18 RE:VS ブラッディ・コング
「嘘だろ……。ウッドホーン・ディアだけでも手一杯だって言うのに、ブラッディ・コングだって!?」
「もうあれを相手取る体力は残されてないのじゃ」
突如、乱入した
無理もない。
ずっと
「助けに来てくれた冒険者よ。悪いことは言わんっ。逃げるのじゃ。そなたらまで巻き込まれることはない!」
「そんなことっ。見殺しにはできませんわ!」
ウッドホーン・ディアの攻撃を受けるハルカが叫ぶ。突然の事態に状況は
「ブラッディ・コングは僕とムゥが引き受けるっ! そっちはウッドホーン・ディアに集中して!」
言うが早いか、近くにいたムゥを抱えて多腕の猿に向かって疾走する。誰があの性悪を食い止めなくちゃいけない。
「なっ!? それではアナタの負担が大き過ぎますっ」
不平等な提案に竜人族の青年が反対の声をあげる。
「ロイ! 行けるんですわね?」
「ああ! 一度戦ったことがあるんだ」
「ならば私たちはこの鹿を倒すことに全力を尽くしましょう!」
さすがハルカ。わかってくれて助かる。この状況で長々と話している場合じゃない。
連携の取れる僕とハルカが2人してブラッディ・コングの相手をしたら、残されたパーティーがウッドホーンディアと戦うことになる。それじゃ、助けに入った意味がない。
だから、これでいいんだ。
「ムゥもたたかわなくちゃだめなのう? きょうはもうつかれちゃったんだけどぉ」
「どっちでもいいよ? 安全な場所に避難しとく?」
「うん! そーするぅ。きょーはもうたたかいたくないのっ」
戦線を離脱して木陰にちょこんと座る。
「さあ、再戦と行こうじゃないか!」
僕としてはあつらえたようにやってきたリベンジの機会に、窮地だということも忘れて高揚していた。前回よりも成長したステータスがある。充分やれるはずだ。
金欠のために間に合わせで使っている
「そおーれえぇぇ!!」
斬りかかった剣は右上腕であしらわれるように容易く
「あの時よりも上がったステータスでもまだ駄目なのか。おかげで慢心せずに済むよ」
ギルドから受けた【D-】の評価は伊達じゃない。Eランク下位相当のステータスの僕とではまだ能力に開きがある。
高々と振り上げた上腕は3メートルほどの高さにもなった。四方から降り掛かる腕を以前みたいに地面を転がって避けるだけじゃなく、的確に剣で捌いていく。
『グルルルル。フゥー。フゥー』
「そんだけ指に傷がついたら、お得意の掴み攻撃も叩きつけも躊躇するでしょ」
ブラッディ・コングは血塗れになった指をざらついた舌でひと舐めして怒りに顔を歪めた。
「おお! すげぇ。あのヒューマン、ひとりでブラッディ・コングと
虎人の青年が感嘆の声を漏らす。それほどまでにロイの動きは神懸かっていた。
格上との戦いに臆することなく、自らの技と機転でステータスの差を埋める熟達した技量が見てとれた。拮抗した実力に危なっかしさは感じられない。
(あれは本当にロイですの?)
ハルカは驚かずにはいられなかった。初めて出会った時のロイは「スライムやゴブリンなら倒せる」というレベルのごく普通のFランク冒険者だった。自分と同じくらいの力量だからこそ、ハルカもパーティーを組もうと誘ったのだ。
今、彼はひとりで突き進もうとしている。
パーティーメンバーとして遅れを取るわけにはいかない。盾を握る手に自然と力が籠る。
「負けてられませんね。こっちも頑張りましょう! ハルカさん、そのまま押さえていてくださいっ。行きますよっ。【
一瞬にして盾がそれを持つ指がくっつきそうなほど冷たくなった。吐き出す息が白い。まったく魔法というヤツは規格外だ。
『ケェッ、ケェェッ』
竜人族の青年が放った魔法によって盾の向こう側の世界が凍りついていた。氷結した草が棘のように地面から突き出している。身動きの取れなくなったウッドホーンディアが懸命に氷の世界から抜け出そうと暴れていた。
「よしっ。氷で動きを止めたか。ナイスだ! せいやあぁぁ」
「今度こそ当ててやるわいっ! 【
『ケェェーーン!!』
脚元から氷漬けにされ、彫像のように固定されたウッドホーン・ディアに2人の攻撃が直撃した——。
向こうで戦闘が終結した音がする。
「がんばれぇーー」
それとムゥの気の抜けた
「さっさとしないと助太刀が入っちゃいそうだからね。せめてそれまでに大きい一撃をいれたいよ」
刻みつけた傷から流れた血が逆立っていた茶毛を濡れ鼠のようにペタリと張り付けていた。
『ふがぁッ!! ガアアァァァ!』
みくびっていた
4本の腕をすべて攻撃に回した、防御のことなど1ミリも頭にない乱打。純粋な力技なこういう攻撃が一番効く。
『うっ、うっ、ふうぅ』
片手剣一本しか持っていない僕は次第に押され、後退を余儀なくされる。徐々に
【
なにが言いたいかと言えば、ブラッディ・コングのとてつもない怪力で殴られれば、
「はああぁぁぁぁ! チェストオォォォ!!」
「ロイ、どうなりましたっ?」
ウッドホーンディアを片付けて駆けつけたハルカたちが目撃したのは大猿のお尻に剣を突き刺す僕の姿だった。
予想外の連戦を終えて放心したように腰を下ろした僕らは地面に根が生えたように立ち上がらずにいた。
遠くから多数のモンスターの足音が近づいてくる。
「な、なんだ。またモンスターか? さすがに多すぎじゃねえ?」
はい。それはたぶん、隣でダラダラと冷や汗を流しているうちの
乱入してきたのは十数匹の『
こんなことって……。ひどいよ。さっきあれほど探したのに。あんなに苦労したのにいぃ。なんだろう。このお腹の底から湧き上がってくる感情は。
「おのれ、確率めええぇぇぇ。ふざけんなあああぁぁぁ」
「!? ロイが壊れたのですわぁ」
「うわあぁぁ。全員参加で倒すよーー。ハイッ! そこで休んでるムゥも! さっさと終わらせて帰るぞぉぉ」
疲労で死んだような顔をした男女が油断するとまとわりついてくる小さなキノコに奮闘する地獄絵図がそこにはあった。
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