第5話 10年後

 俺がこの世界に転生してから10年が経過した。前世の知識は割と薄くなってきているが、10年前にこうなることを想定してできる限りの情報はメモとして残しておいたので、それを何度も見ながら記憶を補強している。とは言え、公式が出した歴史資料集に書かれていた年表には俺が転生してきた聖歴1421年から現在の1431年にはなにも書かれていなかった通り、特に重大な事件が起きたりはしていない。精々、東の隣国であるコートス王国とリュカオン神聖王国が小競り合いのようなものを続けているだけだ。

 マルファス先生との魔法訓練や、ゴリアテとの剣術訓練はそのまま続いている。ゴリアテはそろそろ50歳だって言うのに、まだまだ衰える様子もない。まぁ……ゲームでも滅茶苦茶な強さで敵として出てくるからな。


「それで、エドワード君が僕に言いたいことって?」

「……他言しないで欲しいのですが、以前からずっとマルファス先生が言っていた俺の異質な魔力の正体がわかったので、教えたい」

「魔力の正体?」


 俺が将来的に主人公と敵対する原因となる異質な魔力……その正体はずっと前から知っていたが、最近ようやく制御できるようになってきたのだ。それを信頼しているマルファス先生にだけ見せたいと思った。

 打算的な考えだが……将来的にもし、主人公と敵対することになったらマルファス先生が俺を選んでくれないかなと思っているのだ。そうすれば、敵の戦力を減らせることにもなるしな。

 色々な思惑は無視して、今はとにかくマルファス先生にその魔力の正体を見せよう。


「これです」


 俺の右手から漏れ出るように溢れてくる、黒い霧のようなもの。見ているだけで背筋が冷たくなるような感覚に陥るそれは……普通の魔法とは全くの別物。


「闇の、魔力」

「そうです」


 これはマルファス先生が言う通り、かつて女神と戦争をして敗れたと言われるだ。

 すぐさま、マルファス先生は周囲を確認してから俺の手を取る。


「……これ、他の人には見せていないんだね?」

「はい。なにせ……リュカオン神聖王国では、闇の魔力は忌むべき邪神の象徴ですから」


 過去、リュカオン神聖王国内でも闇の魔力を操れる人間は何人かいたと聞く。しかし、それを知られた人間は例外なく処刑されるか国から追放されてきた。それほどまでに、闇の魔力とはリュカオン神聖王国で忌むべきものとされている。もし、俺が街中でこの魔法を使えば……即座に国外追放されるだろう。


「そっか……まさか、感じ慣れない魔力だと思ったら、闇の力だったなんて……君の生まれにはなにかしらの秘密があるのかな?」

「さぁ? それはどうでしょうか」


 公式ファンブックに載っていたから俺は理由を知っているが、ここは白を切っておこう。


「最近、ティエルネ侯爵領にの人間が出入りしているって聞いたけど、まさか君のことがバレて?」

「それはありません。奴らはそんなことを考えるような頭はありませんから」


 グラム教とは、リュカオン神聖王国内では信仰することすら禁止されている邪神教のこと。女神教とは対をなすものだが、隣国であるコートス王国では国教にまでなっているものだ。リュカオン神聖王国とコートス王国の根深い対立構造の原因はここにあるのだが、それだけじゃないから面倒なんだよな。


「とにかく、リュカオン神聖王国で生きていくのならそれは隠して生きていった方がいい。そして……自分がそんな魔力を持っていることなんて、忘れてしまった方がいい」

「……」


 そうなるだろうな……でも、この力は忘れたりなんかできない。何故ならば……俺はリュカオン神聖王国のことよりも自分が生き残ることの方が大切だから。俺はこの力を利用して必ず生き残る。


 あの様子では、マルファス先生を説得してなんとか闇魔法の使い方を教えてもらってのも難しいだろう。そうすると独学しかないんだが……1つだけいい方法がある。それは、コートス王国出身の人間に教えてもらうことだ。

 リュカオン神聖王国で闇魔法が忌み嫌われているのは、邪神の力だから。つまり、邪神を信仰しているコートス王国からすると、この闇魔法というのは神聖なる力なのだ。扱える人間は非常に少なくても、その力について詳しく知っている人間は多い。

 ここで問題になるのは、リュカオン神聖王国内部にコートス王国出身の人間がいるかどうかって話なんだが……マルファス先生の言っていた通り、ティエルネ侯爵領には最近、グラム教の人間が入り込んでいる。こいつらは使うんだ。


「エドワード様?」

「……どうした?」

「その……怖い顔をしていらっしゃったので」


 部屋で考え事をしていたら、横でお茶を淹れてくれていたアグネスが少し怯えた様子を見せながらおずおずと喋りかけてきた。本来ならメイド如きが俺の考えを邪魔するな、なんて言った方がいいのかもしれないが……10年も一緒にいれば情が湧く。

 お茶を机の上に置いたタイミングを見計らって、アグネスの手を握る。


「え、エドワード様?」

「怖いか?」

「……いいえ」


 嘘だな。


「エドワード様は、私に乱暴なことなどなさらないと知っておりますから」

「……お前は美しく育ったな。たかがメイドとは思えないほどに」

「それは……エドワード様が、私を傍に置いてくださっているからです」


 どんな理屈だよ。

 アグネスは母親がティエルネ侯爵家に仕えているメイドだったらしいが、母親らしき姿なんて子供の頃から見たことがない。まぁ……なにかやらかして処分でもされたんじゃないかな。ティエルネ侯爵家はそういう場所だ。ただ、残った子供を放り出さないぐらいの常識はあったらしいな……お陰でこんな美人に育ってしまって。


「というか、何を食べたらこんなに育つんだ?」

「それは……フローラに言った方いい、かと」

「あれは好き勝手に遊んでいるからだろう」


 メイドとしてそこまでいい食事だって摂っていないと思っているのだが、何故かアグネスとフローラは女性的な身体つきに成長していた。それこそ、もういい年になったはずの父親が鼻の下を伸ばすぐらいに。一応、息子である俺の専属メイドであることを理解しているらしく、手は出されていないようだが。ゴリアテとマルファス先生の指導によって力をつけていく俺に対して、父は既に強く出られなくなっているぐらいに情けない男だからな。


 あんな両親でも死んだから悲しいと思うのだろうか……別に思わないだろうな。

 いつになるのか知らないが『聖剣の小夜曲』では、エーリス士官学校に入学した時からエドワード・ティエルネがティエルネ侯爵家の当主であった。つまり、俺の両親はなにかしらの理由でそのうち死ぬはずなんだがな。

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