Scene4-1
4
『なあ、席、使ってもいいかな?』
はじめて渕に話しかけたのは、たしか、席替えをした日の昼休みだった。
『え、あ、……は、い』
弁当袋を持って席を移動しようとしていた渕に声をかけると、戸惑っているような感じで返事をして。まるで俺から逃げるように早足で教室からでて行ったのが印象に残っている。
俺が坐るわけじゃなく、翔陽が坐るのだから、わざわざ許可を取る必要なんてなかったのかもしれない。でも教室から戻ってきたときに勝手に使われていて、うーんちょっと……、と渕に思われるのがなんとなく嫌で、念のため、念のために、声をかけたのだ。
それまでは新学期からつづいていた五十音順の席で、渕とは席が離れていたのでなんの接点もなかった。新学期初日に行われた自己紹介でも、印象に残ったような子じゃない。彼女がなにを喋っていたのかも覚えていないくらい、俺のなかでは印象の薄い子だった。
地味過ぎて孤立しているわけでもなければ、かといって陽気で派手なグループに属しているわけでもない。教室で数人でかたまって穏やかに過ごしている、春のそよ風のようなグループに渕はいた。
ふつう。
というのが、一番当てはまっていると思う。
そんな子だったから、話しかけやすかったのかもしれない。
はじめて席替えをしたのが中間テストが終わったあとで、それからすこしずつ、俺と渕の会話は増えていった。特別なことはなにひとつしていない。どこの中学だったとか、部活やってるのか、とか。当たり障りのないことを、空いた時間に適度に話す。それくらい。
渕も渕で、最初は緊張していたのかすこしぎこちなかったが、徐々に自然と話してくれるようになった。基本的に俺から話しかけることがほとんどだったが、七月になる頃には、渕のほうからも話しかけてくるようになっていた。
そんな感じになっても、お互いに踏みこんだ会話なんてしていない。特に恋愛のことなんて。喩えば好きなタイプは、とか。いま好きな人はいるのか、とか。あのときの俺には好きな人がいて、渕のことをまるで意識していなかったから、そういう話題をださなかった、というのもあるけれど。
渕のことは、仲良くなったとなりの席の女子、くらいの認識だった。
だから。
『あ、の……放課後、ちょっとだけ、時間、ありますか?』
呼びだされたときは、マジでびびった。
『……部活の、あとなら、まあ』
『……はい。じゃあ終わったら、教室に、来てほしい、です』
動揺していたので、記憶が定かではないけれど、そんなやりとりをしたような気が、しなくもない。
まあ、もちろんいろいろと察した。もしかしたら、そういう感じのやつかも、と。その日の部活中は、そのことばかり考えてしまって、ろくに集中できなかった。
部活が終わったあとの放課後の教室はレースカーテン越しの淡い光が差しこんでいた。俺が教室に入ると、渕は見るからに緊張した面持ちで、その顔を見た瞬間にこっちにまでその緊張が移るくらいだった。
『あ、の……』
目の前にきても俯きがちで、声は震え、スカートを握り締めた姿は、こっちから助けをだしてやりたくなるくらいで。
『好き、です……付き、合って、ください』
余計なことを云わず、あるいはそんな余裕なんてなかったのか、渕の告白はこれ以上ないくらいにシンプルだった。
返事をすると、渕は一瞬だけぽかんとしてから『えっ、あ、えっ……』と驚き半分、嬉しさ半分といった感じで『あ、あの。よろしく、お願いします……』と最後に深々と頭を下げてきた。
告白されたのは、九月になってすこし経ったくらいで。フラれたのが終業式手前で、それから夏休みを挟んだので時間が経っていたこともあり、気持ちの折り合いがちょうどついていた頃だった。
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