第2話 剣術指南役はイケオジだった

「また、好き勝手にやったらしいですね」

「好き勝手というか……あの教授が役に立たなかっただけだ」


 剣術訓練場で俺を待ち構えていた厳つい隻眼のおっさんは、威圧感のある目で俺のことを見下ろしながら言ったが、俺の反論に対して少し驚いたような表情を見せた。


「……一昨日とは別人ですね。何かありましたか?」

「一昨日までの俺はそんなに知性がないクソガキに見えたか? まぁ、俺もそう思うが」


 当然だが、俺には他の世界から転生してきた人間の精神が入り込んでしまったんだ。そこではこの世界はゲームとして存在して、俺は未来に起こる事柄も全部知っているんだ、なんて言うつもりはない。なにせこれは、俺が転生者として持っている最大のアドバンテージだ。人の口には戸が立てられないとはよく言ったもので、喋れば俺にどんな被害があるかわかったものじゃない。俺はこのことを誰かに話す気なんて一切ない。


「ふむ……今の貴方様でしたら、私もしっかりと対応しましょう」

「今までまともに対応してなかったってか? まぁ知ってたけど酷いことだな」

「お許しを。私はこんな状態ですが、これでもリュカオン神聖王国の誇り高き将だったのです。貴族の娯楽に付き合うほど丸くなったつもりはありません」

「貴族の娯楽ね。違いない」


 にやりと笑う俺に対して、俺の剣術指南役であるゴリアテは目を丸くしてから、薄く微笑んだ。

 ゴリアテは『聖剣の小夜曲』に登場するネームドキャラクターの1人で、後々のストーリーでエドワード・ティエルネと共に主人公の前に立ち塞がる敵キャラ。主人公側の将兵たちも知っているような有名人らしいが、ゲーム本編ではそこまで情報を明かされることなく、主人であるエドワード・ティエルネ共々戦争で命を落とす。一応、主人公側のネームドキャラクター何人かと特殊会話が存在して、内容的には元々高潔な騎士だった的なことが聞けるのだが、何故エドワードクズの傍にいるのかは不明だった。

 そんなゴリアテだが、設定資料集によって過去が明かされていた。


 彼は元々リュカオン神聖王国の実力もあって有名な若い将兵だったが、野盗退治の帰り道に強大な魔獣と遭遇し、殿を1人で務めて部下を全員逃がした。その代償として左目を失い、退役した後はティエルネ侯爵家の剣術指南役となったのだとか。


「……お前は高潔な騎士だろう。言い方は悪いが、こんなゴミ溜めティエルネ侯爵家に居ていい人材じゃない」

「ふ……次期当主がそんなことを言ってはなりません。それに……私は高潔な騎士などではありません。魔獣との戦いで片目を失い、戦うことに恐怖を覚えるようになった……敗残兵です」

「敗残兵がここまで強くては、勝った方も気が気ではないだろうな」

「はは! 奴はこの手でしっかりと仕留めましたとも」


 勝ってんじゃねーか。


「それに、騎士はどれだけゴミだろうが主人を裏切らないものです」

「侯爵家を相手によくもまぁ平然とゴミなんて言ったな」

「最初に言ったのはエドワード様では?」


 だからって便乗するな。

 やっぱり高潔な騎士なんて言葉は撤回しておこうかな。


 雑談を終えて始まったゴリアテとの剣術指南は、はっきり言って地獄だった。木剣を使っての実戦形式でひたすらにゴリアテと戦う訓練だったのだが、まぁ……忖度もなくボコボコにされるのよ。それで「お前、よくそんな手加減もできないのに侯爵家の剣術指南役になんてなったな」なんて皮肉を言ってやっても、返ってきたのは「エドワード様は以前とは性格が変わられたのだから、これくらいは耐えると思いました」なんて平然といいやがる。

 もしかしたらゴリアテは、エドワードの中に俺という異物が入っていることに気が付いているのかもしれない。だって、エドワードの記憶の中にあるゴリアテは、適当に剣の振り方を教えるだけで、実戦形式なんてしたことがなかったんだから。


「ふぅ……今日はこの辺にしておきましょう」


 数時間の地獄のような訓練を終え、陽が傾いてきた時間にゴリアテが終わりを告げた。


「クソっ……絶対、覚えて、ろよ……戦場、で、こき、使って、やる」

「ははは! 今のエドワード様の指揮の元に戦える日を楽しみにしています」


 侯爵家のクソガキとは言え、随分と気さくに喋るものだと思っていたが……この男は俺がそういうことを気にしない性格なのだと、訓練前の雑談の時点で気が付いていたのだろう。なんというか……この男には一生勝てないような気もしてきた。

 神聖王国の軍隊では有名な将兵だったらしいが、若くして名前をあげるような奴なんてこんな化け物ばかりだということだろうか。全く持って理解できない。

 それにしても……ゴリアテは俺の戦場という言葉に対して大した反応を見せなかったな。俺は口にした瞬間に「やらかした!?」と思ったんだが……もしかすると、軍隊にいた時からそんな雰囲気を掴んでいたのかもしれない。あれほど優秀な男だ……さぞ、軍隊でも便利遣いされていたことだろう。今でもただの剣術指南役のはずなのに、俺の馬鹿両親がティエルネ侯爵家の私兵の隊長にしているぐらいだからな。


 身体中が痛いが……将来的に剣を扱うためには今のうちから鍛えておかないとダメだろう。『聖剣の小夜曲』に敵として3回出てくるエドワード・ティエルネは、どんな時も武器を持たずに魔法だけで戦っていた。それがそのままステータスに反映されていて、剣を扱えるようなステータスではなかったのでネットでは非力キャラ扱いされていたな。まぁ……あれは主人公とその相棒枠がどっちもパワー型に成長するのが悪い。いや、主人公は万能型だけども。

 とにかく、俺は将来的にそんなもやしっ子になるつもりはない。こんな馬鹿みたいに血生臭い世界で生き残っていくためには、魔法だけでは足りない。いざという時に近接で対抗できるような武器があれば、生存率は上がってくれる……はずだ。


「エドワードさま」

「ん? 入れ」

「しつれいします」

「おぉ、アグネス」


 身体中が痛いのでぐるぐると肩を回していたら、アグネスが入室してきた。俺より2つ上らしいが、なんだかチマチマ動いしている姿に愛くるしさを感じるんだよな。将来は絶対に美しい人になるな……ゲームには出てこないから知らないけど。


「しつれいしまーすっ!」

「ちょ、ちょっとフローラ!」

「エドワードさまひさしぶりー!」


 うるせぇ! なんだこの全く空気が読めないです感が満載なうるさい女は!

 いや待てよ……メイド服ってことは、こいつも俺のお世話係なのかっ!?

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