第7話 唯一の天然もの

「それで?」

「我々に聖王国の内情をほんの少し流してくれるだけでいいのです。そうすれば、ティエルネ様が手を焼いておられる領地の魔獣どもをなんとかしてみせましょう。心ばかりの支援金もご用意しております」


 俺がティエルネ侯爵家を継いですぐに、領内でずっとこそこそを動いていたグラム教の連中が現れた。最近、領内にいるはずのない魔獣が現れて行商人などを襲っている事態を、グラム教の連中がなんとかしようって言ってきた。実にありがたい申し出だな。俺が聖王国の情報を横流しにするだけで、魔獣の問題と金欠の問題を一気に解決できる訳だ。


「……金はいい」

「はい?」

「金はいらない。その代わりに1つだけ条件を追加しろ」

「……なんでしょうか?」


 ちっ。なんだその「馬鹿息子なら反抗することもなく御せると思ったのに」みたいな表情は。こっちだって政治ど素人なことは理解して、12年も前から色々と準備してきたんだよ。


「お前らの中に『闇魔法』について詳しい奴はいるか? いるならそいつをここに残すことが条件だ」


 グラム教の男の目つきが鋭くなり、横にいたゴリアテから何を考えているのかと言わんばかりの視線を貰ったが……これに関しては譲ることはできない。


「……何故?」

「それはお前たちが理解しているはずだ」


 俺が自分のをいじりながらそう言うと、男は訝し気な表情を浮かべていたが、少しするとまさかと言わんばかりに目を見開いてから口に手を当てて考え始めた。


「…………わかりました。では、こちらで闇魔法に最も詳しい人間を1人用意しましょう。しかし、はこちらとしても重要な人材ですから、あまり乱暴しないでいただきたい」

「俺をなんだと思っている。そんなことをするか」


 闇魔法を扱えるグラム教の女か。


「では、また後程」

「あぁ……」


 なんらかの魔法で霧に隠れるようにして消えていった男を見送りながら、俺が息を吐いた瞬間にゴリアテから手を掴まれた。


「……王国を裏切るおつもりですか?」

「そうだ、と言ったらお前はここで俺を斬るのか?」

「……」


 まぁ、片目を失い聖王国軍の人間でなくなっても、結局ゴリアテは騎士のままだからな。騎士は主を裏切らないものだと言いながら、ここで俺に逆らってくるのもない話ではない。


「私は、主を斬りたくはありません。しかし、エドワード様が何を考えているのか全くわからない」

「いいんだよそれで。他人の心の中まで見通せる奴なんていないんだからな」


 俺だってゲームの知識を持っているだけで、ゴリアテがなにを考えているのかなんて知る訳もない。何故、ゴリアテはゲーム内で馬鹿をやっていたエドワード・ティエルネに最後までついてきたのか……忠義の騎士だからの一言では片付けられないはずだ。


「聖王国そのものを裏切るつもりはない。だが……どちらにせよ戦争は起こる」

「それは何故? エドワード様が王国の情報をあの人間に引き渡した結果ではないのですか?」

「俺だってどうすればいいのかわからん」


 このまま情報を流せば……来年には戦争が始まる。しかし、情報を流さなかったとしても……戦争は始まる。どうあっても戦争は避けられない。


「それに、情報を流すと言っても侯爵領に引きこもっている俺の持つ情報なんてたかがしれている。だから問題ないと思いたい……俺にとって一番大事なのは、自分が死なないことだからな」


 結局、そこに帰結するな。俺は自分が死にたくないから、グラム教の連中に情報を渡す。こいつは利用できない人間だと相手に思われたら、その時点で消される可能性だってある訳だからな。

 この12年間、俺は死なないために努力し続けてきた。個人としての戦力では、聖王国の騎士にも負けるつもりはない。しかし……暗殺を四六時中警戒し続けてるのは不可能だ。


「わかりました……なんにせよ、私はエドワード様についていきます」

「なんでそこまで……納得できないなら離れるべきだ」

「いえ、私が目指した騎士とは、忠義に生き、忠義に死ぬものですから」


 意味が分からん……命が惜しくないのか?

 騎士って存在とは……相容れないのかもしれんな。



 数日すると、あの男は約束を守ったようでティエルネ侯爵家に1人の女がやってきた。灰色の髪の中に黒色の髪が混じっている長髪の女……何故かそれなりに際どい恰好をしているのだが……こんな格好をさせながら乱暴をするなとは?


「お初にお目にかかります、エドワード・ティエルネ侯爵。私はマリーン……あちらから貴方様の元へと行けと言われた女です」

「あ、あぁ……」

「……闇魔法について教えて欲しいと聞きましたが、リュカオン神聖王国でそれが禁忌だと知ったうえで、ですか?」

「勿論だ」


 禁忌とか知ったことか。それを守って自分の命を散らすぐらいだったら、俺はそんなルールを無視して自分の命を優先させるぞ。


「そうですか……では、闇魔法についてお教えしましょう。闇の中で」


 ふんわりと笑ったマリーンの全身から、闇が溢れ出した。ゴリアテが即座に反応して剣を取るが、その間にマリーンから溢れた闇は俺とマリーンを包み込み……2人きりの空間を作り出した。


「ふふ……自分が黒髪を持っているから闇魔法を扱えると思ったのですね。可愛い人……そんな簡単なものではないのですよ、これは」


 さっきまでの温和な笑みとは違う……嗜虐的な笑み。にもかかわらず、マリーンの瞳には闇に対する嫌悪がありありと浮かんでいる。

 このマリーン、俺の知識の中に存在する女で間違いないようだ。彼女は『聖剣の小夜曲』に登場する、敵キャラクターの1人なのだが……ゲームで登場する彼女は心神喪失状態でまともに喋ることもできなかったはずだ。まぁ、登場するのは終盤でが姿を現した後だからな。

 それにしても……エッチな服着てるからそっちで誘惑してくると思ったら、闇で精神を支配しようとしてくるとは、騙されたな。


「これも全てグラム教のため。貴方の精神……を?」

「どうした?」

「なっ!?」


 俺が返事をした瞬間に、マリーンは露骨に驚いた様子で後退ってから躓いてこけた。


「大丈夫か?」

「な、何故闇の中にいながら意識をっ!?」

「ふむ……俺も闇魔法が使えるから、だが?」


 マリーンの使い方を見たまま真似してみると、マリーンの身体から溢れる闇よりも更に強力な闇が俺の手から溢れてくる。


「う、嘘よっ!? そ、そんなはずがない! だって私は……私はあんなに……」

「苦しい思いをしてようやく手に入れたのに、か? やっぱりお前も


 人体実験と言う言葉に、マリーンは唇を噛んだ。『聖剣の小夜曲』に登場するキャラクターには、何人か闇魔法を扱えるものがいる。俺の目の前にいるマリーンもそうだし、エドワード・ティエルネもそうだ。基本的に黒髪を持っているキャラクターは全員が闇魔法を扱えるのだが……エドワードは例外だ。


「その交じりっ気のない黒髪……まさか、天然?」

「そうだ。俺がこの世界で唯一、天然で闇魔法を扱える人間だ」


 笑えるよな。邪神グラム様とか言って崇めているグラム教の人間や、それを国教とするコートス王国の人間ではなく、リュカオン神聖王国の侯爵が唯一の天然ものなんだから。

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