第8話 入学する

「エドワード様」

「知らん」

「まだ何も言っていません」


 ゴリアテが呆れたような顔でこちらに話しかけてくるが、俺はそれに対する返答を持ち合わせていないので先に拒否する。


「そうだ、エドワード様に気安く話しかけるな」

「……マリーン、少し黙っていろ」

「はい!」


 そう……俺が頭を悩ませ、ゴリアテが微妙な顔をしている原因の9割はこの女……グラム教の闇魔導士マリーンだ。俺が天然の闇魔導士であることを知った瞬間に、今までの態度を捨て去ってこんな風に俺を崇めるようになった。理由を聞けば「グラム教において生まれた時から闇魔法が扱えるのは、邪神グラム様に選ばれし崇高なる人間」なのだとか。つまり……彼女は今、俺の命令ならなんでも聞くようになってしまったも同然だ……多分、グラム教は必要ないから消せと言ったら実行するぐらいには心酔されている。


「どうするのですか?」

「どうするもクソも……こうなったらもうどうしようもないだろ」


 俺としてはゲーム知識の観点から見て邪魔にしかならないのだが、今更こんな女だからグラム教に返却しますって言っても、この女は俺が天然の闇魔導士であることを奴らに喋るだろう。そうすると、かなり面倒なことになるので手放す訳にもいかない。かといって、このまま放置しているとこの女は必ず暴走する。というかもう一度した。

 あろうことか、この女は俺のことを神のように崇め始めたと思ったら、急に自分を抱いて邪神様に選ばれた子を孕ませて欲しいとか言い始めた。やっぱり宗教ってクソだなって思った。


「とにかく、俺はそろそろエーリス士官学校に入学する」

「必要があるのですか? ティエルネ侯爵家を継いでいない状態であれば、納得できますが……既に家督を継いだ貴方様には必要のない場所では?」

「会いたい人間もいるし、あの学園でやらなければならないこともある……グラム教に関することでもあるがな」

ですね!」

「マリーン、黙っていろと言ったはずだが?」


 マリーンの余計な言葉を聞いて、ゴリアテは残っている片目を見開いて俺の肩を掴んだ。


「エーリス士官学校に、あると言うのですか? 勇者リュカオンがどこかに隠したと言われている、あの女神の聖剣が!?」

「……ある」


 これに関しては誤魔化しても仕方がない……なにせ、この情報はゲーム知識で俺が知っていることではなく……上位貴族ならば暗黙の了解として知っている情報だ。当然、侯爵である俺もだ。遥か過去のティエルネ家の人間が残したメモを確認しているので、ゲーム知識がなくともその所在を知っていただろう。


「なんということだ……しかし何故、聖王国は聖剣が紛失したままだと?」

「言える訳ないだろ。建国勇者リュカオンが残した聖剣を、誰も目覚めさせることができていませんなんて……女神教を国教とする王家の信頼を揺るがすことだぞ?」


 聖剣も扱えない癖に、聖王は何百年もずっと女神によってこの国の統治を許された存在だと言い続けてきたんだ。本当は誰も女神から認められている訳でもないのに、女神と建国勇者リュカオンの名前だけを使って、な。


「では、会いたい人とは?」

「そりゃあマルファス先生だろ」

「はぁ……」


 なんだよ……俺は本当にあの人のこと尊敬してるんだからな。

 俺が3歳の時から10年以上、魔法の師として俺に色々なことを教えてくれたマルファス先生。去年、ついに魔法学園から落ちこぼれとして追い出されたと聞いた時は、金にものを言わせて俺の方で雇おうかと思ったのだが……ゲームのシナリオ通り、エーリス士官学校に先に拾われてしまった。しかし、そのことを楽しそうに俺に報告してくれたのでそれでいいことにした。

 エーリス士官学校に入ったことで忙しくなり、ティエルネ侯爵家の家庭教師は辞めてしまったが……マルファス先生から「君にはもう教えることがないよ」と言われたので、それを自信にしているのだが……まだまだマルファス先生は遠いと俺が勝手に思っている。


「わかりました。では、ティエルネ侯爵家はどうするのですか?」

「それは既に何人かに話をつけてある。それに、エーリス士官学校に入学したからと言って、仕事ができなくなる訳ではないからな」


 あっちの寮でも書類仕事ぐらいはできる。


「フローラとアグネス……それからマリーンも連れていく。勿論、お前もだ」

「私も、ですか?」

「お前以上に信頼している騎士なんていないからな」


 今年、ついに50になったというのに、若手の騎士たちを複数人相手にしても余裕で制圧するその力は、まさに一騎当千の将。これほど頼りになる男なんてそうそういるものではない。

 フローラも実力で言えば信頼しているが……あれは騎士じゃなくてメイドだし、それ以上にあのお転婆性格をなんとかしないと無理だな。マリーンは言わずもがなだ。


「……そこまで言われて引き下がれば騎士の名折れ。この身、エドワード様に捧げます」

「そうしてくれると助かる」


 こんなことを言わなくても、ゴリアテは俺が16歳でエーリス士官学校に入学することにどれだけ拘っていたのかは知っているはずだ。


 ここから……ついに『聖剣の小夜曲』のシナリオ時間軸に突入する。俺のしてきたことでどんな変化が起こるのかわからないが……必ず戦争を生き残ってやる。あの戦争はとても悲惨なものになるはずだが……終わりが訪れない訳ではないからな。それから生き残る方法なんて幾らでもある……はずだ。ゲームだからって理由で俺の死が運命づけられていなければ!

 まず運命から逃れるためには、エーリス士官学校に入学したら主人公となる人間を確認して、極力関わらないようにしよう。奴のデフォルトネームは……確か『アイリス・セレナディー』だったか……それこそが将来的に俺を殺すかもしれないだ!






「初めまして。私の名前は……これから卒業までよろしくね」

「……よ、よろしく」


 希望通りマルファス先生が担任となるクラスに入った訳だが、クラスメイトとなったアイリス・セレナディーが真っ先に挨拶してきた。

 流れるような美しい白髪に、慈愛のような感情を浮かべる黄色い瞳……道を歩けば誰もが振り返るであろう

 俺の前でゆったりとした笑みを浮かべるは、アイリス・セレナディーと名乗った。


 え? この世界の主人公、女なんですか!?

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