ずっと好きだった詩へ

ラビット

ずっと好きだった詩へ

「和樹なんてもう知らない」


「詩、誤解だって」




 告白しないまま流れで付き合い、幼馴染みとの買い物を見られて浮気と勘違いされ、わずか1ヶ月で俺の恋は終わった。

 正直に言えばよかったが、プライドが邪魔してしまい食ってかかったことで彼女は激怒し、謝罪する間もなく振られてしまう。





「うわぁぁぁ~!」




 後悔と大好きな人を失った辛さから、人目も憚らず大声で叫んでいると……




「ちょっといいかな?」




 通行人の通報で警察に声をかけられ、そのまま警察署に連れていかれてしまうが、危ないものなどはなかったため、厳重注意で帰された。




「何があったか知らないけど、叫ぶなら家でやれ! 邪魔だからとっとと帰ってくれる? お巡りさん忙しいから」




――何だこの警察は――




 納得いかないまま帰り、それからしばらくは普通に過ごしていたがやはり彼女の事が忘れられず何度か連絡を取ろうとしたが、既にスマホも解約したようでどうしようもなくなってしまう。




「どした?」


「彼女に振られてさ」


「彼女いたんだ? だとしたら、私のせいだよね?」


「栞のせいじゃねぇよ。旦那んとこ帰れ」


「やだ」




 ある日、立ち直れないまま悶々としていると、幼馴染みの栞が俺の家にやって来て帰ろうとしなかった。もちろん約束などしていないが昔からそうなので慣れたものだ。




「帰れ」


「やだ」


「帰れって」


「やだってば!」




 玄関まで強引に連れていくが、栞は腕を掴んだまま離さないので困り果てた俺は栞の旦那に電話して引き取ってもらった。




「いつも妻がすまねぇな」


「今に始まったことじゃねぇから気にすんな」


「お前らしいな」




 旦那に引っ張られるように栞は帰っていき、漸く落ち着いたが旦那の隙をついては俺の家に転がり込み、旦那に引き取ってもらうといういたちごっこ生活が1年ほど続いた。

 詩はというと、俺の知らない間に遠くに引っ越してしまったようで、どこなのかもわからない。彼女をしらみ潰しに捜しまくったが手がかりすらつかめず、気がつけば喧嘩別れから3年が経っていた。




「詩……帰ってこいよ。本当に誤解なんだ。食ってかかったのは謝るから帰ってこい」




 無意識のうちに独り言をつぶやいてしまうが、当然彼女には聞こえるはずもなく虚しさだけが残り諦めかけた時、転機が訪れる。それは気晴らしにあてもなく近所を散歩していた時だった。




「あれ? もしかして和樹くん?」


「そうだけどあんたは?」


「あたしは詩の友達だけど」


「詩になんかあったのか!?」


「あんたにこれ渡しといてってさ」




 詩の友達らしき女の子から一通の手紙を渡され、帰ってから読んでみると……




【気が向いたらくれば? 詩】




 との素っ気ない言葉と連絡先、そして彼女の新しい住所が書かれていた。




「アイツ……引っ越してたのかよ。どおりで見つからなかったわけだ」


「和樹、さっきからなにブツブツ言ってんの?」


「うわ! 栞、だから突然来んなって」


「鍵、開いてたよ」




 栞は一瞬の隙をついて俺から手紙を奪い取って破こうとしたので




「そんなことしたら二度と会わないからな! 返せ」




 栞から手紙を奪い返しすぐに連絡先と住所をスマホに登録した。




「行くの?」


「当たり前だ」




 いてもたってもいられなくなり、家を飛び出そうとすると栞は後ろから抱きついてきて泣きながらこう言ってきた。




「詩ちゃんていうんだ? 私じゃダメなの? 私の方が和樹と一緒にいるの長いんだよ?」


「俺は詩が好きなんだ。離れてくれ、お前は旦那いるだろ? 大事にしろよ」




 なんとか栞を振りほどこうとしたが「行かないで! 行かないでぇ!」と必死にしがみついてきているので身動きが取れない。だが、力が弱まった瞬間になんとか家を飛び出し、無我夢中で走った。




「はぁ……はぁ……はぁ……」




 息を切らしながら新幹線に飛び乗り、6時間かけて彼女の住んでいるらしき街に到着。初めて来た場所なので当然わからず、地図を買ってひたすら歩き、やっと彼女の家の最寄りにある商店街を見つけることができ、お腹がすいてきたので牛丼屋に入ったが、そこで運命の再会を果たす。




「いらっしゃ……え?」


「牛丼キング盛りひとつ」


「本当に来たんだ?」


「詩か?」


「うん」



 しばらく沈黙が続いた末、彼女は厨房へ戻っていきそれ以上言葉を交わすことはなかった。しばらくすると牛丼キング盛りが運ばれてきたが、あっという間に完食し会計をして店を出ようとした時……




「待って!」




 彼女が追いかけてきたので少し話すことにした。近くの喫茶店に場所を移し、和解ができると思いきや彼女から予想もしていない言葉が飛び出した。




「本当に来るなんて思わなかったよ、バカじゃないの?」




 小バカにしたように笑いながらそう言う彼女にカチンときたので




「喧嘩売るために追っかけてきたのか? なら俺は帰るぞ」




 お金を置いて席を立つと彼女は焦って俺の腕を掴んだ。




「待って! 待ってよ」


「この3年、どんな思いでお前を捜したと思ってんだ! 携帯変えて引っ越すなんてズルいだろ」


「和樹だってそうやってすぐムキになって食ってかかってくるの変わってないじゃん! ズルいのはそっちでしょ」


「お前を信じた俺がバカだったよ」




 散々喧嘩したあと、埒があかないと帰ろうとするがまたしても彼女がそれを止める。




「もう新幹線ないよ? どうせ泊まるとこもないんでしょ? しかたないから家くれば?」


「そういう言い方が腹立つんだよ! お前だって俺と似たようなもんじゃねぇか。ビジホにでも泊まるから」


「町外れまで行かないとホテルもないよ」




 しばらく押し問答を続けた後、結局押しに負けて彼女の家へ。部屋に入るとさっきまでの強気な態度はどこへやら? 急に甘えモードになり出す。




「和樹、ごめん。私、本当に来てくれたから動揺してて」


「俺も言いすぎた。ごめん」




 お互い謝り少し話したあと、あの日の買い物で一緒にいたのは幼馴染みであることや既婚者であること、旦那とも知り合いであるなどすべて話してやっと誤解をとくことができた。




「ごめん。完全に私の誤解だったね」


「もういいよ。俺もちゃんと言わなかったの悪かった」


「ねぇ、本当の気持ち言わせて?」


「俺に言わせてくれ」




 そして、ずっと好きだった彼女へ素直な気持ちを伝える。これでダメなら今度こそ諦めようと決めていた。




「もう一度、俺と付き合ってください」




――言えた――




 告白したあと彼女は微動だにせず俺を真顔で見つめていたが、はぁっと息を吐いたあと静かに口を開く。




「やっと言ってくれたね。遅いんだよバカ。どれだけ待ってたと思ってんの」


「え?」


「私もずっと好きだったよ? これからずっと告白遅かったの償ってもらうからね? 前だって流れで付き合ったし」


「ありがとう」




 こうして俺たちは3年振りの再会を果たし、そのまま同棲することになったのでお互い一人暮らしのアパートを引き払い、二人で暮らすアパートを探し始めたが、ある人物がそれを許さなかった。そう、栞である。

 ある日、彼女と二人で家具や調理器具を買い、外に出たところで偶然見つかってしまう。彼女は栞の顔を知らないので、物凄い形相でこちらを見ている姿に恐怖を感じ俺の後ろに隠れた。




「和樹、その子誰?」


「何のことだ?」


「後ろに隠れた女!」




 じわじわ近づいてきたかと思うと、有無を言わさず彼女を強引に自分の前に引き寄せた。




「あんたが和樹に手紙書いてこんなところに呼んだ詩ちゃん?」


「だったら何? もしかしてあんたが和樹の幼馴染みの栞って子?」


「気安く呼び捨てすんじゃねぇよ!」




 激昂した栞は詩の髪を掴んで怒鳴りつけたが、彼女も負けじと栞の髪を掴み返し反撃。




「和樹を返せ」


「もともと私のだっての! あんた旦那いるんじゃねぇのかよ!」




 詩と和解した時、詳しく栞の話をしているので顔は知らなかったが事実は知っていた。




「何であんたがそんなこと知ってんだよ!」


「和樹に全部聞いてんだよ!」


「やめろって! 好きな人に正直になって何が悪いんだ! 何でこんなとこにいるんだよ」


「旦那に内緒で一人旅行だよ」


「嘘つけ、追っかけてきたんだろ?」


「違うって」




 詩を守りつつ喧嘩を止めながら栞に事情を聞くと、本当に偶然一人旅行に来ていたようで落ち着きを取り戻したと同時に衝撃な事実を知ることになる。

 なんと栞は俺と結婚したいために旦那に別れを切り出したらしいが当然、納得してもらえず大喧嘩した挙げ句、家を飛び出してあてもなく一人旅行を始めたらしい。

 それから数日後、しばらく別居することを電話で話し合い決まったようで、相変わらず俺たちの邪魔ばかりしている。




「もうやめてくれ。いい加減疲れた」




 栞の邪魔があまりにもひどいので限界だった俺は意を決してやめるように告げると落ち込んだ様子で囁くように呟いた。




「だって和樹が好きなんだもん」


「あ?」


「だから和樹が好きなんだって! 旦那と別れるから私と結婚して!」




 当然、よく聞こえなかったので聞き返すと今度は大胆にも通行人がみんな立ち止まるかの大声でプロポーズ。




「わ……私のセリフ取らないでよね!」




 詩も思いきりドン引きしながら俺に聞こえないように呟いた。もちろん、詩が好きな俺は栞のプロポーズをハッキリ断り、そのままの勢いで詩にプロポーズする。




「栞、お前は幼馴染みとしてしか見られないから、結婚はできないし俺は詩が好きなんだ! だからごめん。これ以上邪魔するなら、金輪際会わないし幼馴染みでもなんでもない」


「詩、俺はお前とずっと一緒にいたい。だから同棲しながら貯金していって、落ち着いたら結婚しよう」


「うん……よろしくお願いします」




 無事、OKをもらいプロポーズは大成功したが、街中なので通行人たちが祝福モード。拍手が鳴り止まぬ中、泣いている栞を慰める人まで出る始末。恥ずかしくなった俺は詩を抱きかかえてその場を後にした。

 それから栞の邪魔もなくなり数年後、俺たちは結婚。ずっと好きだった詩へ想いが届いた瞬間である。彼女のお腹に新しい命も宿り、家族3人で幸せに暮らしていこうと夜空の下で笑い合った。


【完】

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