Scene12-1





      12



 

「やべぇーマジで階段きちぃー。なんで一年の教室四階にあんだよ」

「きょう体育なくてよかったよな……」と俺はゆっくりと階段を降りていった。

「わっかる。筋肉痛やばすぎて動けねぇし」


 翔陽と階段を降りながら話していると、お互い身体から発する悲鳴で途中から変な笑いが混ざってくる。三日間に渡る大会を終え、こうして普段の生活に戻ってきたものの、肉体は完全に戻っておらず、階段の上り下りや移動教室ですらしんどさを覚えるほどにダメージを負っていた。


 きょうの部活は休みとなっているのだが、俺と翔陽はそんな状態であるにもかかわらず、これから以前約束したコダマ喫茶へと向かおうとしている。そこが俺達のバカなところと云うべきか、プラスに捉えるなら若さと云うべきか。ゆっくり休めと云われているのに遊びに行く、この背徳感がたまらなくいいのだ。


 当初は二人の予定だったが、渕も来ることになった。

 というより、俺が誘った。


 大会の最終日に翔陽ときょうの休みについて話していたところ、前に云ってた喫茶店行ってみるかぁーとなり、その流れで「渕、誘ってみてもいいか?」と確認したところ「あり!」と翔陽は即決。それで大会が終わってから誘ってみたところ、渕も「行く!」と了承を得ていまに至る。


 渕はあとから一人で向かうそうで、俺達とは別行動になっていた。


 やっとの思いで階段を下り終え、昇降口で靴を履き替えてから正面玄関へ。衣替え移行期間になったせいか、男子はスラックス、女子はスカートの色味が変わり、長袖のワイシャツやブラウスの袖をまくっている姿が目に入る。ニットベストやセーターの着用も許可されているが、十月になってもまだほんのりと暑さが残っているせいか、あまり着ている人はいなかった。


「なんかさ、落ち着かないか?」

「なにに?」

「いや、帰ってきたなー感があるっていうか」


 下校時の人の多さはあまり好きではないけれど、きょうはこの景色のなかに混ざっていることが苦ではなく、むしろ心地いいなと感じてしまう。


「そうか? オレはあんま感じんけど」と翔陽がピンときてなさそうな声で云った。「オレはむしろ帰ってきたくなかったけどな……大会中、舞衣に気軽に会えてたぶんさ」

「でもおまえら会おうと思えば毎日会えるだろ。地元同じだし、たしか家も近いんだろ?」

「それとこれとは別なんだよ!」と翔陽が熱を帯びた声で云った。

「あーそう」と俺は笑いながら云った。「てか詳しく聞いたことなかったけど、おまえらって会うときどこで会ってんの? 家?」

「いやいや。幼馴染ってもお互いそんな気軽に家は行けねぇよ。平日だと時間が合えば近くの公園とか、あとは夜練するフリしてお互い抜けだして、いまだとまだ寒くねぇからちょっと離れた河川敷で、とかかな」

「そうなのか。いや俺は幼馴染とかいないからさ、てっきり夕飯とかたまにいっしょに食ってるのかと思ってた」

「まあお互いの親には付き合ってること知られてるから、休みが合って舞衣がうちに遊びに来たときとかはたまにあったりするけど。マジでたまにだな、それは」

「そういうのいいよなぁ。ちょっと羨ましい」

「一成も誘ってみたらいいんじゃね?」

「渕を? 家に?」


 翔陽がうなずくと、俺は「いやぁー……まだ無理だろ」と渕のことを考えながら答えた。付き合ってもうすぐ一ヶ月の関係性で家に誘えるかといえば首を傾げるところがある。それに渕も家に来るのはさすがにハードルが高いだろう。


「というか、放課後しかデートしたことないからな、まだ」

「あー、そういう」と翔陽が察したように答えた。「それじゃあ、まだ家はさすがになぁ。できないなぁ、まだ」

「意識させようとしてるな?」

「さーなんのことやら」と翔陽が笑みの含んだ声で云った。


 のんびりと話しながら進んでいくとコダマ喫茶へ辿り着く。「いらっしゃいませー」と前と同じ店員さんが出迎えてくれると、初顔の翔陽へ目線を向けてから「お二人?」と訊ねてきた。俺は「あとからもう一人、来る予定で」と告げたら、店員さんが「あーはい。オッケーです」と伝票になにかを書いて窓側のテーブル席へ促してくれる。


「そしたらここ、くっつけちゃいますねー。メニューとお水お持ちしますので少々お待ちくださーい」


 店員さんが二人掛けのテーブル席をくっつけてその場から離れる。きょうは以前来たときよりも空いていて、カウンター席にまた常連ぽい人と、奥の席で老夫婦がまったりとくつろいでいた。大人の雰囲気が漂う店内に、制服の俺達が少々浮いた感じに思える。


「へぇー。なんかいい感じだな」


 壁側に坐った翔陽が店内を見回しながらざっくりとした感想を述べる。店内のようすを感じ取ったのか、さっきまでの陽気な感じとは打って変わり、落ち着いた雰囲気を醸しだしていた。こういう切り替えができる翔陽だから、俺はここへいっしょに来れると思ったのだ。


「ふー。とりあえずお疲れ」


 メニューをもらってからそれぞれ注文を終えると、一息ついて、翔陽がおしぼりで手を拭きながら切りだした。


「おう。改めて百で入賞おめ」と俺は水の入ったコップに手を伸ばした。

「ん、サンキュー。ま、とりま一区切りって感じだな。でもあんまゆっくりしてられねえんだよな。もうすぐ中間あるし、そのあと文化祭あったりで」

「そうなんだよな。まあ部活はテスト前に休みになるから、そのとき多少は時間できるけど」

「渕さんとどっか遊びに行ったりしねーの?」

「誘ってみようかなとは思ってる。けど渕ってどういうところに連れていったら喜ぶかよくわかんないんだよな。おまえらって休みの日に普段どこ遊びに行ってる?」

「オレらはまあ、お互い身体動かすの好きだから、そういう感じのとこ? あとは無難に買い物とか?」

「ふーん。まあ参考にしとく。でも休み期間のほとんど学校帰りだから、どうするかなぁとは思ってて。土日も休みにはなるけど、中間直前だしさ」

「中学のときは午前中に図書館で勉強して、午後から遊びに行ってたなオレらは。そんで帰ったらまたやる感じ。ぶっちゃけ家で一日中一人でやってたって煮詰まらね?」

「それは、あり」と俺は納得した。「うん、それいいな。訊いてみる」


 話していると、翔陽が俺を見ながら柔和にほほえんだ。


「なんだ?」

「いんやぁ。ちょっと懐かしーと思って」と翔陽が云った。「オレもさぁ、舞衣と付き合ったばっかのときって、こんなんだったのかもなぁって。それとさ、いいな、なんか」

「なにがだよ」

「すげー愉しそうじゃん。いまの一成」

「そうか?」


 図星だったので曖昧にぼかしておいた。そんな目に見えてわかるほどだっただろうかと思ったが、付き合いが長く、おまけに察しのいい翔陽だからなにか感じるものがあったのかもしれない。俺の内面の微妙な変化が。


 入店を知らせる鐘が鳴り、店員さんの「いらっしゃいませー」という声が響く。翔陽が首を伸ばしてそっちを向いてから、こちらへ目を移したところで、渕がきたことがわかった。


 うしろを振り返る。


 長袖のブラウスの袖は捲らず、真新しいスカートの丈は膝にかかるくらいで。髪を切ったらしく、長かった前髪はさっぱりと目の上くらいに整えられ、前は全体的にもっさりとした印象だったが、毛量が減り、毛先も軽く、女子の髪型に詳しくはないが、雰囲気がいまっぽくなっていた。


「あ、遅れ、ました」


 その姿を見てなのか、渕の声を聞いたからなのか、とくんと胸が跳ね、身体の芯が熱くなる。


「待ってた」


 自然と笑みがこぼれてしまって、俺は無理やり顔を繕いながら正面へ向きなおす。しかし気持ちを隠せていなかったのだろう、翔陽がこちらを見ながらにやにや笑っているのを見て、なんだか悔しくなり、俺は右足を小さく振り上げた。

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