第6話 科幻星世界
電子音の鳥がどこかで鳴いている。モールス信号にボーカルが混じったような奇妙な鳴き声が冷たい大森林に響き渡った。多種多様の鳥獣のどよめきが煌びやかな星と確かな闇夜の下で、オーロラが踊るように色濃くラムダは変化している。まるでオーケストラのようだ。波長でさえも固体から液体のように移ろう。蒸発し、やがて気体のように淡く、弾けることなく消えるのだろう。それはそれは奇妙な音色が刻一刻と違う姿形を見せていた。
一段落した話にブレインは立ち上がる。ドローンは浮遊椅子から散り散りになり、持ち場を離れていく。いくつかは元のポジションへと居心地の良い上空で待機していた。話し合いの情報も纏め終わり、氷と金属が融合して固まった大地を散歩する。感触は感じない。匂いもしない。視覚だけでも十分な刺激を受けた。
時おり、溶かして進行している配線ケーブルが大地から顔を出していた。モグラのように膨らんだ地表。体躯は巨大なミミズのようだった。真上を通り過ぎる呑気な電子音の鳥をミミズは口から糸のようなものを射出し、勢いよく大地へ引きずり込んで潜っていく。ゴムと銅線で構成されているようにしか見えないが、この世界では何もかもが違うのだろう。壊れたオルゴールのような音色が、氷と金属の冷たい大地から伝ってきた。大森林の内側は深い静寂がふたたび訪れる。
植物学者のウェイカーも休息していた。それは瞑想みたいな貞風でホモ・エクスマキナにおける座禅に似ている。近付くブレインの存在に気付いているのか表情は不明だった。
数分の空白。若干の手持無沙汰。この場において未来を決めることが出来るのはブレインだけだ。しかし、容易に判断して危険を招くことはしたくなかった。薄っすらと感じる惑星調査という主軸の目標から外れ、資源獲得という新たな目標を目指すのはまだ早いと感じた。それが調査員のほとんどが望んでいる方向だとしても──実際のところは分からない──だ。ただし、これは局所的な時間軸に限る。状況は刻一刻と変わるものだ。話し合いを進めるうちにウェイカー以外にも似たような奴ら──恐らく精巧な金属の生命体だろう──が存在することが分かり、彼らは間違いなく国という概念を共有し、所属しているという意識を持っていた。これはその概念を彼らが理解し、統率がある程度取れていることを意味する。誤ってウェイカーに武器の1つでも向けていたら戦争になっていたかもしれない。知らぬ間に危ない道を渡っていた。ゆえに大変有意義な収穫だった。
「我が主よ。もう少しだけ休息が欲しいです。そしたら帝都の女王に【進言】する次第であります。」
「あぁ、その通りに進めてくれ。私たちは5隻だけ残して去ろう。ウェイカーが来るその時まで、この
「それでは、この
「頼んだ。」
「偉大なる我が主よ。このような機会を私に恵んでくださり、大変ありがとうございました。必ず朗報を持って帰ってきます。」
「期待している。」
深い深い一礼をする。そしてウェイカーはフードを被った。馬のような鹿のような生命体の機械に乗り、再度、敬意を感じるような頭の下げ方をして去っていった。直後、ブレインは上空で待機する何百もの船に指示を出す。空は埋まり、雲さえも塗りつぶした。森がざわめき、空気が振動となって轟々と揺れた。一斉に船は動き始める。量子反転炉を乗せたそれらは、一昔前のSF映画のCGのようであった。黄色のシートで精巧な切り絵がぬるりと動くが如くだ。やがて大きさにしては中程度の5隻を残し、ほとんどの調査員は故郷である宇宙に戻ることになった。
ウェイカーは馬のような鹿のような奇怪な四足歩行の動物の面影のある機械にまたがり、
ブレインはリアルタイムでその光景を見ていた。ずっとずっと高い場所から。宇宙からメザラを観測している船のカメラレンズを
立ち入らなくても如何様にも調査はできる。カメレオン化現象が生じている惑星に突入し、無事に着陸できたのだから目標の9割は完了していた。ただ、残りの1割が始まりの10割となるのが微分積分領域を連続するように動く人生である。せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。惑星メザラを資源惑星として占有することは長期的な確定事項となったのである。そして幸運なことに全ての交渉は策略の範囲内で収まったわけだ。
このとき、地上にいた何十人もの調査員は宇宙に待機する指示を受けた何百もの船とその調査員何万人ものことを幾度となく羨ましがった。同時に、宇宙での待機ではなく地上担当としてブレインの近くで
船と宇宙が故郷の調査員たちはこう思う。星という船は我らの
季節のサイクル。実りの果実。蛇口をひねれば出てくる熱いシャワー。サッカーもボウリングも出来る広い総合遊具施設。しかし、メザラは冷たく静かで無機質な世界。掛け離れた
「ブレイン様。5隻の船だけではネットワークを構築することは不可能です。しかも森を出るなと? どうしてそのような案をのんでしまったのですか!」
「ジョー様、ジョー様。落ち着いてください。」
「これが落ち着いてられますかっ!」
後ろのドアが開くと怒りを募った声が聞こえてきた。少し額に皺を寄せている政五郎・ジョーが距離を詰めてくる。それを2人の警備員が遮った。
「敵は1体のみ。我々は150近くの船があります。戦力差は歴全でしょう?」
煩わしく警備員を手のひらで払いながらジョーはまだ突き進んでくる。
「そこで止まれ。」
「……っ。」
ブレインの命令に立ち止まるジョー。一呼吸させる為にいつもよりもゆっくりと話す。この部屋の空間全てがまるでスローになるかのように。あらゆるものを巻き込んで。
「まぁ……もう少し待つんだ、ジョー。私たちはまだ、この惑星に来たばかりだろう? そこまで焦る必要はない。」
「しかし……!」
「それに大森林の外を出られないだけで、中は十分に調べられるというわけだ。」
「ですが、大森林の中だけでは意味がないじゃないですか! この惑星全体を調べないと調査ボールの所在地が掴めない……です。」
「確かに調査ボールの全数を把握する目的からは多少逸れた。」
「やっぱり。……ブレイン様は相手に有利な手札を渡しています。今も尚、我々は不利益を被っている……そう思います。」
納得のいかない顔をジョーはする。声を荒げて激しく喋ったせいで少し咳き込んでいた。その目はブレインのことを睨みつけている。
「ふむなるほどな。ぜひとも席に座ってくれ。ちょうど、ジョーの意見も聞きたいところだったんだ。」
「ありがとうございます。」
「……しかし感情を表に出すなんてNo.2らしくないじゃないか。」
今の言葉で脈拍は徐々に減少する傾向を示していた。お互い黙り、静かな時間が過ぎる。血流は一定の鼓動で流れはじめた。ジョーは少しばかり冷静さを取り戻したようで赤い顔をしながら咳払いを一度する。そして再び、しかし次はいくばくか穏やかな口調で話し始めた。
「ゴホッ……。ブレイン様は……どうして今回の調査隊に私が乗っているか知っていますか?」
「もちろん。ルールズ家の者として、全ての情報に目を通している。」
「でしたら話が早いです。第一調査隊の最高責任者を勤めていた調査員のことは知っていますか?」
「あぁ……。」
「そうですか。」
ジョーの目線はやや斜め下を見ていた。心身は完全に定常値を取り戻している。それを確認してブレインはゆっくり口を開き、慎重に言葉を選びながらジョーに尋ねた。
「機密を保持して文面上に記載されていたとおりに言うと……ここでは調査員[Secret]のことであってるな? あの作戦には私も関わっていたからよく存じているとも。」
「えぇ……そうです。[Secret-A1]や[Secret-C2]などでは無く、[Secret]です。彼と私は親友でした。[Secret]は、グノーレ社の特殊部隊の中で1番優秀でしたから……。私が外交と経営に秀でている代わりに、彼は武力と戦略に秀でていたのです。互いに補完し合うことで敵無しでした。」
きっと数々の修羅を突破してきたのだろう。グノーレ・スペース・オーパーツ社もまた多角経営をする企業だ。ブレインもおおよその実態は把握している。
「率直に申すと、ジョーは一刻も早く調査ボールの回収をしたいのだな。亡き親友のために。」
「そうです。」
拾った子犬のような素直さでこくりと頷く。ジョーの意見も十分に理解できた。亡き親友のために懸命になる──という訳ではなく、調査ボールを素早く回収するという点において。
既に1つ目の解析を行っているがその時点で数多の異常性が報告されている。ソフトウェアとハードウェアの両方に。調査は慎重に、そして詳細に行わなければならない為、腰を据えて行う必要がある。
「少し遠回りになったかもしれないが……、必ず調査ボールの回収は全て行うとも。ジョー、私がそれを約束しよう。」
「……ありがとうございます。よろしくお願い致します。」
地上に残った5隻。それ以外の船は宇宙へと帰ったことは副責任者である彼も分かっているはずだ。また、その船のほとんど全てがメザラの衛星となり、調査ボールを宇宙から厚い雲を見透かして探していることも──。
「私たちはホモ・サピエンスでは無い。ゆえに長く孤独な時の流れでも辛抱強く待つことは出来る。ただ他のものは風化しがちだ。だからしばしば、ホモ・エクスマキナは昔に還って焦りを思い出す。……ジョー、共に作戦を遂行させよう。」
「はっ、かしこまりました。」
「任務に戻ってよい。後で詳細の方針を固めるとしよう。」
結局は、ジョーは感情による訴えでブレインの口から全ての調査ボールを探すことを確約させたかったのだろう。
本当に怒り、本当に悲しみに囚われていたわけでは無い。この世界ではデータや論理が数多く行き交い、人を説得させる力になるが、それでも感情による訴えは未だに強い。それを上手く利用したのだろう。副責任者という立場も使って、より強い説得力を持って一点突破したのだ。
その立ち回りに拍手をしよう。政五郎・ジョー。賢い人間だ。君と任務を遂行し、無事に最大の務めを果たせることに期待しよう。
「それでは失礼しました。」
気圧が急速に下がるように静かになった部屋。洗練された機器とモニターは互いに会話するように、光は交互に点滅していた。
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