神ゲーに転生したけど人生はクソゲーだった

斎藤 正

第1話 転生したらしい

「っ!? おいなんだこれはっ! こんなクソ不味い物を俺に食わせてるんじゃあねぇぞ!」

「ひっ!? 申し訳ありませんっ!」


 なんでこの様が庶民のゴミカスみたいな料理を食べなきゃいけないんだよっ! この料理を作った奴を絶対に殺して……殺し、て……いや、クソ不味い飯を食わされたのはムカつくが、なんでそんなことでわざわざ人を殺さなきゃいけないんだよ、アホか?


「……もういい。飯はいらん」

「え?」

「なんだ? さっさと片付けろ……この屋敷で生きていきたいならテキパキ働け」

「は、はぃっ!」


 なんか……クソ不味い飯食わされたからか知らないけど、記憶が曖昧だ。

 俺の名前はエドワード・ティエルネ。王国貴族、ティエルネ侯爵家の長男で年齢は今年で3歳。昨日は俺が大好きなSRPG『聖剣の小夜曲セレナーデ』を、引き継ぎ無しの最高難易度で初めたんだが、なんだか急に眠くなったから適当に放置して寝た。将来はティエルネ侯爵家の当主となるため、この年齢から英才教育を施されて……サラリーマンとして働いて……あれ?

 なにか……おかしいぞ。

 俺の名前は■■■■で……ごく普通の一般家庭に生まれて、兄弟はいない。小学校中学校と地元の公立に進学し、高校は少しだけ頭がいい進学校に行き、そこから大学に進学して……魔法を勉強している? 大企業の人事部に入って……聖剣を手にする光の戦士になる?


「……水だ。誰か水を持ってこい!」

「わ、わかりました!」


 よーし……水を飲んで落ち着こう。なにがどうなっているか全くわからないんだから……ちゃんと少しずつ整理していこう。





 使用人が持ってきた水を飲んでから自分の部屋にあるベッドに転がり、頭の中を整理していたらなんとなく落ち着いてきた。


「俺の名前はエドワード・ティエルネ……俺の名前はエドワード・ティエルネ……」


 口にすると頭の中に刷り込まれていくようだが……既にもう一つの名前は忘れてしまった。

 端的に言うのならば、俺はこの世界に転生してしまったらしい。異世界転生……と言っていいのかわからないが、とにかく俺はこの世界に転生してしまった。前世……死んだかどうかもわからないから前世と言っていいのかわからないが、とにかく前の記憶では魔法なんてものも存在しなかった。だから異世界転生ってことでいいのだろう。

 異世界転生であるかどうか、決めかねている理由の一つは……この世界が俺の一番愛したゲーム『聖剣の小夜曲セレナーデ』の世界だからだろう。このゲームはSRPGなのだが、主人公となって戦争に巻き込まれながら色々としていくゲームだ。端的に言いすぎだが、今はこれくらいでいい。

 問題なのは、俺がその『聖剣の小夜曲』に作中に出てくる悪役キャラになっていることだ。

 エドワード・ティエルネは、主人公であるプレイヤーになにかと突っかかってくる嫌な奴なんだが、そういうゲームによくある噛ませとかだというプレイヤーの想像とは裏腹に、結構重要な役割として色々とやらかして中盤に倒されるキャラだ。

 大事なことなのでもう一度言うがだ。

 俺は『聖剣の小夜曲』を愛しているから、ゲーム世界に転生してもストーリーをそのまま続けさせよう、とはならない。


 何度でも言うが俺は『聖剣の小夜曲』を愛していた。世間的にも神ゲーだと言われていたし、俺もそうだと思っていた。ストーリーは何度も周回したし、アートブックも設定資料集も発売日に買って、SRPG特有の難易度を上げると別ゲーみたいに理不尽になる現象も体感しながらクリアした。だが、それはあくまでもゲームでの『聖剣の小夜曲』の話であって、現実にその世界に生きる人間になったらゲームのシナリオがとか言ってられるか! 俺は死にたくねぇよ!


「はぁ……どうすっかなぁ」

「ひっ!? あ、あの……もうしわけありません」


 やべ、部屋にメイドがいるの忘れてた。


「……おい、お前の名前はなんだったか」

「あ、アグネスともうします」


 アグネス、アグネス……全く頭の中にないキャラだな。設定資料集も読み込んだからエドワードの近くにいる人間の名前も全部覚えているんだが、そんなキャラは出てきたこともない。設定資料集にすら乗っていない相手ということは、もしかして戦う能力を持たない人間かもしれないな。だってあのゲーム、戦わない人間とか名前ありで殆ど出てこないし。

 それにしても……小さいな。俺が3歳だからなのかもしれないけど、年齢はそう違うようには見えないな。真っ白で美しい色をした髪だが……扱いが悪いのか少しぼさぼさだな。


「ではアグネス、少し部屋から出ていてくれ。1人で考え事をしたい」

「わか、りました」


 不思議そうな顔をされながらアグネスは俺の命令通りに部屋から出ていった。まぁ、昨日までクソガキだった自分の主が、いきなり変なことを言い出したら誰だって不思議そうな顔をするわな。


 さて……ここから更に自分の状況と世界の状況を整理していこう。自分の頭の中でも整理することで、情報というものは正しく吸収しやすくなるからな。

 まず、この世界が『聖剣の小夜曲』であることは間違いない事実だろう。俺の名前がエドワード・ティエルネであることは偶然の一致で済ませるかもしれないが、この世界には魔法が存在して、なおかつ俺が住んでいる国の名前が『リュカオン神聖王国』なのだから。

 リュカオン神聖王国は、遥か古代に女神から守護を任されたリュカオンという勇者が建国したとかなんとか。問題はこのリュカオン神聖王国が『聖剣の小夜曲』に登場する、主人公が属する国であるということだ。

 エドワード・ティエルネ、ティエルネ侯爵家、リュカオン神聖王国、魔法、おまけに国教は女神教ときた。もう否定することの方が難しいほどに状況証拠が揃ってしまっているのだ……ここは『聖剣の小夜曲』の世界で間違いない。


 しつこいぐらいに言うが、俺は『聖剣の小夜曲』というゲームを愛していた。どれくらいかと言うと、仕事食事睡眠以外の時間は基本的にこのゲームをしていたぐらいだ。当然ながら『聖剣の小夜曲』の二次創作だって漁りまくったし、世間的にも人気なゲームだったの供給が多かったが……中に転生しちゃったみたいな小説は全く受け入れられなかった。何故か! 美しいキャラデザインとは裏腹に、血みどろの歴史と戦争ばかりのゲームだからだ!

 なんで、現代人として生きている俺がこんな血みどろな世界に転生しなくちゃならないんだ!

 世界は好きだが転生はしたくない……それが俺の『聖剣の小夜曲』に対するイメージだ。


「あー……声に出さないとストレスで死にそう」


 独り言でも言ってないと頭がイカれそうだ。誰に喋るでもなく、虚空に向かって喋りかけるとなんとなく落ち着くのだ……精神に限界が来た時、人間は一人で喋り始めるらしいけど本当だな。


 もっとも重要なのは死なないことだ。幸か不幸か、俺は未来になにが起きるかの知識を持っている。ならば、自身の死を回避できるはずだ。その為には……まずは力を身につけなければならない。この世界は現代日本と違って、なにかと血生臭い世界だからな。聖都から離れればそこには略奪をすることで生きている野盗なんかが、平然と殺しをやる世界。そこで生きていくにはやはり力が必要だ。


「よし、アグネス!」

「は、はい!」


 扉の外で待機してくれていたアグネスを呼ぶと、おずおずと扉を開けて部屋に入ってきた。


「ん?」

「ひゃっ!?」


 少し震えているのを見て、アグネスの手に触れると滅茶苦茶冷たくなっていた。そういえば、頭が混乱したことで忘れていたが今は外に雪が積もっているような季節だ……廊下に放り出すなんてすごい極悪だったな。


「悪い、こんなに冷えさせてしまって。温めてやる」

「そ、そんな!? エドワードさまがそんなことをするひつようなんて!」

「俺が好きでやっているんだ。大人しくしていろ」

「は、はいぃ……」


 エドワード・ティエルネはこれぐらい傲慢なキャラだったから、ある程度は好き勝手にやらせてもらう。急に謙虚になったら、メイドだって驚くだろうからな。

 で、だ……別にアグネスを温めるために呼んだわけじゃないんだ。


「アグネス、俺の明日の予定はどうなっているか知っているな」

「し、しっていますけど……」

「教えてくれ。頭にもう一度いれてから寝る」


 俺の頭にもぼんやりとエドワードの記憶があるので、明日の予定はなんとなくわかっているんだが……前世の記憶と混同している可能性もあるので一応は聞いておこう。


「わ、わかりました。あしたは、あさからまほうのきょうしがきて、じゅぎょうすることになっています」

「確か……午前中ずっとだったな」

「は、はい。そのあとは……ゴリアテさまと、けんじゅつくんれんを」

「ゴリアテか。そういえばそんな話をしていたな……」


 ふむ……なら問題ないか。今はとにかく、力と知識を蓄えるべきだ。子供の脳みそは吸収力があると言うが……今の俺はどちらなのやら。


「よし、今日はもう寝ることにする。また朝に起こしてくれ」

「は、はい! おやすみなさいませ、エドワードさま」


 ふーむ……ロリコンじゃないけど、メイド服姿でちょこちょことした仕草で仕事をするアグネス、可愛いな。





 この世界には魔法が存在する。貴族である俺は子供の頃から魔法を教育として覚えさせられる。これは、貴族の血筋を持つ者の方が、一般庶民よりも魔力が強い傾向があるからなのだとか。


 魔法があるからなのか、この世界の文化は随分と発展しているように見える。明言をされている訳ではないが『聖剣の小夜曲』は、地球で言うところの中世後期ぐらいだと俺は思っていたが……この世界には魔導列車なるものが存在している。もちろん、電動客車のような便利なものって訳ではないが……蒸気機関車と似たようなものだ。確か、地球人類の歴史で蒸気機関車が発明されたのは1800年頃だった気がするが……随分と文明が先に進んでいるものだ。

 その割には、未だに騎士なんて職業があって銃も発明されていない。まぁ……使える人間は限られるが、魔法の方が手軽で便利なのかもしれない。そこら辺は俺もよく知らない。

 とにかく、俺が知っているのは『聖剣の小夜曲』のゲーム中で実際に明言されている部分と、その後に公開された設定資料集に載っているものだけで、別にこの世界の全てを知っている訳ではない。


「で、あるからこそ、この魔法が成立するのです。わかりましたか、エドワード様」

「……んぁ? 聞いてなかったけど、使えればいいんだろ?」


 魔法の理論なんて小難しいこと言われても、3歳児がわかる訳ないだろ。前世では社会人まで育った人間だとしても、そこら辺のサラリーマンに対して学術的な専門分野について聞いてもわからないって言われるだけだろうが。

 どっかの学園で魔法の教授をやっているとかなんとか言っていたが、そんな頭でっかちな理論なんて知るか。要は魔法が使えればいいんだろ?


「り、理論もわからずに魔法を再現するのは凄まじい才能ですが、しっかりと基礎理論を学習することで──」

「しつこい。3歳児に理解できる内容で話せ……どうせ、机上の空論でしか普段から考えてないんだろ? これだったら王国魔導士隊にでも聞いた方が早かったな」

「なっ!?」


 生意気なガキ仕草なことは自覚しているが、実際にこのじいさんの言っていることは全く理解できないし、そもそも理解させる気があるのかわからないので無駄だ。それこそ、実際に戦場を経験している王国魔導士隊にでも師事した方が早い。


 3歳児が流暢な言葉に罵倒してくるのがそんなに気に入らなかったのか、頭でっかちのおっさんは顔を真っ赤にしながら俺の両親に苦情を言ってから侯爵家を飛び出していった。


「エドワード、そんなにダメだったか?」

「話にならなかった」


 俺の両親は……まぁ、端的に言うと馬鹿と馬鹿だ。どれくらい馬鹿かと言えば、自分たちの横領が誰にもバレていないと思っているし、息子である俺は優秀なんだと思い込んでいる。救いようのない暗愚、人間の底知れない悪意の表層に浮かんでいるカス。

 散々言っているが、領民から得た税を横領して国に少なく渡しているんだから手に負えない。まぁ……神聖王国なんて名前がついていても、そこに住んでいる人間全てが聖人な訳ではないってことだ。


「しかし困ったな……そうすると魔法の家庭教師は誰にすればいいのやら」

「……俺が推薦する人を呼べない? 名前は知ってるから」

「おぉ、それならいいか」


 ここからは、転生者としてのアドバンテージを生かす場面だ。

 俺はなんとしても生き残ってみせるぞ……この戦争ばかりでで。

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