Scene5-2

 

 


 風呂から上がり、あとは寝るだけの状態になって俺はベッドへ横になった。天井を見上げるようにしながらスマホを開き、アプリを立ち上げる。


「なんて送るか……」 


 参考に、渕との過去のやりとりを眺めながら、どういう風に切りだそうかと思い悩む。いきなり『今度、放課後いっしょに帰らないか?』と単刀直入に云うか? それとも『話があるんだけど』と前置きをしてからにするか? いやいや、なんか深刻っぽい感じになるなそれは――と思いついた文章を打ちこんでは消してを繰り返してしまう。


 そもそも、なんでこんなに悩んでいるんだ、俺は。


 ちょっとのあいだ考えて、ああ、もしかして、と俺はさらに指を動かし、納得する答えに行き着く。


 俺はまだ、渕に一度も自分からメッセージを送っていないんだ。


 話題を振ってきたのは、いつも渕からで。なるべくつづけようとしているのも渕のほうで。読んでいると罪悪感がこみ上がってくると同時に、自分も水谷に対して似たようなところがあったので、なんだかぎゅっと、胸が痛んだ。


 自分から送るのって、ちょっと怖くて、勇気がいる。どういう風に返ってくるだろうとか、どれくらいやりとりをつづけられるのかとか、いろいろと想像してしまって。


 渕は、どんな気持ちで、いつも送ってくれていたのだろう。

 渕のことを考えていると、急に文章が降ってきて、俺は指を力強く動かした。


『前行った喫茶店、次、いつ行く?』


 送信を押す。ヒュポっと、文章が画面に現れ、俺は数秒ほどそれを眺めた。当たり前だが、すぐに既読はつかない。


 スマホで時間を確認する。まだ寝るには早い時間なのでさすがに見てくれるだろう。俺はスマホを充電器に差し、ベッドから起き上がると、なぜだかよくわからないが机の上が乱雑になっていたのが気になって、整理整頓をはじめだした。


 ちょっと経って、スマホが鳴る。俺は片していたのを途中でやめ、ふたたびベッドへ戻った。


『いつでもだいじょうぶ

     稲田くんは、いつがいい?』

 

 うつ伏せになりながら、俺はどうしようかと考えた。あそこに行くなら、週末よりも平日のほうがいいだろうし、今度は部活が休みの日に――とスマホのカレンダーへ画面を移し、平日で部活が休みの日がいつなのか念のために確認する。


『今度の火曜は?』


 送ってから『うん。いいよ』と返事がきた。俺は『部活休みだから、その日』と返信をしたあと、すぐにつづけて『いっしょに行こう』と送ろうとしたところで指が止まった。


 うっ、わ。なんかめっちゃ緊張する。


 急に鼓動がはやくなって、俺は鼻で深く息を吸った。ワンテンポ遅れてから、っし、と気合を入れて送信を押し、既読の表示がでた瞬間、吸いこんだ息を全部吐きだすくらい俺は大きく息を吐いた。


 トーク画面から、目が離せなくなる。

 これを送って、渕にどう思われたか、気になってしまって。


 じれったい間がつづき、胸の奥からほんのわずかに黒々とした後悔が湧き上がってきたちょうどそのとき、画面が動いた。


『はい』


 短い返事のあと、スタンプが送られてくる。渕が普段からよく使っている猫のキャラクターのスタンプで、一匹の猫がハートのクッションを抱いて心地よさげに寝ているものだった。


 それを見て、ぼふっと、俺は枕に顔を埋めた。こういうことをさらっとしてくるのが渕らしいというか、なんというか……その真っ直ぐなところに胸を打たれ、いままで味わったことのない気持ちがこみ上がってくる。


 寝返りを打ち、天井を見上げるとあくびが漏れた。スマホで時間を見ると、そろそろ寝てもおかしくない頃になっている。寝落ちしてしまう前に、俺はスマホを持ち上げて、照れ隠しのスタンプを送ってから『待ち合わせは、昇降口でいい?』と訊ねた。


 渕が親指を立てた猫のキャラクターのスタンプで『OKです』と答えてくる。俺も『了解!』とキャラクターのスタンプで受け答えをした。なんとなく、これで終わりそうな雰囲気を察したので、俺はエアコンをタイマーにしてから部屋の明かりを消し、本格的に寝る体勢に入る。


 俺はスマホのカレンダーを開き、絶対に忘れることなんてないのに、日付に予定を埋めこんだ。


 まぶたを閉じると、甘く痺れた頭がじんわりと眠気を誘ってくる。こわばっていた身体が弛緩して、ふわふわとふしぎな浮遊感に包まれながら、俺はゆっくりと胸を撫で下ろした。

 

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