19 ダンジョンの友情は成立するのか?

「マジで危なかったから、助かったぜ」


 感謝を述べる虎人ティグレスの青年の腕には枝角鹿ウッドホーン・ディアの角で切り裂かれた浅からぬ傷ができている。ひとりでふたりの魔術師を守り続けていたのだからすごい。


 虎人ティグレスのガウル。

 竜人族ドラゴニアのグリュース。

 小人族ドワーフのフラン。


 三人はハルカの予想した通り、【魔女の大鍋】に所属するパーティーだった。


「でもなんで、穏やかな性格のウッドホーン・ディアがあんなに暴れることになったのかしら?」


「それはのぅ、この男ガウルがウッドホーン・ディアの片角を折ってしもうたのじゃ」


「だって貴重なアイテムだって言うからさ」


 ウッドホーン・ディアからドロップする〈枝角鹿の緑硬角〉は薬効がとても優れているために、回復アイテムを扱う雑貨屋や漢方屋を中心に高値で取引されている道具アイテムだ。


「馬鹿者っ。眠らせてから切るという先人たちが確立した安全な方法があるというに。さすれば綺麗な断面からまた生えてくるし、なによりあれほどに厳しい戦闘をせずとも済んだのじゃ。それをいきなり殴りかかって折る奴がおるか。そりゃ、モンスターとて怒るわッ」


「それを早く言ってくれよ」


「言うより前にお主が飛び出して行ったんじゃろがあぁぁ!」


 ガウルに飛びかかろうとするフランをグリュースが羽交い締めにして制止する。


「まあまあ、ガウルさんの猪突猛進ちょとつもうしんは今に始まったことじゃないですから」


 今までもこんな調子なのか、竜人の青年の言葉には諦念が混じっている。


「ウッドホーン・ディアを怒らせるなんて、不注意が過ぎるのですよ」


 諭すようにハルカが言う。大人だ……。ん? 待てよ?


「僕らもつい最近、大蜜蜂ハーニー・ビーを怒らせて追いかけられた記憶があるけど……」


「それは言わない約束なのですわぁ!?」


「ハチ、こわい(ぷるぷる)」


「あんたら、どこの派閥クランなんだい? 助けてもらったお礼をしなくちゃな」


「えっと……。僕らはクランには……」


「なんだい、勿体ない。なんなら、ふたりともウチに来てくれたら活躍しそうだけどなー。知ってるか? 俺らのとこ【魔女の大鍋】は魔術師ばっかで前衛職が不足してんだぜ。おかげでひとりでふたりを守るなんざ日常茶飯事さ」


「ガウルよ。派閥に入ることがすべてではないぞ。すべての冒険者が迷宮の最下層を目指していないように、な。百人いれば百通りの冒険者の道があっていいのだ」


「はいはい。フランは口うるさすぎるんだよ。全く同い年だとは思えないぜ」


「「えええぇぇ! 同い年ぃ〜〜!?」」


「な、なんじゃ、失礼な! 私はまだピチピチの二十歳じゃぞ!? このぷりてぃな姿を見ればわかるじゃろうに」


 そう言ってくるりと一回転してみせる。


 見た目は可憐な女の子だけど、小人族ドワーフもエルフほどじゃないにしろ、長寿だと聞くからてっきり……。


「喋り方でとっても損をしているのですわぁ」

 

 横で激しく頷く、僕。


「私はずっとこーゆー喋り方なのじゃ!!」


「どらごん。ルビィちゃんとおなじ?」


 ムゥは興味深いのかグリュースの身体をぺたぺたと触っている。


「あ〜。ごめんなさい。ムゥ、いきなり他人ひとを触っちゃ駄目だよ」


「いいんですよ。このぐらいの年齢の子に僕はもの珍しいでしょう。それにしてもこのドラゴンは……」


『ピュイ!』


「それは私も思ってたのじゃっ!」


 フランがバッと身体を近づけて反応する。


「ルビィちゃんはわたしのともだちなのっ。かりゅーのこどもでムゥがしょーかんした!」


「その年齢で召喚魔法を……! すごいなっ」


 素直に驚嘆する3人にすっかり気をよくしたムゥは得意げに胸を張る。


「でしょお。すごい? すごい?」


「すごいのじゃ。私たちのクランでも召喚魔法を使えるのは一握りなのじゃ」


 ええ、そうでしょうとも。五百万エルンの代償を払っていますから。


「本題に入るのだが、ドロップアイテムの処遇はどうする?」


 言いづらそうにガウルが切り出す。それはそうか。彼らからしてみれば窮地を助けてもらった形なのだ。ドロップアイテムを要求できようはずもない。


「均等に分かればいいんじゃないんですの」


 ハルカがあっけらかんと言う。こういうところは彼女の良い所だ。


「いいのか? 俺らはブラッディ・コングの討伐には関わってないぜ。そこの兄ちゃんがひとりで倒しちまった。ウッドホーンディアを倒すのだって手伝ってもらったのに」


枝角鹿それに関しては最後にちょっと参加しただけですもの。それでも気が引けると言うのであれば、お酒でも奢ってくれればそれでいいのですわ」


「そうか。ほんに恩に着る。この借りは必ず何かで返すのじゃ」


 彼らは今度はこちらが手を貸す、と何度も言った。

 地下迷宮で友情が芽生えた気がした。

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