第3話 何度もお世話になった先生

「やかましい、離れろ」

「えー!? まえはよろこんでたじゃん!」


 エドワード・ティエルネはとんだエロガキだったんだな、よくわかったわ。

 アグネスにフローラとか呼ばれていたな。俺の記憶の中にフローラと名前のついたキャラクターは……いるな。

 エドワードのお供としてゴリアテと一緒に登場するキャラクターで、メイド服なのに巨大な戦斧を扱うキャラとしてそこそこの人気を博していた。二次創作ではよく、主人公に引き抜かれるような話を見たものだ。


「それにしても、やっぱりエドワードさまはくろいかみ黒い髪がキレイだね」

「綺麗か? この国だと不吉の象徴だろう」


 馬鹿親は親バカでもあるので対して気にしていないが、この髪が理由でエドワードは鬱屈とした感情を抱えていた記憶があるぞ。感情をそのまま思い出すことなんて人間には不可能だが、そういう気持ちになったっていう過去の経験は思い出せるものだ。

 ティエルネ侯爵家というかなりの高位貴族に生まれながら、周囲の貴族の人間からは黒髪を疎まれていたらしい。子供の頃からこんな感じなんだから、ゲーム開始時の性格も歪む訳だな。まぁ、エドワードが最初からゴミだってのはあるんだけど。


「キレイだよ!」

「エドワードさまにしつれいでしょ!」


 馴れ馴れしく接してくるフローラに、アグネスの我慢が限界だったようで、空色の髪を掴まれて引き剝がされていった。滅茶苦茶痛そうにしているが……アグネスは容赦なく怒っている。普通に考えて、自らの主人となる人間に対して滅茶苦茶馴れ馴れしく近づいてきてため口で喋ったら、そりゃあメイドとして怒るわ。

 エドワードは元々エロガキだったみたいだから、多分フローラの接近を許していたんだろうが……幼女は所詮可愛いだけで欲情の対象にはならないからな。


「それで? アグネスは何の用で俺の部屋に来た」


 全身が痛いから早めに終わらせてくれると助かるのだが。


「まほうのかていきょうしについて、なんとかなったとエドワードさまのごりょうしんが」

「そうか。マルファス教授は受けてくれたか」


 俺の知識の中にある『聖剣の小夜曲』に登場するキャラクターで、もっとも大人としてしっかりしている魔法教授がマルファス・ハリスという人間だ。原作知識がしっかりと働いてくれて俺は嬉しいよ。


「なら明日に備えてさっさと寝るか。フローラはさっさと出てけ」

「アグネスもだよ?」

「わ、わかってます!」


 なんか……姉妹みたいだな。しっかりものの妹とやんちゃな姉って感じか? 実年齢としてはフローラは俺より1つ上だったはずだが。





 翌日、朝からマルファス教授が来てくれることが楽しみで仕方がなかった俺は、早朝からずっと外の庭で待っていた。魔法の実技をするのならば、ここしかないからな。


「あの……君が、ティエルネ侯爵の息子、なのかな?」

「そうです。お会いできて光栄です、マルファス・ハリス魔法教授殿」

「お、おぉ……」


 猫背で少し自信がなさそうな灰色の髪を持った青年。彼こそがマルファス・ハリス……神聖王国の魔法学園では落ちこぼれ扱いを受けながらも、天才的な発想力を持っていることを見抜かれて後々主人公たちの前に現れることになるネームドキャラクター。

 俺のテンションは滅茶苦茶高い。何故ならば、今まで出会ったネームドキャラクターは俺自身であるエドワード・ティエルネ、そして同じく敵として現れるゴリアテとフローラだ。しかし、俺の目の前にいるマルファス・ハリスは、なんと主人公たちの味方になる大人キャラなのだ。つまり、俺が自分で動かしていたキャラクターがつい……目の前に出てきたのだ!

 神ゲーの世界に転生したからと言って、人生まで神ゲーになる訳ではないが……やはり愛したゲームのキャラクターに出会えるのはテンションが上がるな。


「マルファス先生とお呼びしても?」

「え? まぁ……はい」

「もっと自信を持ってください、マルファス先生。貴方はとても素晴らしい魔法教授ではありませんか」

「そんなこと……今日も落ちこぼれなんて馬鹿にされてきたし」


 ふむ……まぁ、そりゃあそうか。

 マルファス先生の年齢は……聖暦せいれき1421年現在は27歳のはずだ。俺が現在3歳だが『聖剣の小夜曲』の始まりが……聖歴1434年、つまり俺が16歳の頃に物語は始まる。この13年間を長いと考えるか短いと考えるか……それは人それぞれだが、可能な限り努力することに変わりはない。


「それで……僕はなにを教えればいいんだろう」

「実践的な魔法ならなんでも」

「えー……そういうのって普通は座学から始めるものなんじゃ」

「それでは時間が足りないので」

「失礼だけど、エドワード君って3歳だよね?」


 そうだよ。でも、俺にとって13年間なんてあっという間のことなんだ。なにせ、俺には武器も魔法もなければ、人脈も味方だっていないんだからな! それら全てをこれから13年で補うなんてかなり難しいことだが……精一杯にやるしかないんだよ。だって戦争に巻き込まれて無惨に死にたくないから。


 さて、ここでマルファス先生のゲームでの性能を一度思い返してみよう。彼はいわゆる魔法ユニットと呼ばれるもので、基本的に物理に関するステータスが伸び難い代わりに、魔法に関するステータスが伸びやすくなっている。

 特徴的なのはそのステータス成長率。年齢がある程度高いおっさん系のキャラは、基本的に若い世代よりも成長率が低く設定されているのだが、このマルファス先生……なんと物理攻撃力と物理防御力を完全に捨て去ることで魔力の成長率が若い世代と比べても遜色ないほどに高い。

 ストーリー序盤で味方にできる癖に、初期の職業が上級職でステータスも高く、持っているスキルも優秀とは言えないまでも、どんな状況でも腐りにくいのでかなり強いのだ。当然、そんな強いキャラが使われない訳がなく、特に敵が理不尽な強さになる高難易度では必須級であることから、ファンたちにつけられた渾名は「人権」だ。ネット民ってやっぱり……なんて思う渾名してるな。でも、俺も高難易度を攻略する時は何度もお世話になった。


「私は貴方のことをとても素晴らしい魔導士であると思っています。なので、貴方が思うことをそのまま言ってくれればいいんです。納得できなかったら私から言いますから」

「うん。どうしよう……なんなら魔法学園の生徒より大人かもしれない」


 そんなことはない。俺はただ、魔法が使えるってことに加えてマルファス先生に出会えたってことで滅茶苦茶テンション高くなっているだけだからそこまで気にしないでくれ。

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