第5話 確信無き道

 メザラが異質な惑星であることは薄々感じていた。波のように満ち引きを繰り返す砂漠。酸やら液体金属が流れる川。大森林の中に入ると極度に気温が減少する。その逆も有りうる。散歩だけでも計測器を持つことが必須だ。そこは有機的な森ではなく、どこまでも冷たい無機質な森である。到底、ホモ・エクスマキナが住めるところではない。調査員は長い宇宙を航行して砂嵐を抜けた頃から、地上は危険な場所だと強化学習で得ていた知識が答え合わせのように経験として蓄積され始めていた。

 それでもこれは仕事であり人生そのものだ。艦隊が前進する合間も警戒ドローンの分析データは逐一送られて来ている。調査員たちは情報を解析する。

「おぉ! ……おい!! 一刻も早くブレイン様にお伝えしろ!!」

 一部の艦隊の調査員は歓喜の声を上げた。結晶や金属類、大気中を構成するガス成分。歩くだけで目に入ってくる途方もない資源の量。解析データを最高責任者がブレインに送る。同時に、彼はブレイン宛に通話許可を申請した。直ちにそれは許可される。

「ブレイン様。ドローン情報解析部隊のデータを送りました。今までに見たことの無い資源の量を確認しております。」

「望ましい収穫だ。気合を入れていけよ、お前ら。この調査を成功させるぞ。」

 ブレインはこのメザラの惑星を開発すれば、国家、マフィア、あらゆる組織からの資源戦争から頭一つ抜けることが出来ると踏んだ。航行の厄介者として調査されていたメザラが、資源獲得の新天地として調査される対象となった瞬間である。

「ブレイン様。調査ボール回収後、もう少しだけ調査をしませんか? あの原住民は我々と意思疎通が出来るのですから、またとないチャンスで御座います。」

 提言したのは調査部隊の全体副責任者、政五郎まさごろう・ジョーである。その目は主義社会に憑りつかれた金の亡者の色。社会に揉まれて脱色した金髪。纏うのは気慣れた純白のシャツと紺のスーツである。その綺麗な身なりはお洒落のセンスと言うより、見栄やブランドを意識しているように見えた。アクセサリーがギラリと輝る。此度の作戦における、グノーレの代表者である。

「ふむ、そうだな。ひとまず、調査ボールを回収してからにしよう。」

「分かりました。」

 大人しく下がったジョーを一瞥いちべつした。

 意識をする。立体映像Fhopictuon越しに見える精巧な金属の生命体は、馬のような鹿のような生命体にまたがって先導していた。

 この光景は複数のモニターに接続されて主に分析を中心に行う調査員達が見ている。ゆえに、その生命体の魚鱗のような革を剥いだら、いくらになるだろう、とか。絡み合った枝のような角頭を切断し、剥製にしたらどれだけの価値が生まれるだろう、とか。誰か1人はそう思い、目覚めるかもしれない。そんな野暮な発想が調査部隊の中に生まれることが、ブレインが考えるべき懸念点の1つである。

 この船を操る全ての調査員が優秀だ。だからこそ基本的な手順や複雑な判断は乗り越えることができる。チームなら尚更、強力。チームの中に責任者を作り、監査チームを作れば更に完璧。監査チームの監査が適正かを捌く司法チームがあると磐石だ。その司法員は各調査員の票で選べばいい。技術部隊でも情報部隊でも材料部隊でも、産まれから死までコミュニティのサイクルとして、この仕組みこそが世界の当然として埋め込めば調査員の瞳には船の中が自然なのであり、船こそが中心の世界のように映るだろう。チームで生き、推進する船こそが己の星であり故郷であり人生である、と。話は戻るが、だからこそ彼らは調査員として優秀Professionalだ。

 その上でトップ・オブ・ザ・トップのブレインが優先して考えるべきことは「作戦が上手く行く方法」や「作戦自体の状況判断」では無い。組織コミュニティを存続させることである。調査員に正しく情報を扱わせる。悪魔の囁きで情報を己の欲望を願う材料として扱わせてはならない。発想もさせてはならない。そのようなことが万が一も起きてはならないのだ。

 全ては計算し尽くして管理コントロールしなければならない。

「なぜ、あの生物にまたがる必要があるんだい……? 生命体は高度な機械なのに、それに相応するチップや作用するソフトウェアも高度なはずなのに。どうして小型な移動機ビークルを使わない、なぜ原始的な移動をする? ……うーむ、気持ち悪すぎる。」

 席に戻ると博士がいつもの発作を起こしていた。彼は今日も好奇心を正しく好奇心として扱っている。そんな謎にしか興味を示さないのが良い点だ。

「まぁ落ち着けよ、博士。私もその点は気になっている。緊急で調査チームをつくろう。担ってくれるか?」

「えぇ……もちろんです。そうでしたな、無礼を働きました。」

「良いんだ。大事なのは恐れと懸念クローリング・ワイズに囚われないことだ。」

 博士の言葉に惹かれて、たしかにそのように認識してみると滑稽な光景に思える。生命体の身体を構成する技術は、ブレインの住む世界から見ても高次元な代物であるのに、まるで一昔前の時代のような扱い方をしている。それともブレインが見ていない所で、高度な通信が行われているのだろうか。

 調査隊の情報戦略部隊がリアルタイムで通信分析を行っている。それでも現状、大した成果は出ていない。懸念が増えている間に、調査部隊は調査ボールの位置情報付近まで近づいていた。精巧な金属の生命体が立ち止まり、ブレインの方を見る。

「案内ありがとう。」

「あぁ……我が主よ。恐れ多き御言葉であります。」

 やや大袈裟な行動をとる精巧な金属の生命体を取りあえずは無視し、ブレインの立体映像Fhopictuonは調査ボールに近づいた。何やら色んな配線が接続されている。それらを慎重に、警戒ドローンを駆使して外すことに成功した。

 ブレインは内心、胸のつっかえが外れたように、ホッと一息吐いたような気分になる。まだ気は抜けない。調査ボールを回収したドローンが船内に運ばれる。情報戦略部隊が接続してエイリアスと繋がるかを試す。

「ブレイン様。繋がりました。今までのデータを移行できるか確認します。」

「頼んだ。」

 その間にブレインの立体映像Fhopictuonは精巧な金属の生命体の前に立った。このまま彼と別れるべきか、友好を求めるべきかを考える。どちらの未来も限りなく未知数だ。

 言葉が通じてそうだった、丁寧に案内してくれた、敬意を示すような動作をする。だからなんだ。こちらがそう思い込んでいるだけで元からそのような文化なのかもしれない。もしくは、見た目通り高等な存在で、ホモ・エクスマキナの叡智である立体映像Fhopictuonの技術を見破っているかもしれない。まだ彼を信用することなど毛頭できないのだ。

 しかし、彼と友好的になることで色んな情報を得られる可能性が高いのも事実。現実、投資のような世界においてもリスクを負った者にしか、利益は教授されない。ブレインは精巧な金属の生命体の風貌を見る。彼の服装は統一されているが、微かにローブと靴の出来方が違う。またブローチも彼自身が作った物とも考えられるが、首から下げられた2つのブローチは到底、同一の生産者とは思えない出来だった。僅かながらに癖があるように思える。更にそのブローチの組成をブレインは自身の瞳でスキャンして分析する。その大半は未知な元素で構成されているもの、各原子の含有率が全くと言っていいほど異なった。

 要するに、確信的ではないがメザラに彼以外の存在もいると考えた方がやや現実的である。この惑星には原住民とも言える多くの恐らく同一であろう精巧な金属の生命体がおり、村または町、国家のような団体が存在する可能性がある。そうなると、ブレインは目の前にいる精巧な金属の生命体、つまりは彼に対して友好的な手段を選んだ方が損失をこうむる可能性は低い。

 とうのとっくに、ドローンによって運ばれた調査ボールの跡地にはズルズルと時おり這いずるケーブルが動いている。氷と固まった金属を溶かして移動するその様に、どのような危険性があるのかブレイン達は知らない。ただ、考えは纏まった。

 ブレインの立体映像Fhopictuonは精巧な金属の生命体の前に立つ。彼はただ敬意的な動作をしていた。なにが彼をそうさせているのかは理解できない。もっと対等であっても良いはず。むしろブレインたちは半ば侵略者でもあり、もし知的生命体がメザラに存在するならば彼らは我々と対等的な態度を取ってくるはずだとも想定していた。それを上回る想定外で良い意味で裏切られている。そうなると調査員も、部隊責任者も、最高責任者たちも、監査も執行も司法すらも、この船の全ての人間たちは動くことができない。もしも理由なく敬われたら、もしも突如攻撃してきたら。もしも、もしも、もしもと敬われる度合いや攻撃してくる度合い、伴なって受ける影響……。もちろん、それら全てを考えることはできるし、実際にいくつかの検討は行った。それでも、その話し合いは現実となるまで机上の空論となる。ただの1部隊、ただの1つの統括責任程度では、扱う行動があまりにも大きすぎるのだ。ゆえに船の運命を決める全ての指針はブレインの一存に託された。

 彼らは恐れと懸念クローリング・ワイズに囚われてはいけないのだ。

「我が主……?」

「ふむ。すまぬが、そなたの名前を教えてくれないか?」

「わ、私の名前……ですか?」

「そうだ。」

「か……《可逆の思慮者》ウェイカーと申します。」

 恐れおののいているのか、ウェイカーの身体が僅かに震えていた。

「なにか私は過ちを犯しましたでしょうか……?」

「いや、特に。」

 しかしと言うべきか、やはりと言うべきか。名前があるならば、個体差を付けるべくして付いているに違いない。他にも似たような存在がいる可能性は高くなった。

「少し込み入った話をしたいところだ。ドローンよ、あぁ……それでいい。このような場所で悪いが腰をかけてくれ。」

 指示する。複数のドローンがウェイカーに近付き宙に浮く椅子が完成する。ブレイン側にも用意してもらった。静かに座る。急に寄ってきたドローンにウェイカーは警戒している素振りを見せた。もしくは、どう扱ったら良いのか分からず戸惑っているようにも見える。

 実際のところ、その動作が警戒にあたるのかは分からなかった。なにしろ彼には表情筋が無い。一昔前のマスクのような金属の1枚板プレートである。瞳孔にあたる奇妙な部品が絶妙に見開いたことで──そのようにブレイン側が捉えただけである。そして恐る恐るだが静かに腰をかけた──これもブレイン側がそう捉えただけだ。フワッと僅かに反発するように、宙に浮く椅子の独特な感触に違和感を抱いたのか、ウェイカーはモゾモゾと何度か座り直した。その度にドローンが上下に反発している。

 茶菓子はどんな物が好きなのか分からず出すのをやめた。この状態では一緒に楽しめないし、そもそも茶菓子を食べる文化があるのかすら分からない。電気を充電するのだろうか、だとしても話し合いの為に余剰電力を供与するのは全くもってノーだ。

 大森林The Forestの少し開けた所で話すのがブレインの身としては不安だったが、調査員は誰1人生身の状態で外に出ていないので大丈夫だろう。諸々の作業はドローンが主に行うし、ウェイカーと話すのは立体映像Fhopictuonのブレインが行う。他の大勢はたった今も回収した調査ボールの分析や空からの偵察、次の調査ボールの位置情報の割り出しなどを行っている。全員が船の中にいるのだ。大森林で何かが起きても、すぐに飛び立ち、撤退することは可能である。

「それではウェイカーよ。いくつか質問をしても良いかな? 私たちは出来る限り君たちとは穏便な関係を築きたいのだ。」

 そよ風は無い。そこは無機質な金属と氷の大森林。開けた真上に見える空は黄色おうしょくの雲が漂っていた。

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