の物理と科学に忠実に基づく仕様となっていたからである。

 現実世界で俺は技術職として働いていたため、この世界の原理原則は非情に馴染みやすく、まるで魔法の存在する現実世界を生きているかのようにミストラルバースオンラインを楽しむことができた。 


 それに――。


 画面に向かって他愛もないことをチャットで話せるフレたち。

 ボス討伐で何度も返り討ちにあって気まずい空気になるギルメン。

 ガチャでレアドロップを拾って大喜びする日。


 そう。


 俺にとって、無味無臭のリアルよりも、この画面の中にこそ一喜一憂喜怒哀楽の全てが詰まっていたのだ。

 だから俺は命を懸けてゲームをやり続けた。

 時間を切り詰め、ガチャのために仕事で金を稼ぎ、普通の人であれば過労と呼ばれるほどの状態になろうとも、それでもゲームのために心血を注ぎ続けた。

 そして――



 気付いたときには、マウスを握ったまま体が動かなくなっていた。



  *



 目が覚めて、周囲を見渡す。


 確かネトゲをやっていたはずだが……、自分は寝落ちてしまった?

 ではどうして真っ昼間の草むらで寝ているのだろうか。


 周囲を見渡してみると、視界のほとんどは草原で、少し向こうに街っぽいものが見える。


 ――どこ、ここ……? なんで俺、こんなとこいんの……?


 これほど頭が茫然とするのは初めてであったため、戸惑いながらもとりあえず歩き始める。

 いくつもの疑問が湧いては消えていったが、街の門構えが見えて来て、頭が急速に覚醒していった。


 ――あの、門は……!


 思わず駆けだしてしまった。

 もっとしっかりと、

 もっとはっきりと見たい。

 あれは――


 高さ10メートルはあろうかという巨大な街壁にはバリスタやカタパルトなどの防衛設備が設置されている。

 間違いない。

 何度も見た覚えのあるミストラルバースオンラインのはじまりの街。


「セルムの街だ……!」


 胸の中を言いも知れぬ高揚感が走り抜けて行き、思わず飛び跳ねてしまう。


「ついに……! ついにやってきたんだ! 俺はっ! この世界にっ……!」


 そのまま俺は着の身着のまま駆け出して、冒険者ギルドへと向かった。

 サブキャラをいくつも作っていたので、序盤のセオリーなんて知り尽くしている。

 隠しダンジョンも初心者向けクエストもレア素材ドロップ位置もすべて記憶済みだ。


 なぜゲームの中の世界にとか、リアルの方はどうなったとか、もはやどうでもいい!

 夢であるなら覚める前に遊びつくしてやる!


 まずは金を溜めて、パーティを組んで、初心者クエストをこなして、それで――。



 ~三か月後~



「おいアサヒ、お前は今日限りでクビだ」


 冒険者ギルドでリーダーのアルスから、いきなりパーティの追放を宣告されてしまったのである。

 まあ、思い当たる節はいろいろとあるが。


「冒険者登録すらできず、このギルドの前で途方に暮れていたお前をせっかく拾ってやったってのに、お前ときたらまるで役に立たないではないか!」

「うーん。俺もね、なんか違うなって思ってたんだ。剣を振るのがワンクリックでできないのってやっぱ辛いわ」

「わ、わんくり……? と、ともかく! お前は剣を振らないどころか、薬草の採取すらまともにできてないぞ!」

「いやだってあれ手がすんごい汚れるじゃん。臭いし。いや、一番の問題は汚れるところじゃなくて洗うための綺麗な水がないところなんだけどね」

「当たり前だろ! 匂わん薬草なんてむしろレアだわ! というか水なら川でも井戸でも使えばいいだろうが!」

「まあ、お前らはそうだよねー。衛生観念が全然違うからなぁ。やっぱ俺は基本属性が引きこもりだから、部屋でできる冒険者がいいと思うんだ、うん」

「いやそれ冒険してない! 部屋から出て!」

「魔物の剥ぎ取りも生が基本だし。はぁ……ミストラルバースオンラインって案外大変だったんだなぁ」

「な、なにをわけのわからんことを……。と、とにかく! これ以上チームの足を引っ張るようなら、お前にはパーティを抜けてもらう!」


 たぶん俺はゲームの世界に転生したんだと思う。

 転生ものの小説やアニメは好きだったのでたくさん見てきたが、『追放』なんて流行りのど真ん中。

 このイベントもまた、テンプレのようなものであろう。


「いやぁ、アルスの気持ちもよくわかるよ。俺使えないもんね。うんうん。というわけで、俺は今日から引きこもりになるためにネトゲを作ることにするよ! アルス、今まで世話になったな! ありがとう!」

「え゛!? いや、ちょっと待って、ホントに抜けちゃうの? もーちょっとよく考えて! 俺はお前が心を入れ替えてくれるんなら、やりようを考えるからさ!」

「んじゃそういうわけで」


 背後で未だこちらを呼び続けるアルスをおいて、スタスタと歩いていくことにする。

 俺は追放してくる側に仕返しをしたりするたちではない。

 ここは穏便に無視を決め込むのが妥当であろう。


 さて、ここからどうしたものか。

 この世界に来て、俺は自分の本心に気付いてしまったんだ。

 たしかにミストラルバースオンラインの世界に来て、剣や魔法を使うのは最初こそ楽しかった。


 でも文明レベルが不便過ぎる。

 クエスト一個達成するために徒歩で山超えるとかマジで辛いわ。

 普通に無理。

 こんなんじゃミストラルバースオンラインを遊びつくせんわ。


 俺はやっぱり、部屋で画面に向かってゲームするのが一番だと気付いてしまったのである。

 というわけで、この世界の文明レベルを引き上げて、ここでもネトゲをできるようにする!

 幸いなことに、この世界は物理科学の法則が生前の世界と全く同じ。

 二十一世紀を技術者として生きていた俺からすれば、答えを知っている文明発展をやっていくだけだ!

 果てしなく長い道のりではあるが、俺ならできる!

 よし! やるぞぉぉぉ!!!


「あの――」


 今後の方針を決めたとき、俺は背後から声をかけられるのだった。

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