Scene12-2





「じゃあ写真部って文化祭で意外とやることあるんだな?」

「みたい、です。まだ詳しい話は聞いていないので、どういう流れになるかは、わからないんですけど」と渕が云った。「たぶん、普段からあまり活動しているわけではないので……そういうところでアピール、しておきたいのかも、知れないです」

「なるほどなぁ。そういうわけ」

「実は五月の体育祭でも、やっていたんですけど、そのときは一年生は付き添いで。撮影は主に先輩が担当していて」

「え、マジ。気づかなかった」

「俺も」

「で、ですよね……」


 翔陽と渕が話しているのを俺は渕のとなりで聞いていた。色々と話が巡っていまは文化祭の話題になり、写真部は文化祭で外部のカメラマンとは別に『撮影係』という体で校内をまわって写真を収める仕事があるとのこと。何人かがローテーションで行うらしいのだが、詳細は渕もまだあやふやだった。


「文化祭、岬は呼ぶのか?」と俺は話の区切りを見計らって話題を変えた。

「ああ、呼ぶ呼ぶ。なんか外部の人は招待券渡せば入れるって前に先輩から聞いたけど。あれいつもらえるんだろうな?」

「申請、ださないといけないんだよね?」と渕がこちらを向いた。

 俺は渕と目を合わせた。「ああ。たしか」

「マジで? それいつまで?」

「や、まだ、はじまってないです。あれ、このあいだ担任の先生からそういう風になってるって、アナウンスされてたような……」

「おまえ話聞いとけよ」

「いやーそうだったんかぁ。んじゃ一成、申請よろ」

「なんでだよ。……いやおまえマジで自分でしろよ?」

「なぁ? いいやつだろこいつ。オレがマジでしないかもと思ってちょっと不安になるんだぜ。責任感あるだろ?」

「渕。めんどくさかったらこいつの足蹴っていいからな?」

「渕さん。彼氏の云うことなんでも聞いちゃダメだぞ?」


 おろおろした渕が笑いを堪えながら逃げるようにアイスコーヒーへ手を伸ばす。口をすぼめてストローをすすると、しゅごごご……と中身の枯渇した底を吸い上げる音がした。テーブルにおいてある食べ物や飲み物もなくなって、そろそろ頃合いかと思い、ポケットからスマホをだす。


「行くか?」

「そうだな。まあまあいい時間だし」と俺はスマホを戻した。「行く?」

「うん。いいよ」


 俺たちはそれぞれ荷物をまとめ、空いた食器やグラスをある程度揃えてからレジへ向かった。窓から差しこむ日の光も来たときと比べて弱くなり、店内は照明も相まって色濃く映る。


 頼んだものを各自精算していき、済んだ人から順に店をでていった。最後に俺が会計を終え「ありがとうございましたー」と店員さんの快い挨拶に見送られながら店をでると、入口からすこし離れたところで、渕と翔陽が話している。


「いやーでもまさか舞衣と渕さんが仲良くなってると思わなかったわ」

「それは、その……岬さん、だったから、だと思います」

「はははっ。あいつコミュ力お化けだからな。ま、これからもあいつと仲良くしてやって」と翔陽がこちらへ顔を向けた。「んじゃ、オレここで。先に帰るわ」

「ん、そっか」

「また、明日」


 翔陽が別れ際にひらひらと軽い感じで手を振り、くるりと背を向けて駅のほうへ歩いていく。たぶんだが、ふたりの時間を作るために気を使ってくれたのだろう。俺も渕もそのことを察していて、見送ったあと以心伝心したように顔を見合わせた。


「ん」


 帰ろうか、と示すように手を差しだしたら、渕がそっと手を添えてくる。駅へ向けて歩きだすと、俺は掴んでいた手をわずかに開き、小さく細い指のあいだへ指を滑りこませると、渕が躊躇いがちに心地よいところを探すように指を絡ませてきた。


「髪さ」

「うん」

「いいと思う。似合ってる」

「あ、ありがと」


 そんな風に云われると思っていなかったのか、渕の声がすこし上擦った。


「ちょっと、まだ、落ち着かなくて……前髪、短くしすぎちゃった、かも」


 横を歩く渕へ目を向けると、気にしているように空いた手で前髪を押さえていた。俺は「そう?」と云いながら顔を覗きこんだら、渕が恥ずかしそうに目を逸らし「うん……」と弱々しくつぶやく。絡んだ指にきゅっと力が入り、渕の動揺が文字通り手に取るように伝わってきた。


 夕焼けに染まる帰り道を歩いていると、学校の近くまで戻ってきたせいか、制服姿の人が増えてきた。


 俺は渕と手を繋ぎながら堂々と進んでいく。見られて恥ずかしいとか、そういうことを一切気にすることがなくなったところに、俺の心境の変化が現れているように思った。


「渕さ、テスト前って、遊びに行けたりするタイプ?」

「え、っと、どう、だろ。そのときの内容によっちゃうと思う、けど」と渕がすこし考えるように間をおいた。「今回は、あんまりわからないところとか、苦手なところ、ないから、だいじょうぶだと、思う」

「そっか。いやテスト前って、部活が休みになるから、いっしょにどこか行けたらなって、思ってるんだけど」と俺は云った。「云うてテスト前だから、どうかなって。渕が乗り気じゃなかったらやめとこうと思ってて。念のため訊いてみた」

「行きたい」

「わかった」と俺は笑みを浮かべながら云った。「部活休みのあいだ、毎日帰るのは平気?」

「うん。そうしたい」

「ん。了解。ちなみに、どっか行きたいところある? 学校帰りでもいいし、休日でもいいんだけど」

「えー」と渕が上を向きながら云った。「すぐには、思いつかない、かも」

「だよな。いやいいよぜんぜん。考えておく。なにか思いついたら教えてくれればいいから」と俺は穏やかな口調で云った。

「うん。そうする」と渕が柔らかな声音で答えた。「えー。どこにしようかなぁ」

「中学のときだけど、翔陽達は、休日は午前中勉強してから遊びに行ってたって」

「そうなんだ。でもそれ、勉強に集中、できる、の?」

「さあ。知らね」と俺は笑った。「とりあえずやったってことが大事なんじゃないか?」

 渕が笑いながら云った。「あのふたりらしい、ね」

「俺らはどうする? 渕がそうしたいなら合わせるけど」

「わたしは……えー、別にしなくて、いい、かも」と渕が云った。「絶対、集中できないと、思う、から……」


 ちらっとこちらへ目を向けると、そのあと黙って目を逸らした。その理由がなんとなくわかったけれど、俺は意地悪く「なに?」と訊ねたら「んーん。なんでも、ない……」と云って、照れ隠しをするように咳払いをした。


 話が途切れ、俺は息を入れるように繋いだ手の力を緩めてから、ふたたび握り締めた。


「愉しみ。休み」


 心の底から思ったことを口にすると、心地よく息が抜けていく。


「わたしも」


 甘く柔らかな声音で答えると、渕の声に呼応するように繋いだ手に力が入る。ぴったり重なり合う手のひらのあいだに溜まった熱が伝わり、歩いていると身体がほんのり火照ってきた。


 それからもお互いに話題をだし合いながら駅へ向かっていく。周りのことが気にならなくなったせいか、まるでノイズキャンセリングが効いているみたいに渕の声だけが耳に通り、何気ないふつうの会話をしているだけなのに、心が弾んで、胸がときめいた。


 そんな時間はなぜかあっという間に過ぎていって、駅が見えてきた。駅前で信号待ちをしているあいだも手は繋いだままで。改札を通る手前で離すと、指先に名残惜しさが滲んでしまう。


「……、じゃあ、また明日」

「うん。またね。ばいばい」


 小さく手を振ってから、渕が自分が乗る路線へ進んでいく。離れていく背中を見ていると胸がかすかに切なく鳴いたが、俺は自分の気持ちを抑えつつホームへ向けて歩いていった。


 もうすこしいっしょにいたいと、喉元まで込み上がってきていたが、さすがに云いだせなかったな。


 スマホで時間を確認する。まだ夕方なのに、すでに一日が終わってしまったような充足感があったものの、どこかすこし物足りなさもあって。まるで日曜日の夜に寝るのが惜しいときと似たような気持ちになってしまっていた。


 渕といる時間が好きだ。


 いっしょにいると落ち着くというか、穏やかで優しい気持ちになる。淡い間接照明の点いた部屋でくつろいでいるような心地よさがあって、友達の翔陽と過ごす時間とはまた違う良さがあった。友達と恋人で接し方が違うせいなのか、微妙に異なるふたりの自分がいて、でもそのどちらも自分自身で、どっちの俺も嫌いじゃない。


 なんて、一人になるとごちゃごちゃめんどくさいことを考えてしまう。ホームで電車を待ちながら、俺はもう一度スマホで時間を確認した。まだ家へ帰るのももったいないので、デートの下見も兼ねて、ちょっとだけ寄り道して帰ることにしよう。

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